リオネットの割と平穏ではない休日
さて、せっかくの休日に二日酔いで頭が回らなくなっていたリオネットだったがナルの言葉を聞いて風呂に入る事にした。
軍に身を置いている以上身だしなみを整えるのは当然のことだが、しかし戦場でそのような物を気にしている暇は無く泥水を啜ってでも生き延びる生き汚さも必要である以上、多少の汚れを気にするような性格はしていない。
しかし昨晩のうちに染み付いてしまった酒の臭いに辟易としながらも着替えを取りに戻ろうと考えていた矢先だった。
ようやく回転を始めた脳味噌がリオネットにある事実を突きつける。
獣騎士隊に禁酒命令を出したのはリオネットである。
その本人が酒のにおいを漂わせて宿舎に戻ってきたとあれば威厳がどうなる事やら。
だからと言って着替えを持たずに風呂屋に行っても服そのものに酒の臭気がしみ込んでいる為意味がなく、そして財布の類も宿舎にある。
そんな難問がリオネットの前に立ちふさがった。
何が大成功の兆しだ、と思わずナルに八つ当たりをしたリオネットだったが結局は自業自得と、いざとなれば全ての責任を被って罰則を受けようと考えを改めて部屋に戻る事にした。
幸い、火が高く昇っていたせいもあって隊員とすれ違う事もなく自室へたどり着けたことに安堵しながらもひとまず服を着替える事にした。
普段はあまり着る事のない余所行きの服装、フリルのあしらわれたブラウスと桜色のスカートを身に纏う。
それだけで別人のように見えるのだが、髪留めを引っ張り出して髪型も変える。
普段は兜をかぶるためそのまま流しているか、あるいは適当に結んでいる程度だが髪留め一つで随分と印象が変わる物だ。
ナルが見れば化けたと称するかもしれない。
グリムを中心とした知り合いや友人に声をかけても直ぐには気づかれない程度の変装ともいえる。
完全に余所行きの姿は可愛いとさえ言い切れるほどの物だった。
ただし一枚服を脱がせばそこには腹筋がバキバキに割れ、乳というよりは胸筋、そんな色気の無さも漂わせている。
それは多少の心得がある物なら歩き方で見抜くだろう。
足取りが戦士の物であり、そして鍛え上げられた首回りなどを見て即座に逃げ出すかもしれない。
そうであってくれたらどれほど楽だったろうか、とリオネットはため息を吐く事になる。
ナルの言うとおり、この時間帯の風呂は最高に気持ちが良かった。
罪悪感というのはスパイスであるという話があるが、まさしくその言葉が示す通りであったとリオネットは語る。
その帰りに適当な店を物色し、生活用品などの買いだめを済ませてから自由市へと足を運んだ。
道中の事である、路地裏で包帯を巻いた男とエプロン姿の女が言い合っているのを見てしまったのだ。
「だから……の怪我…………だろ」
「でもぉ……弱い…………でしょう? 」
女の言葉に男が激昂したのか、拳を振り上げるのを見てしまえばリオネットも止めに入らざるを得ない。
こぶしを振り上げている男の腕を掴み、そのまま関節を固めて拘束して女に視線を向ける。
「……無事か? 」
「あらぁ、ありがとうございますぅ。とても怖かったわぁ」
「その間延びした声では、そうは思えんのだが……何があった、一応は暴行の現行犯……というか未遂の現行犯という事で捕まえたのだが」
「えっとぉ、お仕事の事でちょっと揉めちゃったのぉ」
「ほう……? その姿を見るに飲食店か? 」
「えぇそうよぉ、パンケーキを売ってるのぉ」
「そうか、では二人とも軍の詰所へ同行願おうか」
リオネットがそう口にすると同時に二人の男女の顔色が曇った。
この二人、言うまでもなく先日ナルに薬を売った女と、ナルの後頭部をこん棒で殴りつけた男である。
そして仕事の話でもめていたというのは、ナルを襲えと指示を出した女だったがそのせいでいらぬ怪我を負った、報酬の上乗せをしろという男に対して、弱いのが悪いんだから前金のみと言い放った女の喧嘩である。
両者探られると痛い部分が多すぎるためどうにかこの場を穏便に乗り切ろうと画策していた。
「これでもぉ、夫婦なのよぉ。ちょっとした喧嘩だからぁ、そこまでは必要ないわぁ」
「ほう、夫婦喧嘩だったか。犬も食わないと聞いたがどの道彼は厳重注意で済む。奥方であるというならやはり同行してもらいたいものだがな」
「まってくれよ別嬪さん、見ての通り怪我人なんだ。逃げたりしねえから手を放してくれないか」
「断る」
「金を払うから見逃してくれねぇかな別嬪さん」
「……ほう」
リオネットがその言葉に反応を示した。
それ御好機と見たのか男は畳みかけるように懐に財布があると言い、リオネットがそれを確かめると確かに革袋が出てきた。
中には小銭ばかりだが、合算すればそれなりの金額だろう。
「なぁこれで見逃しちゃ……」
男はそれ以上口を利くことはできなかった。
手刀一発、首筋に打ち込まれたそれによって意識を刈り取られてしまった。
当然ながらリオネットの攻撃である。
「ちょっとぉ」
「さて奥方……いや、自称ご婦人かな? ご同行願おう」
「あらぁ、その人だけでいいんじゃないのぉ? 」
「旦那が捕まるというのに薄情だな、怪しいので職務質問もかねてだ」
「私のぉどこがぁあやしいのぉ? 」
「言動から態度、視線の運び方に男に媚を売るようなしぐさ、全てが怪しい」
きっぱりと言い切ったリオネットに女は顔をしかめた。
それだけの事を言われる覚えはないと言いたげにしながらも、しかしすぐに気を取り直す。
「でもぉ、貴女みたいな一般人がぁ、私達を連行する権利ってぇ」
「申し遅れた、獣騎士隊大隊長を務めるリオネットだ。この男は暴行未遂と買収で捕獲する。その妻を自称する貴方にも事情聴取が待っている」
その言葉を聞いて女は脱兎のごとく逃げ出した。
リオネット同様スカート姿で動きにくい恰好であるとはみじんも感じさせない動きで垣根を超え、屋根に上り、あっという間に見えなくなってしまったのだ。
やれやれと頭を抱えながら自分よりも二回りほど大きな男を軽く担ぎ上げて詰所へと戻る事になった。
果たしてこれが大成功なのだろうかと思いながら、後に事情聴取で男が語った一緒にいた女の罪状とナルの違法薬物の仕入先が繋がった瞬間に二度と占いは信用しないと決めたのだった。




