リオネット禁酒
「ふぁ……朝か……」
ほろ酔いで眠りについたナルは朝の陽ざしを瞼越しに浴びた事で目を覚ます。
少し遅い時間だったが、悪酔いして潰れるまで飲んだリオネットはいまだに眠ったままだった。
「……うへぇ」
転がった酒瓶を抱えながら、その一つ一つを見てナルは頭に手を当てる。
そのどれもが年代物であり、そして見るからに高級品である。
それがおよそ20本、その大半をリオネットが飲み干したとはいえ高級な酒を楽しむことなく無駄に消費してしまったと嘆いているのだ。
「少し片づけるか」
一滴残らず飲み干された酒類が毛足の長いじゅうたんを汚すことは無かったが、しかしこのまま転がしておくのもいい顔はされないだろうと手に取り、ついでに貼られたラベルを見て再び嘆きの声を漏らす。
先日鍛冶屋で購入した装備一式と同等かそれ以上の値段になるのではと計算を終えたナルは全てをあきらめる事にした。
請求が回ってくるようなことは無いだろうが、もしもエコーがそのようなまねをしたらリオネットにも出させようと決心した所でベッドからうめき声が聞こえてきた。
「……っ」
日差しと残ったアルコールが原因か、苦し気に頭を押さえて起き上がったリオネットは周囲を見渡し、そして数秒かけて昨晩の事を思い出したのだろう。
「おはよう、大隊長殿」
嫌みを込めてそう言ったナルを見て顔を赤らめさせ、そして青ざめさせた。
「き、き、きさ、貴様! わ、私に何をした! 」
「何もしてねえよ……記憶も残ってない程の潰れ方か……すっげえ面倒くさい」
「それはそれで腹が立つ! 」
「まーだ酒残ってるな、ほれ水」
水がめから汲んだ水を手渡してソファーに腰を下ろしたナルは煙草を吸いながら昨日の醜態を余すことなくリオネットに伝えていった。
証人として護衛の兵士にも立ち会ってもらい、その会話その立ち振る舞い全てが事実であると突き付けたのだ。
完全に酔いがさめた頭で全てを理解したリオネットは地面に頭をつけんばかりの勢いでナルに謝罪していた。
そして酒の席とはいえグリムの心身に言及したことに深く反省していたのだった。
「リオネット、おまえ禁酒な。規則とかそういうの関係なく今後一切飲むな」
「……そうしよう、私は酷く酒癖が悪いようだ」
「酷くってレベルを凌駕していたぞ。突然剣を振り始めたり脱ぎだしたりと大変だった……」
「うぐ……」
「そこの割れたグラス、それもリオネットが握りつぶした」
「はぅ……」
「あそこに積み上げた酒瓶、八割お前が飲み干した。どれも高級品」
「うぁ……」
「そして今朝がたにいきなり何をしたと俺を疑った」
「……本当に申し訳ない」
「まぁ、もういいけどな。どのみちあんな高級そうなベッドじゃ眠れなかっただろうし」
「心が痛い……」
「頭もだろ」
ナルの指摘に思い出したかのように頭を押さえるリオネット。
初めての酒の後は初めての二日酔いである。
今なお侵食するような痛みを訴え続けるリオネットの脳は水を欲していた。
「ほれ、おかわりだ」
「すまない、しかし……やはり酒はダメだな、このような痛みを抱えていては満足に訓練を行えない」
「まぁ酒を飲んで戦車に乗るなんて話をされたら酒よりもやばい薬を疑うくらいの暴挙だからな」
乗馬はもちろんの事馬車の運転さえも危ないのだ。
それが殺傷力の高い戦車ともなれば当然の反応である。
たとえ酒が抜けていようとも二日酔いの人間に戦車を操れと言われて普段通りのコンディションで挑めるとは到底思えなかった。
「味は良いのだからアルコール抜きを用意できんものか……」
「あるぞ、代用酒っていうんだが酒の風味がするけどアルコール入ってないものが」
「ほう、それを今度騎士団で購入してみるかな……」
「やめておけ、本物が飲みたくなるだけだ」
「そういうものなのか? 」
「あぁ、ついでに普段から酒を飲まない奴には不評だぞ。アルコールっぽい味を出すために混ぜ物が多いから普通のジュースの方が好まれる。ついでに混ぜ物のせいで安物は酒より体に悪い」
「む、それはダメだな」
二杯目の水を飲み干したリオネットはようやくベッドから出て、ナルと向かい合うようにソファーに座る。
自分で三杯目を注いで、そしてふと思案するように天井を見上げてから懐から硬貨を二枚出した。
「せっかくだ、今日の運勢を占ってもらえるか」
「簡単なのでよければいいぞ」
「うむ、頼もう」
少し離れた洋服掛けにつるされた上着の内ポケットからタロットカードの束を取り出し、それをテーブルの上に置いたナルはリオネット共にカードを混ぜる。
そして一枚カードを引く。
「ワンドの8、正位置だな」
「それはどういう意味なんだ? 」
「大成功の兆しだ、何かいいことでもあるんじゃないか? 」
「ほほう、休日は久しぶりだからそれは楽しみだ。このにおいを漂わせたまま宿舎に戻るわけにもいかんからな。せっかくだ、街へ行ってみるとしよう」
「風呂でも入ってくるといい。朝風呂は最高だぞ」
「そうなのか? 私はいつも夕方の訓練後に行っていたのだが」
「これから仕事って奴や、仕事明で死にかけてる奴らがいるが、そう言ったグロッキーな奴らを見ながらの風呂は最高に気分がいい。俺はこれから自由なんだぞという優越感がたまらないんだ」
「ふむ、あまり趣味のいい楽しみ方とは言えないが……しかし昨日は訓練後ここに直行したからな。どのみち風呂に行くつもりだったしちょうどいいだろう」
「着替え忘れるなよ、それと鎧どうにかしていけ」
「あぁ、そういえばここで脱いでいたんだったな。改めて迷惑をかけたな」
「もう気にすんな、酒の恥は旅の恥と一緒に掻き捨てるものだ」
「そんなものか、ならばこれ以上は気にしないようにしよう」
「おう、行ってこい」
リオネットを送り出したナルは目の前のカードを見つめながら思い付きで自分も一枚カードを引いてみる。
カップの王、逆位置、損失を意味するカードだ。
「……これ以上何を失うのかね、俺は」
もはや失う物などないと自嘲気味に笑ってから護衛の兵士に酒瓶を片付けてくれと頼み、ソファーに寝っ転がる。
軟禁と言われた以上外出はできないのだ。
やる事も限られている。
買いだめしてある本もあるが、今から読み始めれば王都への出発前に全て読破してしまう。
長年の経験から一度読んだ本の内容は大抵暗記してしまうので、再び読み返す必要はなくなる。
なにせその精度は本のタイトルとページ数、そして行数まで指定されたとしても暗唱できるほどの物なのだ。
だから今やる事と言えば本を使わない読書である。
先日手に入れた古い薬学書、それを読んだ日の近辺で何かの参考になるのではと目を通した冒険小説を頭の中で読みふける事にしたのだ。
目を閉じて横になっている姿は二度寝しているようにも見えるだろう。
今更外聞を気にする必要のないナルは、その評価を甘んじて受けながら余暇を楽しむのだった。




