いかさま
グリムの行ったいかさまとは、単純明快ながらに常人では真似することなど決してできない物である。
そもそもブラックジャックにおいて使えるいかさまと言うのは限られてくる。
例えばゲーム前にグリムが指摘したフォールスシャッフル。
これはカードの配置を意図的に揃える物であり見抜くことは非常に難しい。
グリムが見抜いた理由はいたって簡単、正しく言うならば見抜いていないからだ。
適当な事を言ってカードの配置を確認したかった、ただそれだけの事でありここで大人しくカードを渡してしまったことが男の敗因の一つである。
もう一つは勝負に熱くなり、そして大金に目がくらんで無謀な勝負に乗ってしまったこと。
続けてできるいかさまは、カードカウンティングと言ういかさまでありこれはデッキに度のカードがどれだけ残っているかを数えるいかさまだ。
多少記憶力に自信があればすべて覚える事も可能だが、世間的には数字の小さいローカードと言われる物と数字の大きいハイカードと言われる物、そしてその中間のミドルカードの三つでポイント式に計算を行う方が多い。
もっともこのいかさまは怪しいと思った時点でカードをシャッフルしてしまえば簡単に瓦解するため実戦ではほとんど役に立たない物だ。
では、グリムが行ったいかさまとは。
単純にカードの配置を覚えただけである。
そしてシャッフルの際にどのカードがどこの位置に移動したかを記憶していたのだ。
ナル辺りが見ればスプリットから10の手札でスタンドをした時点でいかさまの内容まで気づけただろう。
そしてグリムにしてみればデッキは全て丸裸であり、次に何のカードが来るのか、ディーラーの手札が何なのかまで全て見えていたのだ。
だからこそ、10という少ない数字であろうともスタンドしてディーラーをバストさせたのだ。
最後に大きな勝負を持ちかけたのはこれまた単純な話であり、この程度のいかさまも見破れない対戦相手との勝負が面倒臭くなっただけである。
自分が付け加えたチップの無くなった方が負けと言うルール、それに対して男がとった戦術を即座に見抜いた故だ。
ブラックジャックには、これまた資金がそれなりに必要ではあるが必勝法がある。
負けるまで掛け金を倍に増やして、ダブルやスプリット、インシュランスもしない。
ただヒットとスタンドだけで戦うという物だ。
例えば先程の男のように金貨1枚を賭ける。
そして負ければ2枚を賭ける、この時点で3枚の金貨が出ている。
再び負ければ4枚賭ける、これで7枚。
三度負けて8枚賭けて合計で15枚支払ったことになる。
そして勝利すれば、配当は倍額の16枚である。
失ったのは7枚、得たのは8枚、つまり1枚分得をするのだ。
この方法を延々と繰り返す事で負けない勝負に持ち込むことができる。
ただし、あくまでも資金がある場合に限られるためたった10枚の金貨でこの方法をとるのは無為無策といえる。
なお正式な賭場やカジノではこの戦法を封じるために掛け金の上限が決められていることが多い。
いかんせん、この方法を許してしまえばカジノと言うのは無限に金を吐き出すだけの存在に成り下がってしまうからだ。
そこに勝負も何もない、どちらの所持金が尽きるのが先かと言うチキンレースが始まる。
しかもカジノ側はハンデを抱えてである。
結果的に所持金の大小を埋めるほどに同列で戦う事になってしまうのである。
その事に男が気付く日は、まだまだ先の事であるが気付いたところで本人はそんな馬鹿なと笑い飛ばすだけだった。
ジョーカー抜きのトランプは52枚、それが二つで104枚。
そのすべてを覚えて、シャッフルの際に瞬時にディーラーが摘まんだ枚数を数えて、そして頭の中で常に順番を入れ替えて覚え続けるなどと言うのは人間にできる事ではない。
人間業ではない、と言う話ではなく人間にできていい技ではないという意味である。
ふとそんなことが頭をよぎった男はそんなことは無いと笑い飛ばそうとして、震える手を抑え込むように酒で全てを飲み込んだのだがやはりこれは未来の話であり、グリム達は知らない話である。