グリム
さて、そんなこんなでゲームの状況はと言えば。
「ダブル」
早々にグリムが勝負を仕掛けた。
場に新たに二枚の金貨が置かれ、そして一枚のカードが配られる。
その数字は8、ブラックジャックには届かないものの20という良い手札である。
その様子に顔をしかめたのはこのゲームを挑んできた男だった。
「……ヒットだ」
しかし口調は平静を保つように淡々とカードを要求する。
配られたカードは5、これで男の手札は14である。
「……ヒット」
もう一度カードをよこせと宣言した男の前に配られたカードは、キングの絵札だった。
つまり10、手札は24となりバストとしてこの時点で男の掛け金は没収されることになる。
こうして一通りプレイヤーの手番が終われば後はディーラーによる流れ作業だ。
17を超えるまでカードを引き、17を超えればスタンド。
まず裏返しになっていたカードをひっくり返す。
そこには5の数字、これでディーラーの手札は13である。
そのため続けてもう一枚カードを引くと、再び5。
手札は18でスタンドとなり、まずはグリムが1勝を勝ち取ったのだ。
この時点でグリムの手元には12枚の金貨、たいして対戦相手の男は1枚減らして9枚。
実に乏しい状況でありながら、二度目のゲームが始まった。
対戦相手の男は先程のグリムに負けじと二枚の金貨をテーブルにたたきつける。
同時にグリムはその倍、先程勝ち取った四枚を差し出した。
金貨四枚といえばそれなりに高価な武具一式を買い込めるほどの金額である。
それをおいそれと、顔色一つ変えることなくテーブルに乗せるグリムの精神力にディーラーは手の震えが治まらずにいた。
「ディーラー、カード」
「あ、はい……」
グリムに言われていまだに自分がカードを配っていないことを思い出して先程同様滑らせるように一枚ずつカードを配っていくディーラー。
まず男の手元には10とクイーンのカード。
20というそのまま勝負に持ち込んで良し、勝ちの目があるならばスプリットで二枚に分けても良しというなかなかの手札である。
対してグリムはと言えば。
「おっと、なんとも悲しい手札だなぁ」
配られたのは2のカードが二枚。
つまり持っている数字は4である。
掛けた金額と同じ数字と言うのは皮肉だが、対戦相手の男が言う悲しい手札には、実は程遠い。
なぜならば。
「俺はスタンドだ」
勝ちを取りに行った男に対してグリムはただ一言宣言する。
「スプリット」
手札が二つに分かれ、場にさらに4枚の金貨が積み上げられる。
これでグリムの残金は金貨4枚。
配られたカードは8とA。
つまり手札は10と13である。
「ダブル」
そして13の手札を指さしてそう宣言したのだ。
ここに来て所持金の全てを賭けたグリムの行動にそのゲームを見ていた全員が息をのむ。
掛け値なし、すべてを捨てて挑んだグリムの姿勢は潔いという者もいるかもしれない。
しかし無謀と言い換える事もできる、あるいは蛮行と言ってもいい。
だが、無情にもカードは配られるのだ。
そのカードはと言えば。
「ブラックジャック……」
観客の一人がつぶやく。
8のカード、つまり21ジャストでグリムは確実に負けない手札を作ったのだ。
少なくともディーラーの場に見えているカードは7である。
スプリットなどのルールが使えないディーラーにとっては実に微妙なカードと言える。
なぜならば二枚目が絵札ならば17ぴったりでスタンド、ほぼ負ける手札になる。
それ以外の数字であっても2や3ならともかく下手に大きな数字のカード、最悪の場合9などを引き当てていたら目も当てられない事になる。
なぜならば7と9のカードの組み合わせは16、もう一枚引かなければいけない状況で半分以上の確率でバストするのだ。
それを考えると、グリムがするべきは手札を18以上にするべきであるが……。
「スタンド」
10の手札はそのままスタンドを選択したのだった。
意味が分からないとざわつく観客を他所にディーラーがカードをめくると出てきた数字は5、つまり12でありバストの可能性は3割まで絞られた。
が、しかし次に引いたカードはジャック。
22となりバストしたのだ。
男はこれで11枚の金貨を抱え、たいしてグリムは24枚である。
この手のゲームは資金力がものをいう。
多くチップを持っている人間こそがこのゲームでは強者たりえる。
ならば、すでに倍以上の戦力差がついているのだ。
「いかさまだ! 」
「私は、シャッフル、してない」
男は激昂するが、グリムは淡々と金貨を積み上げて、そしてドンッと音を立てて24枚の金貨を場に出した。
「次のゲーム、全額賭ける……互いに、ディーラー抜きの勝負、勝った方が総取り。のる? 」
「なっ……」
突然の挑発に対戦相手の男は一歩後ずさる。
この時冷静な思考を取り戻せていたら、男は1枚増やした金貨で晩酌を楽しむこともできたのだろう……。
しかし金貨24枚という大金に目がくらんでしまったのだ。
賭博師とは、目先の金に食いついてはいけない。
その事を知らなかった男は泥沼に沈むようにグリムの甘言に惑わされたのだ。
「乗ってやる! 」
11枚の金貨、合わせて35枚の金貨が積み上げられた。
そして……。
「ブラック、ジャック」
グリムの前に配られたのはAと10、たいして男の前に配られたのは10が二枚。
Aを引き当ててどうにか引き分け、それ以外は確実に負けるという状況に追い込まれた男は、顔じゅうから冷や汗を流しその場で倒れこんでしまったのだった。
あとは場に出ている金貨とディーラーに貸し与えた金貨を回収して、ついでにチップとしてディーラーには金貨を一枚手渡して事なきを得たのだった。
なお、グリムはこのゲームで一ついかさまをしていたとだけ付け加えておく。