お誘い
「さて、と……グリム、リオネット俺ちょっと買い物行ってくるわ」
そう言ってナルは宴会の中煙草をもみ消して席を立った。
先程までのほろ酔いは酒精の過剰摂取でアルコールを毒として検知させて無理やり分解、合わせて【節制】の力で完全に酔いを醒ますという能力の無駄遣いまでした結果である。
「買い物……? 」
「旅の同行者が一人増えるからな、ちょっと物資が足り無さそうだしそいつの日用品も必要だろ」
「聞いてないな、だれが同行するんだ」
ナルの言葉に反応を示したグリムだったが、問いを帰したのはリオネットだった。
二人とも素面のためここに残しても平気だろうという判断だったが、多少危険な橋でもあると自覚はしている。
「医務室で寝てる小娘、あれおそらく英雄そのものだから今後トリックテイキングの野郎どもが手を出すかもしれんしそれを放置するつもりはないんでな」
「……言わんとすることはわかるが、今の馬車で4人と人数分の水食糧、ぎりぎりだぞ」
「多少遅くなっても構わんさ。なんなら馬を買い足して馬車を買い替えてもいい」
「そうか、君がそう言うならばこちらも反論はないが……」
「つーわけで、サキ嬢を借りていくぞ」
「……まぁ、いいだろう」
ワインのコルクが折れなかったことに始まり、ナッツの殻がきれいに剥けた事など些細な感動を味わっていたタワーは寛容だった。
もとよりサキは軽傷、どころかほとんど無傷と言ってもいい。
今回の裏賭博における闘技で無傷だったのはグリムただ一人だが、サキはそれに準じて外傷を追っていないからこその許可である。
それをいいことにこれ幸いと医務室に乗り込んだナルは眠りこけているサキに【節制】を使い、頬をひっぱたいて文字通りたたき起こしたのだ。
「な、なに!? 」
突然の出来事に狼狽するサキは先程まで眠りの中でさえはっきり感じるほど深く共存していた眩暈が消えていることに気付いて、同時に男が自分の頬を叩いて起こしたという事実に驚いていた。
「お前この後の予定って決まってるか? 」
「予定って……特にないし観光でもしようかなと思ってたけど……」
「じゃあいいか、ちょっと買い物に付き合えよ」
「なんで私が……」
「だってこれからお前を誘拐するから」
「誘拐!? 」
「さっき俺の身の上話しただろ、それにかかわる敵がいてなぁ……トリックテイキングって言うんだがお前みたいなのをほっておくとは思えないんだよ」
「……どうなるの? 」
「よくて飼い殺し、悪ければ……血族量産の苗床かね」
その言葉を聞いてサキが顔を青ざめさせる。
当然と言えば当然、サキは平和な国で平穏に過ごしてきたただの女子である。
それが突然の異世界転移、加えて今後自分が死ぬよりも悲惨な目に合うと言われれば恐怖もするだろう。
「それをさせないためにも俺達の旅に同行させようと思うんだがどうだ」
「どうって……あなたたちが安全って言いきれるの? 」
「危険なら言い切れるぞ。間違いなく珍道中になる」
「ダメじゃん! 」
「でも身の安全はそれなりに保証する。お前より強いのが三人いて、俺以外は女だからトリックテイキングに捕まるよりはよっぽど安全だ」
「……信用に値する根拠を示してほしいなぁ」
「信用ねぇ……この裏賭博、掟はただ一つなんだよ」
「……急に何? 」
「まぁ聞けって、その掟は敗者は勝者に従う事。俺はこの権利を使っていない。意味が分かるか? 」
「……わからない」
「俺はお前を気絶させた後公衆の面前で辱めてもよかったってことだ」
その言葉を聞いてサキはバッと自分の体を抱きしめた。
同時に股間やら胸やらに触れて色々と確認をする。
「なんもしちゃいねえよ……その辺はタワー、あの女医が証明してくれるだろうし何なら他の貴族連中や下で悪趣味な見世物してる奴らに聞いてもいい」
「…………」
半眼でにらみつけるサキにナルは面倒くさそうに頭を掻く。
「だから、いつでも手を出せるし手を下せる状況だったのになんもしていなかったのが信用に値する根拠ってやつだ……と言っているがどうする? 」
「……そうやって信用させていざとなったら美味しくいただくつもりなんじゃ」
「疑り深いのはいいことだ、がそれを相手に伝えるのは減点だ。利用するだけ利用して信用せずにいるのが一番いい」
「……むぅ」
否定できる要素が次々に潰されていったためかサキは小さくうなる。
そして数秒、数十秒と考え抜いた結果小さく縦に首を振った。
「よし、じゃあこれから買い物だ、お前の日用品やら食料だな。その辺知らないだろうから色々教えてやる」
「できれば、他の2人? 女の子って言ったよね、その二人と行きたいんだけど……」
「どっちも一応成人しているんだがな……まぁ同行させるのは反対しないが、俺抜きでと言うのは却下だな。聞かれる前にこたえるとその二人は酷く世間知らずだからぼったくられるだろうし、ある意味では俺よりおっかない」
グリムとリオネットが効いていれば抗議を受けていたであろうが、しかしこの場にいないためそんな会話をしていたと知っているのはナルとサキだけである。
「……じゃあ同行してもらう方向で」
「わかった、説得してくるから準備しとけよ」
そう言って医務室を出て再び宴会場に戻ったナルは端っこでジュースを飲み続けているグリムとリオネットの前に腰を下ろす。
「どうした? 買い物に行くのではないのか? 」
「それなんだが、俺とのデートは嫌だってふられてな。お前らにもついてきてほしいんだとよ」
「ほう……? さては嫌らしい口説き方をしたな」
「普通に誘っただけなんだがなぁ、英雄様は身持ちが堅くてどうにもいけないな」
「ふむ……まぁいいさ。グリムもいいだろ? 」
「ん……おつまみ、食べ飽きた」
そう言うグリムの前にはつまみの乗っていたであろう皿が山と積まれていた。
どれほど食べたのか気になるところだが、今は問いただす必要もないとナルは煙草に火をつける。
「準備が出来たら出てくるだろうから自己紹介でもして日用品の買い出し付き合ってやってくれ。具体的には衣類に下着に生理用品、あぁあと旅慣れていないみたいだから道中ケツ拭く紙なんかもな」
「……君がフラれた理由がよく分かった気がするな」
うなだれるリオネットを前にナルはけらけらと笑うのであった。