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幹部の派遣

 さてさて、無事とは言い難いが当初の目的を達成したナルはと言えばである


「あー……いい酒飲んでるなぁおい……」


 顔を赤らめ、ほろ酔いを維持しながら貴族たちと酒を酌み交わしていた。

 せっかくのトリックテイキングの情報を得られる機会を見逃し、国の上層にいる人間に顔と名前を覚えられるという失態。

 しかも裏の顔までばれてしまっているという事実は痛恨だが、それでも得るものは多かった。


 まずは目的としていたカード、【塔】のカードは使いにくいもののちょっとした悪戯には使えそうだと開き直っている。

 合わせてコネ、少なくとも今後アルヴヘイム共和国での仕事は格段にやりやすくなるだろう。

 裏の顔も含めて正体がある程度割れてしまったのは痛手であっても、ただでは起き上がらないナルはそのまま商談に持ち込み裏組織チェスの駒として裏賭博に必要な人材の確保などを約束したのだ。


 当然送り込む人員は末端のポーンだが、それでも十分だという老齢貴族の貪欲さに若干の恐怖を抱きながらもナルは一つの決断をする。

 キング直属の幹部、ナイトライダーの派遣である。

 チェスの中では珍しく家庭を持ち、そしてナルに絶対の忠誠を誓っている武人だ。

 現在30に差し掛かるかと言う程度の若輩者だが、武器を用いての戦闘は並外れている。


 流石にグリム程の実力はないが、勝てずともグリムから逃げ切れる程度の実力を有していると言えばどれほどの物か想像に難くないだろう。

 馴初めと言えば、彼の妻が悪質な組織の悪戯で毒を盛られて薬と称して適当な薬草を煎じただけの物体を高値で売りつけられていたところに、ちょうど悪党からしか盗まず殺さずと言った心情を掲げていたナル達が組織を壊滅させて売り上げをかっぱらい、そして被害者リストを見て後始末として正規の解毒薬をわざわざローカストに作らせて配り歩いたというものである。


 結果、そこに義を見出した彼は表の顔として職人を続けながら、裏では傭兵稼業、さらにその奥深くでは裏組織の一員として幹部に上り詰めるまでになった。

 その身一つで後ろ盾を持たなかった男が背中を任せてもいいと思ったのがチェスの駒だったのだ。

 ゆえに、決して裏切らず揺るがずというナイトライダーは組織内でも扱いに困っていた。

 死ねと言えばその場で喉首をかき斬らんばかりの忠誠心は、飄々としたナル筆頭に変人揃いの組織においては異端もいいところである。


 その使い道がようやく決まった事に胸をなでおろしながら、指示書を送らなければいけないかと思い、そして頭を振った。

 ナイトライダーに指示書が届くまで待つよりも、ここから北上する際に彼のいる街へ立ち寄った方がいくらか楽で素早いと気付いたからだ。


 こうして次の行き先が決まると同時に、宴と言う名のどんちゃん騒ぎが始まった。

 貴族が何人死のうが知った事ではないと言わんばかりのナルに不快感を示す若手貴族もいたが、裏賭博に来て命を落とすなど高貴な身分の人間にとって恥でしかない。

 そもそも死んだカエル公爵と揶揄された二人は悪漢として名高く国の面汚しとさえ考えていた節もある若手貴族はその点については納得していたが、しかしトリックテイキングと繋がりのあった貴族の死は純粋に嘆いていた。


 裏組織とのつながりなど褒められたものではないが、しかし必要悪と言う言葉もある。

 多少汚い事をしていても国を支えるためには必要な事もあるのだ。

 その点で見ればトリックテイキングに殺されたであろう貴族たちは優秀な者達だったと静かに哀悼の意を示しながら酒を舐めていたのだが……。


「よーう飲んでるかー」


 この調子でナルが邪魔をするため若手貴族の眉間に寄った皺が消えることは無かった。

 そしてナルと接触した三人の貴族の中で、ナルが唯一無能の烙印を押した中年貴族は早々に酔いつぶれてソファーでだらしなく眠りこけていた。


「あんなんでいいのか? 」


「あれは使いどころを間違えねばいい駒になるのじゃ」


「そうかい、ならせいぜい正しく使ってやりな」


 そう言ってナルは、煙草に火を灯す。

 禁酒令の出ているリオネットと、ナルの直感で飲ませてはいけないと思っているグリムの二人はジュースを飲んでいるが、2人が飽きたりうっかり酒を飲まないようにと目を光らせて監視体制を敷くナルの小さな苦労に気付く者はいない。


 サキはいまだ医務室で体を癒しているが、簀巻きにしてでも連れていくことを決めていた。

 トリックテイキングの狙いの一つである可能性を見出したからだ。

 ナルの動きを予想していた、あるいはナルが行きそうなところに人員を配置していた可能性と言うのはあり得る話である。


 しかしそれだけの為に、マジャクという大物魔術師。

 本人の弁では魔導士を配置するとは思えない。

 少なくともチェスの駒でいえばキング直属のフェアリーチェス駒か、ナイトやルークのクラス。

 つまり幹部級である。


 そんな人員をこの場に動員した理由は、ナルが来るかもしれないというだけでは小さすぎるからだ。

 順当に他に狙いがあったとみてサキの存在を無視できなくなったナルは順当に重荷が増えていくのを感じながらも、自分のルーツ。

 つまるところ英雄の根源という物に興味があったためちょうどいいかと前向きに開き直っていた。

 そしてタワーはと言うと……。


「初めてワインのコルクが折れなかった……」


 小さなことに感動していた。

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