不幸?
「じゃあリオネットに試してみるか……」
そう口にして、対象をリオネットに指定して【塔】のカードを発動させる。
無事発動できたことに内心安堵したナルは、小さくため息を吐く。
これで自分にしか発動できないとなればますますハズレカードとして封印していただろう。
「……もう発動したのか? 」
「あぁ、しっかりとな」
「ふむ、実感はないのだが……それで試すと言ったがどんな内容だ? 」
その言葉にナルはなにも返さずに金貨を取り出して弾き上げた。
くるくると回転しながら落ちてきたそれを左手の甲と右手の平で受け止めてリオネットの前に差し出す。
「表」
スッと右手をどけるとそこには裏面が顔をのぞかせていた。
まず一回目である。
再び金貨をはじく。
「表だ」
もう一度、とリオネットが答えるとやはりそれは裏面を示した。
その後リオネットは執拗に表と答え続け、金貨は裏を示す。
それを30回も繰り返した頃だろうか。
ようやくリオネットは回答を変えた。
「裏だ」
金貨を投げると同時に答えたリオネットの額には青筋が浮かんでいる。
まったく当たらない、と言う事実がじわじわと怒りに変換されているのだろう。
あるいはナルがいかさまを仕掛けてダブルフェイスと呼ばれるエラーコイン、つまり両面に裏の紋様が刻まれている金貨を使っているのではと疑った結果であったが、無慈悲にもナルが手をどけると表向きの金貨が現れた。
「どうなっている! 全然当たらん! 」
「だよなぁ……なぁリオネット動体視力いいだろ。それでコインを追って予測じゃなくて観測してみてくれ」
言われるがままになるの弾き上げたコインを凝視して手の甲に収まる直前に「表」と叫ぶように答えたリオネットは、ナルが右手をどけないことに不信感を覚える。
「どうした、表だ」
「……いやぁ、これ存外強力だな」
そんなことを言いながらナルが右手を軽く持ち上げると、そこには両手に挟まれて側面で立つコインがあった。
右手を完全にどけた事でぱたりと倒れたそれは裏面を向いていた。
「ばかな……」
「俺も長い人生コイントスは何度もやってるがこんなのは初めての経験だよ」
金貨が側面で立つ、と言うのは手の甲と手の平に垂直に挟まれなければならない。
平面の広い金貨でそのようなことが起こる確率はどの程度の物なのだろうか。
ナルの技量をもってすれば、それを狙って出す事もできるかもしれないがこの場合においては完全に偶然の産物である。
「……解除してくれ」
「……あぁ」
リオネットの消沈した様子にナルも声のトーンがわずかに下がる。
つられて凹んでいるわけではないが、偶然不幸を引き当てるという能力。
その有用性について考え始めていたのだった。
少なくともこのカードで特定の人物に呪いをかければ遠からず自滅するだろう。
リオネットにやったコイントス程度では大した被害は出ないが、この街のギャンブラー相手ならば数日で破産させられるだけの効果を発揮するのは目に見えている。
ギャンブルとは無縁の人間であっても、先程のナルのように些細な出来事が原因で大けがを負う可能性もある。
それを考慮すれば、一般人でも根気よく待てば殺せるだろう。
メリットとしては自分の手を直接汚す事がないという点。
デメリットは時間がかかる上にその間ナルは無防備になる。
少なくとも【塔】のカードを使っている以上他のカードは使えないのだ。
それは紛れもなく、ナルの戦力低下を意味する。
偽死神の一戦で見せた体術と不老不死を組み合わせれば自衛はできるが、そんなことをするくらいならば直接殴り殺した方が早いのだ。
「なんというか……いやらしい効果だな」
リオネットは先程の怒りが収まらないのか怒りの籠った声でそんなことを口走っている。
「本当に厄介だが、使うのも困る能力だよな……」
そう答えながらもナルは一つの答えを出していた。
もしこのカードを【悪魔】と組み合わせる事が出来たら、という答えに。
直感ではあるが、おそらく組み合わせる事は可能だ。
あくまでも直感である。
しかしそれは【力】と【悪魔】の組み合わせの際にも抱いていた物であり決して看過できないものだ。
仮にではあるが、それが上手くいけばデメリットはほぼなくなる。
唯一の懸念はいまだはめ続けているグローブ、浸食の影響か黒く染まった指先のことだけだろう。
もし【悪魔】と【塔】を組み合わせた反動がナルに来るとすればこの浸食がさらに進む可能性もある。
それを考えると、あわせてその効力も考えるとおいそれと使えないのである。
少なくとも【力】と組み合わせた際の効力は1000倍、あるいはそれ以上ともいえる物で制御で手一杯になっていたナルだがこの呪いのような能力に関しては制御できるとも思えず、結果手に余るのは目に見えている。
そしてもう一つの直感。
このカードはもしかしたら複数を対象に選べるのかもしれないという事実。
つまり視界に入った人間を片端から対象に選べば無差別に不幸をばらまけるという事だ。
「……やばいなぁ」
「どうした? 」
「うー……いや、なんでもない」
どう説明しようか、と考えたところでナルはこのことは秘密にしようと心に決めたのだった。
少なくとも大量殺戮兵器を手に入れてしまったかもしれないなどと言う情報は味方であっても、否、味方だからこそ教えたくはない。
ましてや不幸をばらまくなどと言う抽象的な物だ、特定の都市で偶然不幸が散発したら仲間から疑いの目を向けられることになる。
それは、非常に好ましくない。
仲間同士での隠し事は良くないなどと言う戯言が世間では飛び交っているが、仲間同士だからこそ隠さなければいけないこともあるのだ。
性癖や好みの異性、そして切り札と言った物は決して明かしてはいけない。
それがナルの持論だった。
というよりは経験則だった。
昔傭兵としてパーティを組んでいた時にうっかり女は胸がでかい方が抱き心地がいいなどと酒の席で漏らしたことで当時はまだ恋人になっていなかったが、それなりに親しかった異性から軽蔑の視線とビンタを頂戴したことがあるからだ。
その後パーティメンバーが全滅して、死を求めて、そしてカードを求めてさまよっていたころにできた仲間に切り札の存在を知られたことで毎日死ぬ瀬戸際まで追いつめられるほどの人体実験を受ける羽目になったのだ。
結果として、ナルは仲間にこそ嘘をつけと言うのが信条になっている。
実にひねくれているが、経緯が経緯であるため、そしてその経緯も隠し事をしているというそぶりも見せないため文句を言われることもないのだ。
「ま、これであんたの不幸は多少なりとも減るだろうさ」
そんなことを言いながらタワーの肩を叩いたナルは改めて煙草に火をつけた。
煙で胸を満たし吐き出す。
その心地よさの隣でタワーは……。
「煙い」
不機嫌そうな顔をしていた。




