その能力は
「今のは……」
「【塔】のカードがあんたを離れて俺の下に戻った、それだけのことだが……さてさて実際どんなもんかね」
そんなことを呟きながらナルは煙草に火をつけようとして、手を止める。
そして【塔】のカードを発動させる。
しかしそれは一向に効果を見せようとしない。
「……もしかして【吊られた男】と同じタイプか? 」
対象を指定しなければ効果を発揮しないカードではないかと考えて、近くにあった花瓶を指定するもやはり効果を発揮することは無い。
ならばとやけくそ気味に自分を対象にと念じながらカードを発動させると無事発動したという実感がわいた。
ただし、実感だけであり目に見える変化はない。
「……なにをしている」
「いんや、ちょっと実験してるんだが……おかしいな……」
気まずそうに、今度こそ煙草に火をつけようとしたナルはライターを擦るが何度やっても火がつかないと首をかしげる。
オイルは先日補充したばかりであるにもかかわらず、修理を終えてからメンテナンスもしてきたのにここに来て急にである。
腹立たし気に、そして何度もフリントを鑢で削るが一向に火がつく気配はなく、仕方なしに懐にしまっていたマッチを取り出した。
しかしそれらも全て半ばで折れるなどの理由で火を灯すことは無かった。
「あーくっそ……誰か火持ってないか……」
「無いな」
「無い……」
「私が持っているわけないだろ」
「同じく」
リオネット、グリム、タワー、サキの順に答えが返ってくるがそれは無常だった。
仕方ないと外に出て若手貴族からライターを借り受け、そして火をつけようとした瞬間である。
ナルの直感がライターから離れろと告げた。
それに一瞬の躊躇もなく従い、即座に距離をとると同時にライターが爆発したのだ。
「……なぁ、俺を殺す気か? 」
思わず怒気の籠った声が響く。
眼前でライターが爆発すれば、それは誰であろうとも怒り心頭もやむなしと言ったところだがこの場合は単純にタバコが吸えなくてイラついているだけである。
怒りは人の施行を鈍らせる。
だからこそナルは、ここにきて若手貴族が必死に首を横に振っているのを見てようやく理解したのだ。
「……もしかしてこの程度の能力か? しょぼいなぁ……」
小さな不幸を対象に与える能力、それこそが【塔】の能力ではないかと考えたナルは面倒くさそうにカードを解除する。
そして医務室に戻ると、さっきまで火花を散らすだけで火をつけることは無かったライターがようやく煙草の先端をあぶったのだった。
「あー、これでおそらくあんたの不幸は取り除けたはずだ。生まれ持った素質はどうにもならんが、今までよりはましになったかもしれんぞ」
「……眉唾だな」
「だよなぁ……俺も正直この力はよくわからねえから何とも言えないんだが……」
「自分の能力を把握していない血族がいるとは思わなかったな」
「そんなもんだぞ? 自分の能力なんて周囲の人間が評価したものと、自分で相対的に見て評価したものの二つしかわからないんだからな。俺みたいな能力はそれこそ原初の英雄とか伝説級の奴らが持ってるような、まさしく『特殊能力』だからな」
英雄、ならびに英雄の血族が持つ能力は大きく分けて二種類ある。
一つは強化、もう一つは特殊。
前者は文字通り何かしらを強化する物であり、例えば魔力や筋力。
ナルのカードでいうならば【力】や【悪魔】のカードに相当する。
後者はそれ以外、人の傷をいやす力や、特異な物を召喚する能力である。
こちらもカードで例えるならば【節制】や【月】だろう。
そしてナルの能力は、おそらくとしか言いようがないと本人は自負しているが後者の特殊能力である。
おそらくと言うのは強化の力も内包しているためだ。
ゆえにどちらと言えばいいかと言われれば、こちらだと答えるのは難しいのである。
「しっかし……こりゃあ、言っちゃなんだが使い物にならんな」
「ほう……? 」
「対象を不幸にする、呪い系の魔術と同じだが如何せん効力がなぁ……ライターが爆発する程度じゃ人は死なないからな」
「ふむ、しかし使い方次第では恐ろしい効果を発揮するな」
タワーの言う通り、【塔】のカードは目的によっては最大限の効果を発揮する。
それこそ、英雄の呪い事件の時にこれがあればと思わないでもないナルだったが、有ったところで直接手を下していただろうと吸殻を地面に落として踏みつけた。
「なんなら手っ取り早く効力を見せてやることもできるんだが……やってみるか? 」
「断る」
まずタワーが拒絶した、考えてみれば今の今まで苦しめられた力である。
見たくもないというのは道理だろう。
「私も嫌」
続けてサキ、進んで不幸を体験したいというのは稀有である。
だとすればこれもまた然り。
「パス」
グリムである。
本格的に興味がないのだろう。
「私は少し気になるな」
リオネット、猪突猛進と揶揄されるだけあって英雄の血族の能力の一端を受けられるならばという好奇心からだったのだろう。
それが、あんな事になるとはだれもが想像していなかったのだ。




