サキ=ミサキ
「さて、と……うっかり眠っちまったが、そろそろあちらさんも目を覚ます頃かね」
ふいに煙草を、珍しく灰皿の上でもみ消したナルは背後にある医務室の扉を見つめた。
その動作に合わせてその場の全員が視線を送ると同時に、中からタワーが姿を現したのだった。
「うおっ、なんだ全員こっち見て」
「いやぁ、そろそろかねと話してたところでな。実際目を覚ましたんだろ」
「まぁな、話したいか? 」
「軽くな」
ナルの言葉にタワーは入れと手招きをする。
それに従ったナルと、あとに続こうとしたグリム、リオネット。
「その男だけだ」
「固いこと言うなよ、別に邪魔はさせねえから心配するなって」
「……仕方ないな」
一言二言文句を言いながらも三人を中に入れたタワーはサキが寝かされているベッドまで案内をして、棚から約液の詰まった袋を取り出した。
中には薄緑色の液体が詰められている。
「よう、痛むところはないか」
「頭が痛い、すっごく痛い、それに吐き気がする……」
「そりゃ脳震盪起こすように打ったからなぁ、よかったなその程度で」
どの口が言うのかと冷たい視線を投げかけられるも、涼し気にそれを受け止めるナルに抗議は無駄だと悟ったのかサキは多少ふらついて見せながらも体を起こした。
「で、何の用? 」
「いんや、お前さんの出身に興味があってな。ぶっちゃけて言うけどこの世界じゃないだろ」
「……地球と言う惑星の日本って国、大阪って街に住んでた」
「ほう……」
その回答にナルは過去に読み漁った文献を頭の中で探り続ける。
そして、ある記述を思い出した。
英雄コータ=アズマはオーサカと言う都市の出身だという、と言う一文である。
それ自体には大きな意味は無かったが、彼は地球なる世界の土地の名前を憶えている限り書き連ねたという。
それは現在では各国家の王のみが閲覧できる禁書として保管されている。
自傷英雄が多発したためだった。
しかし彼女の様子を見るに、嘘をついている気配はしないとナルは口に手を当てる。
「タワー、エタノール」
「ほれ」
阿吽の呼吸とはこのことと言わんばかりの様子でアルコールと脱脂綿が手渡される。
脱脂綿にエタノールをしみこませたナルはせっかくだと言わんばかりにそれを飲み干した。
と、同時にタワーがナルの後頭部を殴りつけた。
「酒じゃないんだぞ」
「アルコールなら何でもよかったんだよ」
そんなことを言いながらサキの髪に脱脂綿を当ててふき取るような動作をして見せる。
そのまま「ちょっと失礼」などと言いながら頭頂部を指でかき分けるようにして髪の根本を観察していた。
そして脱脂綿を見るもいまだに純白を保つそれに何も思う所は無いといった様子でゴミ箱に投げ込む。
続けて瞼に触れて眼球をまじまじと観察してナルは結論を出す。
「間違いないな、英雄だ」
サキは異世界から現れた英雄であり、原初の存在になりうると結論を出したのだった。
「ねぇ好き勝手に女の子の頭弄り回して、英雄扱いって何? 」
「あー……長い話になるがいいか? 」
「気晴らしになるなら」
そう言いながらボスんとベッドに倒れこんだ。
「そうだな……さっきも言ったがお前さんこの世界の出身じゃないってのはわかるな。少なくともこの世界に日本という国はないしオーサカという街もない」
「……うん、認めたくないけどそれは大体わかってきたところ」
「この世界において異世界から現れた存在は英雄と呼ばれる。どうにもさっきからお前さんの口の動きと発音が違うから翻訳の魔法みたいなもんがかかってるのかもしれんな」
「へぇ……そんなことがわかるんだ、確かに翻訳の魔法は自前でかけてるよ」
「そうかい、それを教えてくれた奴に感謝しとけよ……っと、話がそれるところだったな。ともかくそんなわけで俺達この世界の人間にとって異世界人=英雄と言う仕組みが成り立っているわけだ。ここまではいいか? 」
「うん、すごくわかりやすい。でもなんで英雄? そのまま異世界人で良くない? 」
「原初の英雄と言う存在がいてだな、そいつが色々やらかしたんだよ」
具体的に言うならば、まず産業革命を引き起こした。
それまで大量生産を目論むのであれば人数を集めて数の暴力で対処するしかなかった工業や農業の簡易化に始まり魔術の改善、剣術の指南、柔術や合気と呼ばれる武術の走りになるなど様々な偉業を成し遂げてしまった。
この世界の技術や化学力、基礎学力などを丸ごと底上げしてしまったのである。
それらの説明を聞いたサキの表情と言えば、吐き捨てるような顔をしていた。
「最初の人がそんなにすごかったからあとから来た人たちも英雄視されるの? 」
「最初だけならそうならなかったんだろうけどな……有名どころだとアスカっていう異世界人が魔法文明をまるっと新築して原初の英雄が改善した魔法さえも上回る成果を出してしまったり、サムライを名乗るコジローなる英雄は剣術の世界を10歩ほど一気に前進させたりしてな……」
「へぇ……はた迷惑」
「だよなぁ……そんな英雄の話には続きがあるんだがろくでもない話でな……聞きたいか? 」
「ここまで来たら」
反吐が出ると言わんばかりのサキを見据えながらナルは煙草に火をつける。
タワーが医務室で云々と言っているのも無視して煙を吸い込んだナルを、サキも訝し気に見つめた。
「英雄の血族って言うのがいる」
「血族ってことは……子孫? 」
「そう、元の世界に帰れた英雄の記述は残されていない。ある日突然消えたとかそういうのはあるんだがな」
「また異世界転移でもしたのかな……」
「その可能性が一番高いが、帰れたかどうかは知らんな。ともかくそういった、この世界に残ることを決めた英雄達は身を固めて子孫を残した」
「それが英雄の血族……? 」
「あぁ、俺とかな」




