小休止
「……ル…………ナ……ル……ナルッ! 」
目覚めは唐突だった。
疲労から眠りについたナルだったがあくまでもうたたね、軽い休息のつもりで脳の一部は起きているつもりでいたが気が付けば熟睡していたらしい。
これほど深い睡眠はいつ以来だろうかと起き抜けに酒でのどを潤してから声の主を探したナルは自分の袖にくっついているグリムを見つけた。
どうやら彼女が珍しく声をあげてナルを起こしたらしいというのはすぐに分かった。
「どした、グリム。そんなに慌てて」
「貴族が、死んだ」
「……あの爺共? 」
「違う、ここに、いなかった貴族」
数秒、顎をさすりながらふと思い出したかのように手を打つ。
「首なし死体か? 」
先程ナルが作り上げた死体の事である。
その反応にシルベニア準男爵が眉をひそめたが視界の端にとらえる事さえせずに淡々と煙草に火をつける。
「それも、だけど、他に三人」
「三人……貴族が死ぬ……つまりは、爺。そういう事でいいのか? 」
「そういう事じゃ」
「まじか……ほかに繋がってたのいねえの? 」
「おらん」
あちゃーと頭に手を当てたナルは参ったなと笑って見せる。
殺された三人の貴族はトリックテイキングをここに呼び寄せた人間で間違いないだろう。
それはナルの予想と、それに同意した老齢貴族が保証している。
であれば、英雄の一人が使っていた例えを基にするならば蜘蛛の糸が切れたという所だろう。
「まぁ死んだのはしょうがないな。どうせ次は決まってるんだし」
「次、とはなんじゃ? 」
「俺達の次の予定。次に死ぬ人間じゃないから安心しろよ爺」
「ふむ……参考までに聞かせてもらおうかのう」
「北に行く」
それ以上は語ることは無いと言わんばかりのナルに訝し気な表情を見せた老齢貴族だったが決して語ろうとしないナルを見てこれは聞き出せないと諦めて酒を舐め始めてしまった。
「あぁそうだ、仕事の報酬と優勝賞品。あと俺どれくらい寝てた? 」
「一時間ほど、賞品は金だそうだが額が大きいから宿に届けてくれるそうだ」
ナルの問いにはリオネットが答えた。
それを聞いてナルは、吐き捨てるような表情になる。
「ここで渡してもらうぞ。宿には送らなくていい」
「私もさっきからそう言っているが本人の意思を尊重すると言って聞かんのでな。そういう事で御老公、よろしいですな」
「仕方あるまいな……」
裏の人間に宿泊地がばれるというのは末恐ろしい物があると背筋の鳥肌を押さえつけるように背もたれに寄り掛かったナルは天井を見上げながら煙草を吸う。
そして数秒その姿勢を保って、ふと視界に入った扉からある事実を連想した。
「あのサキとかいう女、まだ寝てるのか」
「うむ、タワー女医もつきっきりで看病しておるよ」
「まじかあー……そんなに強く殴ってないんだがなぁ……」
ナルの言う通り、サキの追ったダメージはグリムに次いで小さい。
骨に異常はなく、内臓や歯にも影響は無いだろう。
しいて言うならば脳を揺らす為に顎を打ち抜いたので小さな打撲を負う程度ではないだろうか。
殺し合い前提の闘技場でその程度の怪我ならば御の字という物だとナルは考えていた。
「あの女、本当によくあれで決勝までこれたな」
「お主の技量が底抜けなだけじゃわい。並の薬漬け程度ならば軽くあしらえる実力者じゃぞ」
「そうは言うけどな……あんなの俺じゃなくてもできるぞ」
そう言いながらもナルはちらりとリオネットを見る。
突然視線を送られた事で狼狽しながらも絶対に無理だと首を横に振るリオネット。
続けてグリムに視線を送るがこちらはそもそも話を聞いていなかったのか首をかしげている。
「……まぁ、慣れれば俺じゃなくてもできるな。うん」
そう言って新しい煙草に火をつけたナルはゆっくりと立ち上がって窓に近づいた。
階下での様子を見るためだったが、再び悪趣味な人体を賭けての賭博が始まっており気分の悪い物を見たとすぐにソファーに戻る。
「ところでじゃが、聞いてもいいかのう」
「高いぞ」
「ふむ、では聞くだけ聞いて値段次第でどうするか決めようかのう。お主英雄の血族かね? 」
少し考えるそぶりを見せてからナルは指を三本立てた。
「30万」
「払おう」
どさりと、札束が机に積み上げられる。
それを一枚ずつ捲り偽物が混ざっていないことを確認したナルは懐にしまい込んで方深く頷いた。
「その通りだ、血の薄れた血族だ」
「血が薄れたという事は特別な力は無いと? 」
「100万」
「む、高いのう」
「力があるにしても無いにしてもそれは重要な情報だからな」
「ふむ、払おう」
再び積まれる札束、それを数えながら鑑定するナル。
「確かに、まぁ特別な力はあるな、マジャクとの一戦はその反動でぶっ倒れた」
嘘はついてない。
しかし隠し事をしているというのは伏せたままである。
あれが能力の全てではないというのは彼らに教える意味がない。
「ふむふむ……では、本名を教えてもらえるか」「100億」
食い気味に値段だけを答えたナル。
それは国家予算にも匹敵する額であり、遠回しどころか直接断ると言っているようなものだった。
「払う、と言ったら」
「ナルと答える」
バチバチと空中で見えない火花が飛び散る。
数秒、数十秒と視線が交差した結果、先に折れたのはナルだった。
「やめだ、爺と見つめ合っても楽しくねえ」
「わしも見つめ合うならば若い女子がいいのう」
「このスケベ爺」
「男はいつまでも男と言う事じゃよ」
けらけらと笑う二人に、他の人間は事態についていけず温度差故か鳥肌を立てていた。




