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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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面倒ごと

「おい爺、規約違反だぞ」


 控室に戻ると同時にナルは老齢貴族に抗議の声をあげた。

 グリムとリオネットは巻き込まないという約束がものの見事に無視されていたためである。


「手出しはさせとらんぞ。ここの事を離したら話に乗っただけでのう」


「手を出してるじゃねえか」


「出したのは口じゃ」


「ぶっとばすぞ」


 思わずこぶしを握り締めたナルに、しかしそれでも老齢貴族は笑みを崩すことなく楽し気にしている。


「ナル」


「あー……ちょっとそっちの医務室に……じゃねえな、その前にリオネットどうしたよ。お目付け役だろアイツ」


「撒いて、きた」


「……可愛そうに」


 ナルは素直に同情した。

 役目半ばで放り出されて、今でも必死に迷子のグリムを探しているであろうリオネットを思うと涙を禁じえなかったのである。

 無論ポーズだけであり実際に涙を流すことは無いが。


「まぁいい、そっちの部屋医務室だから行ってろ」


「怪我、してない」


「こっからは大人のお話だってことだ」


「私、子供じゃ、ない」


 膨れっ面で抗議するグリムの頭をなでながらナルは飴玉でも渡すような感覚で煙草を手渡して微笑んだ。


「面倒くさい話をするから退屈になるぞ」


「後は、任せた」


 にこやかに煙草を受け取っておくの部屋に消えていったグリムを見てひとまずは安心かと自分も煙草に火をつけて煙を吸い込み、そしてため息とともに吐き捨てた。


「で、詭弁が通用すると思っているなら俺はここで降りるぞ」


「む……」


「あのなぁ、仮にも貴族ならもうちょいマシな方法使えよ……手は出さないが口は出すとかそういう詭弁は俺らの領分だっての」


 早くも根元まで燃え尽きている煙草がナルの怒りを表しているが、それを表情に出すことは無い。

 面倒くさげに吸殻を投げ捨てるが、わざと毛足の長いいかにも高価だと言わんばかりの絨毯の上に落ちるように投げている。


「で、手を……いや、口を出したのはどこの貴族だ」


「それを聞いてなんとする」


「ぶっ……とばす」


 危うく殺すと言いかけたところでナルはそれを飲み込む。

 感情の制御が追い付いていない事も含めて今の状況に内心で舌打ちをしながら新たな煙草に火を灯し、そして一息で半分ほどを灰に変えた。


「うぅむ……難しいのう」


「お互いのためだと思うが? 」


 そう囁くナルの顔にはいつもの余裕がない。

 視線は既に敵を見る物へと変わっている。


「お互い、とは? こちらに利があるとは思えんが」


「そっちが吐かないなら俺はこれからここにいる貴族全員をぶちのめす。お前ら以外全員をだ。この意味が分かるか」


 それはわかりやすい宣戦布告である。

 ナルが貴族に対して行うのではない、ナルと契約を交わした貴族が他の全貴族に対してである。

 裏賭博に集まった貴族の大半が重症、下手をすれば死亡するという事態の中で数少ない無傷の貴族。

 さらに下手人がその無傷の貴族の、対外的に見ればお抱えともなれば人々がどのような結論に行き着くかは想像に難くない。


「……シルベニア準男爵、ここから見て2時の方角の部屋におる」


「そこまでの切符よこせ」


「………………」


 先程までより長い沈黙がその場を支配する。

 考えているように見せながら、暗にそれはできないと告げている老齢貴族。

 対してナルはさもなくば暴れるぞという脅しをかけている。

 結果。


「ついてまいれ」


 ナルに軍配が上がったのだった。

 棚の裏に隠された通路を進むこと数分。

 おとぎ話のように煙草の吸殻で道しるべを作っていくナル。

 しかしそれは意図してではなく、怒りのせいでいつもよりも喫煙のペースが速くなっているというだけのことだ。


「額に大鷲、腕に獅子、足には大蛇」


 しばらく歩いた先で老齢貴族は唱えるように声を発すると真っ暗だった世界に一筋の光が差した。

 それは徐々に広がっていき、そして扉と言う形で開かれた。


「おや御老公、これはこれはどのようなご用件で。言ってくださればこちらから出向いたものを」


 作り笑い、ナルが一目で見抜いたその表情は明らかに対外的に作り上げた笑顔だった。

 年齢は40になるかならないか、引き締まった身体をしているその男こそがシルベニア準男爵であろうというのは一目瞭然だった。

 なぜならばその背後で座り酒を飲んでいる、カエルのような男二人はここに来て態度を崩す様子がないからである。


 少なくともナルの前を歩いていた老齢貴族は公爵家だと言っていた。

 その公爵に礼儀を払う事がないというのは、つまり同等以上の立場にいるという事に他ならない。

 加えてその体格である。

 準男爵と言うのは基本的に平民からの成り上がりが多い。

 それほどに低い階級であり、当然貴族の中では差別対象ともなっている。


 だが時に貴族お抱えの私兵となりその身を安泰とする者もいるのだ。

 ならばである、このシルベニア準男爵は後ろのカエル共の配下として見るべきだろうとナルは煙草を吐き捨てた。


「そちらは先程見事な戦いをした……たしかチェスの」


「俺のことはどうでもいい、それより……俺のツレにちょっかい出したバカはお前か……」


 ナルの声が普段より二段階ほど低くなる。

 もはや怒りを隠そうともしていない。


「……ツレ、というのはあの少女の事で良いかな」


「そうだ、もう一人デカいのがいたと思うがそれは撒いてきたつってたからな。そっちはどうでもいいがあれに手を出した報いを受けさせるつもりでここに来た」


「……そうか、私では君には勝てないだろうから甘んじてその暴力を受け入れよう」


 肩透かし、とはこのことかと思うほどにシルベニア準男爵は目を閉じる。

 予想外の対応に毒気を抜かれたナルは、少しばかり落ち着きを取り戻した。

 そのままの流れで部屋を見据える。


「……お前が守らなきゃ後ろの二人は死ぬぞ」


「……わが身を盾に」


「できると思ってんのか? 」


 【力】のカードを発動させて石壁を握りつぶすナルを見て、シルベニア準男爵は覚悟を決めたように剣に手を当てた。

 が、それもわずかばかり遅い。

 その隙をついてナルは一息に距離を詰め、二匹のカエル貴族の頭部を粉砕したのだった。


「だから言っただろ、できると思ってんのかって。大方あれのパシリでやったんだろ、実行犯ではあっても主犯じゃねえんだから主君を守れなかった間抜けの称号背負って生きろよ」


「……生き恥をさらせと」


「おう晒せ晒せ、いっそ素っ裸で街を走り回ってこい」


 あまりにも、な言い分にシルベニア準男爵は口を閉じる事が出来ずにいた。

 この数秒間に起きた出来事が、今まで生きてきた数十年の出来事よりも濃厚だったせいだろうか。


「ところでよ、爺。俺らは平等として契約を結んでいるわけだが後釜は探していないか? 健康でそれなりに強いが馬鹿正直で不器用な男でな」


「ふむ、愚直な人間ほど使いやすい駒はないのう。良ければ教えてもらえんか」


「ザクソン産の煙草をおごってくれたら考えるぞ」


「そのくらいならお安い御用じゃ。して、だれかのう」


「シルベニア準男爵って言ってな」


「ほほう、剣豪と名高き彼の成り上がりか」


「最近雇用主が死んだらしくってなぁ。なんでも万力で潰されたように頭がなくなってたとかなんとか」


「くわばらくわばら、それは恐ろしい話じゃわい」


「てなわけで後始末任せた」


「この後の試合任せるぞ」


 なんとも白々しい会話が行われるなかで一人取り残されたシルベニア準男爵だけが何が何やらわからないと言った様子でその会話を聞いていたのだった。

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