貴族とは
「まったくもってけしからん」
「あ? 」
医務室を出たナルの耳に飛び込んだのは小言だった。
あるいは文句や愚痴でもいい。
ともかく、ナルにとっては面倒この上ないと思わせるだけの言葉が投げかけられたのだ。
「我々を無視するその態度、明らかに手を抜いた試合、あまつさえ誰も殺そうとしないなどと前代未聞である」
まだ若い貴族の一人が腕を組みながらナルに視線を向けることなく告げる。
それに対してナルは、あぁなるほどとその心情を理解したのだ。
少なくともこの若手貴族は雑魚だ。
老齢貴族と比べれば小物も甚だしい。
少なくとも不平不満を当たり前のように口にする辺りからして器の小ささを見せつけている。
階級はどれほどのものかわからないが身に着けている装飾品や、きめ細かい布地を見る限り木端ではないだろう。
そこから想定できるのは、貴族階級の中でもそれなりの地位を持ち接待を受けるのは当然という立場。
当人の手柄で成り上がったのであればもう少し思慮深い事が多いだろうから、おそらくは貴族としては古株の家系だろうか。
おそらく長男、次代の貴族頭として国の一部を背負って立つ事になるであろう人間がこれでいいのかと不安になるほどだ。
「初体験おめでとうとだけ言っておくか」
それでもナルは態度を変えることなく、さも当然のように煽る。
敵にした方がいい人間と味方にした方がいい人間という区分ができる世の中だが、この男はどちらに回しても面倒この上ないという非常に厄介な相手である。
いっそ、この裏賭博で最初の死者はこの男にしてやろうかとさえ思うほどだ。
「そもそも貴様はなぜそれほどまでに傲岸不遜なのだ。我々は貴族だぞ」
「親の威光を勝手に使いつぶすような阿呆を敬うほど暇じゃないんだ。せめてそこの爺並みに腹芸ができるようになってから出直せ」
「それだ。その態度が気に食わん。確かにアドリアス御老公は公爵家の物だが私とて同等の地位にいるのだ。だというのに」
「そうやってホイホイと情報を垂れ流す馬鹿を相手にする時間がもったいないつってんだよ」
「貴様の意見など聞いておらん! 」
「いや聞いてただろ、なぜとか言ってたじゃねえか」
「揚げ足を取るな! この場は貴様を追求するための場だと思え! 」
「初耳だな」
もはやこれ以上相手をする価値もないと、態度で示すナル。
しかしその本心はと言えば……。
(やっべ、このガキ煽るの超楽しい)
この通りである。
勝手に若手貴族の隣に腰かけて、テーブルに置かれたワイングラスを奪い取り瓶から直接それを飲むナルに青筋を浮かべるのを見て笑みをこらえるのに苦労していたナルはそのまま煙草に火をつける。
先程の試合を見た後だからだろうか、ザっと距離を取る若手貴族を見てついにこらえきれずに噴き出したナルは悠然と煙を肺にいれて吹きかけた。
「ただの煙草だ、怯えるなよ」
「くっ……無礼者め……」
「そりゃお互い様と言う事で」
「私は貴族だと何度言わせる! 貴様とは違うのだ! 」
「ほー、でも変わらない事実が一つあるって事は知らないのか? 」
「何が同じだというのだ! 」
「殺せば死ぬってことだよ」
そう言ってナルは笑みを消して腰からナイフを抜いてその首筋にあてがった。
若手貴族は、その状況に置かれて……。
「やれるものならやってみろ」
態度を変える事は無かった。
おや? と思い少し刃を食い込ませて皮膚に小さな切り傷を作って見せても態度はもちろん、顔色一つ変える事はない。
これはどうしてなかなか、とナルは評価を改める。
「貴族と言うのは民に支えられ王を支える物と思っているのだろう! 逆だ! 王に支えられ民を支えるのだ! 貴様は浅慮でその一角を崩す! 国の一端を切り崩す覚悟があるというならばやって見せよ! その対価として我々には民に対する命令権が与えられているのだ! だからこそ貴族は敬われ、対価として民を導かねばならんのだ! それゆえに貴様の態度は目に余る! 事実を言葉にして何が悪い! 」
「……坊主、お前意外なことに脳みそあったんだな」
若手貴族が言っている言葉は正しい。
本来国家や集団、組織と言ったものは三角形の勢力図が存在する。
最下級には末端者、その上にいる必要人員、それらの上にまとめ役とする幹部や貴族、頂点に王と言うのが基本系である。
しかしこの勢力図は上下を逆転させても成立するのだ。
つまり頂点が全てを支える基盤となっている。
その事を理解できない者は親と国、民と王全ての財を食いつぶす。
ナルの組織ではそういった者は即座に排除しているが国という規模になればそれも難しい。
代々受け継いできた土地管理の技法や、土着信仰、そういった物に始まり王の遠い親族であるという事も珍しくないためおいそれと排除することはできないからだ。
だからこそ、権威を傘に好き放題しはじめる者もいるわけだが……。
「意外ととはなんだ」
「いやだってさ、こんな裏闘技場まで来て悪趣味な見世物見て。無視するなとか無礼だとかだれか殺せとか、そんなこと言い始める奴がちゃんと国の事見ているんだからそりゃ以外だろ」
「最底辺を知らない貴族が民のために何ができるという! そしてあの場に立つ戦士はみな誇りをもっているのだ! だというのにへらへらとしながら適当にあしらう態度が気に食わん! 」
「いや……本当にお前凄いな……ただの馬鹿だと思ってたけど見直したわ。うん、お前結構いいやつだ」
「今更世辞などいらん! 釈明しろと言っているのだ! 」
「釈明ねぇ……」
ふとナルは考え込んでしまった。
本気を出さない理由、それは正しくは出せないからである。
切り札として残してある【悪魔】と【力】の同時発動は実践は可能だろうと考えているがしかしその反動がどれほどのものか計り知れない。
合わせて実戦でいきなり使うような真似もできず、かといってどこかで試すわけにもいかない。
地下であり、街中であるここでは特にだ。
いざ暴走しましたという時に被害が大きすぎる。
先程この若手貴族が言った通り、貴族を殺すというのは国を傾けかねないリスクがある。
それも裏賭博に身を投じていた者が何人も同時にとなれば、それは最悪の場合国の崩壊につながる。
だからこそ本気の本気というのは封印前提であり、最後の手段でもある。
ならば次点、【悪魔】のみでの戦闘はどうか。
これに関しては女医の心象を理解しているからこそ使えない。
また副作用も気になるのだ。
このカードを使えば相手を瞬殺するのはたやすいことだが、しかしナルの、あるいは使用者の精神を蝕むという副作用は徐々に悪化しているのだ。
それは看過できない問題であり、このような場で使って蝕む速度を早めるのは愚策もいいところ。
ならばさらに次点の【力】のカードだが、これは単純に偽死神をはじめジャネットを相手取るにしても使う必要がなかったというのが大きい。
あえてジャネットに使ったのは『怪力』の二つ名を勝手に使っていた彼への罰であり、級友の、本物の『怪力』はこんなものではなかったぞという意思表所に過ぎない。
偽死神は圧倒してはまずいというのも理由の一つだが、久しぶりにカードに頼らない戦いをしてみたいと思ったのも一助ではある。
それらを踏まえたうえで、ナルがこの場で釈明しなければいけないことは特にないのだ。
「ゲームの基本を知ってるかい? 」
「何の話だ」
「まぁ聞けって、釈明の一環だがな。まずジョーカーはここぞという時に使うものだというのはわかるだろ? 貴族同士の話し合いでも基本だ」
「その通りだ……が、それとこれとは別の問題が残っている。貴様の態度が気に食わん! 」
「だろうね。これはゲームの基本その二、ポーカーフェイス。表情を変えずに相手の手の内を読むのが基本だがその応用としてあえて表情を隠さずに相手を誘導するという技術がある。俺がへらへらとした態度をとっている理由は相手にくみしやすいと思わせるか、あるいはこいつは警戒しようと思わせるか、はたまた怒らせて適当に暴れさせるためだな」
「む……心理戦というものか」
「正解。ご褒美に教えてやるがさっきまで激高していた自分を思い返してみるといい。俺の態度と合わせてな」
「……やはり貴様は前代未聞だ」
「でも、絶後ではない。そのうち俺みたいな輩があんたの下にも現れるかもしれないから覚悟しておけよ。そこの爺さん見ると、俺程度の奴はごまんといるみたいだからな」
「いてたまるか……」
意気消沈と言った様子の若手貴族は、ナルからワインのボトルを奪い取りそのまま飲み始めた。
色々と吐き出してすっきりしたのか、それともナルの事情の一部を聞かされて納得したのかは定かではないがそれなりに気を許してくれたのかもしれない。
趣味の悪い事にナルはこの手のいじりがいがある人間は大好きだった。
ある意味では、これも女医の言っていた不幸をばらまく力の一端なのかもしれない。
少なくともここまでまともな貴族、そして正しく貴族としてふるまい、正しく貴族として身をささげた男にとってナルという存在は規格外も甚だしいだろう。
そんな存在との邂逅は、ある種の不幸であるが幸運だったのかもしれない。
それを知るのは、酒で頬を染めた貴族の青年ただ一人である。




