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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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鎌使い

「さぁさぁお次はなんとあの『怪力』ジャネットを瞬殺した今回のダークホース! 正体不明、飛び入り参加、その正体は果たして何者か! ナル選手! 先程仕入れたばかりの情報ではなんと裏組織チェスの幹部だそうです! この短時間で調べた私におひねりください! 」


 司会者のよく通る声と、それに合わせた笑い声、そして数枚の硬貨が飛び交う中でナルは相も変わらず煙草を吸っていた。

 よくよく考えればある種役割は果たしているのだからこの場にいる意味はあるだろうか、とそんなことを考えながら対戦相手を見つめる。

 女医の名前は知らないままだが、少なくとも悪い印象は払しょくできているはずだ。


 ついでに言えばここで棄権しても多少話をする程度の願いはかなうだろう。

 だとすれば、これは棄権してもいいのではないかと考えていたところであったがそれはすぐに撤回することになった。


「対するは『死神』の異名を持つ百戦錬磨の傭兵! 名前は未登録のため死神選手と呼ばせていただきます! なんという奇跡か! このような場であの死神を見る事ができる皆さんは幸運でしょう! 」


 ぶっ殺す、いや殺さない方があの女医には受けがいいからそれなりに痛めつけてやるとナルの中で結論が出た。

 曲がりなりにもグリムはそれなりの時間を共に旅した仲間である。

 その名声を横からかっさらい、あまつさえこんな裏賭博に身をやつしているという悪名を轟かせかねない行為を見過ごすわけにはいかない。


 ナルの逆鱗はここにきてからというもの、触れられるどころか殴られ続けているのだ。

 いい加減我慢の限界だと言わんばかりのナルは飛んできた硬貨を一枚つかみ取り、手の甲でもてあそぶ。


「借りるぞ」


 司会者に投げられたものではあるがよほどのへたくそが投げたのだろう。

 あるいはジャネットに賭けていた者が当てつけでナルに投げつけたのか。

 真相は不明だが、それもまた関係のない事と割り切って開き直るナルに司会者は唖然とした表情のまま頷いた。

 そして自分の役割を思い出したのだろう。

 すぐさま気を取り直して声を張り上げた。


「では今回のオッズ! 死神1.5倍! ナル2.3倍! 死神の方が名声という点で優勢だったか! しかし13倍のオッズだったナル選手も今回は負けず劣らずそれなりに賭けてもらえている当たりジャネット戦はかなりのインパクトを与えたのでしょう! 」


 この言葉にナルは少し機嫌を直した。

 そうかそうか、グリムの名声はこんなとこでも有効なのかと思い、しかしそれがグリム本人を苦しめているのだと考えるとどうにも複雑な気分になるのだ。


「では前置きもこのくらいに! 試合開始! 」


 合図とともにナルはもてあそんでいた硬貨を指ではじきだそうとして、ふとあることを思いついた。

 グリムが死神と知られていないのは行幸、余計な因縁を吹っ掛けられることもなくなるはずだ。

 ならばここで瞬殺して死神の名声を地に落とせば、グリムが死神だと知っている一部の傭兵は自分の名を上げるためにグリムに襲い掛かる可能性があるのではないだろうか。


 いや、それは決して問題ではないのだが殺意を持って攻撃してくる相手にグリムが手加減をできるかと言えば当然無理である。

 確実に相手は死んで、グリムのトラウマが増えて、だれも得をしない。

 ならばある程度の苦戦を強いられているように見せかけるのも手段としては悪くないのでは、と硬貨をポケットにしまって最後にまぐれ勝ちをしたように見せてやるかと、普通に勝つよりも、どころか負けるよりも難しい遊びを思いついたナルだった。


「では試合開始! 」


 司会者の合図に合わせて偽死神が鎌を下段に構えた。

 ナルはそれに対して、普段は取らないが今回に限りと昔【愚者】以外のカードを持っていなかったころに戦闘手段の一環として覚えた格闘技の構えをとる。

 異世界から伝わった格闘技に、こちらの世界に元から存在した格闘技を組み合わせたそれは世間的に器用貧乏や、見栄えだけの非実用的な物とされていたがナルの長年の修練で十分な自衛能力を備えるものへと変化している。

 ただしあくまでもカードを使わない状態での自衛であり、普段であればジャネット戦の様に【力】あるいは【悪魔】を用いた力業のごり押しこそが最強であると自負していた。


「しゃっ! 」


 偽死神はその構えを見るや否や、まっすぐナルへと突進を仕掛ける。

 鎌は持っているものの、刃を使う事は無く純粋な体当たりだ。

 しかし石突を用いたそれは急所を穿てば一撃で昏倒、最悪の場合死に至る可能性を秘めている。


(意外と……)


 そう、意外とできる。

 それがナルの出した答えだった。

 鎌、それも偽死神の持つような大鎌は戦闘には不向きな武器である。

 本来ならば広範囲の草刈りや、牧草、稲や麦と言った作物の採取に使われるため刃の角度が斬るためではなく刈るために調節されている。

 見たところ既製品であり特注品ではないそれもご多分に漏れず、戦闘向きとはいいがたい形状をしているため腕はそれなりだが武器が悪いと考えていたナルはそれを改めた。


「ほっ」


 その突進を足さばきだけで躱してから偽死神の頭部を狙い拳を振り下ろす。

 鋼糸のグローブをつけているため当たれば一撃で意識を奪えるだけの威力はあるが、しかしあえて大降りにしたそれは当然のように躱された。


 そこからどのような攻撃が来るだろうかと予想したナルは、自分の考えが甘かったと痛感する。

 気が付けば首を刈り取らんとする刃が迫っていた。

 突進の際に突き出していた石突は布石、それを躱せば第二刃として本命の一撃が加えられる。

 後手を考えない必殺の先手、改めてこの偽死神は相応の実力者であると理解してスイッチを切り替えた。


 勝つだけならば難しい事ではない。

 多少の手傷を負いながら致命傷を受けることなく負けるのは、少し難しいが不可能ではない。

 しかし後手に回ったまま遊び感覚でどうにかできるほど容易い相手でもないと考え、戦闘時のそれに意識を向けたのだった。


 最悪の場合殺してしまいかねないという枷も外して、カードを使わないという手加減もあるが体術のみで出せる最大の力を使いこの男に勝つと決めたナルは腰を落として一閃を躱し、そのわき腹に軽いジャブを打ち込んだ。

 威力は二の次、まずは当てる事が優先のそれはズンとした手ごたえとともに内臓を揺らした感触を伝える。

 偽死神がそれに合わせて胃液と少量の血液を吐き出し、それでも気丈にナルを睨みつけていた。


(根性も充分、グリムがいなかったら死神の異名は本物になっていたかもしれんな。こいつは)


 心中で称賛したナルは構えを切り替える。

 防御に特化した構えから攻撃向けの物へと切り替えたのを見て偽死神は先程と同様に鎌を下段に構えた。

 同じ手が二度通じる相手ではない、どころか初見で破られた技を使うとは考えにくい。

 だとすれば一つの構えから複数の攻撃が使えるのだろう。

 それを察してナルは、それでもなお躊躇せずに偽死神の懐へと飛び込んだ。


「はぁっ! 」


 偽死神はナルの心中など関係なく、その首を刈り取るべく刃をふるう。

 まぁそう来るのが普通だろうと見越していたナルは先程同様腰を落としてそれを躱し、こぶしを握り締めた瞬間だった。

 ナルの側頭部に衝撃が走った。

 一瞬ぐらりと視界が揺れたが、しかしそこは気合か持ち前の不老不死が起因したか、視線だけを動かし正体を探れば半周した大鎌の石突だった。


 遠心力を利用して勢いを殺さずにナルを殴りつけたのだろう、正しくは槍の使い方であり遠心力で相手をたたき伏せるという使い方を、大鎌という変わり種でやってのける技量に改めて舌を巻き、それでも足を止めることなく一歩踏み込んで先程同様腹を殴りつけた。

 頭部への打撃による昏倒や脳震盪は時間がたてば回復するものだ。


 しかし腹への打撃は、時間がたてばたつほどにじわじわと響いてくる。

 結果として偽死神は短期戦を挑まなければならなくなるが、それはナルの狙い通りである。

 そもそもこの試合は早めに終わらせるべきだと考えていた節もあり、理由に死神と言う名を持つ傭兵の沽券がかかっているからだ。


 名無しの飛び入り参加者に苦戦を強いられたなどと言う噂がたてばそれは巡り巡ってグリムの悪評に繋がりかねないと考えたナルはそれなりに善戦して、最後に卑怯な手段を使い勝利したように見せるつもりでいた。

 その布石は、十分整った。


「いやぁ、世界は広いようで狭いもんだ。こんなところで死神様に出会えるとは」


 構えを崩してナルは煙草に火をつけた。

 そして煙を吸うことなく吹かして遊ぶ。

 以前無言の偽死神は相も変わらず下段の構えでナルの次の行動を読もうとしているが、それは無理な話である。


 そもそも次が読めるような動きをするつもりはない相手であるという事を、この短時間で読み解けというのは土台無理な話である。

 それこそ人を見る事に長けたナルくらいのものにならなければ、不可能だ。

 逆に言うならば、ナルはこの二度の攻防で既に偽死神の手札をほぼ読みつくしていた。

 この男が使う技の基本は連撃、一撃目を虚にした二撃目の本命を当てる事こそに意味を見出している。

 とはいえそれ以外の全ての技がそうかと言えばそれもまた別の話、しかし剣筋はすでに見切っているのだった。


「さぁ、クライマックスと行こうか」


 そう、言葉を発したナルに警戒心を最大にした偽死神の手に力が入るのを見たナルはニヤリと、盛大に笑みを見せた。

 そして腰を落として腕を引く。

 まるで弓を放たんとする弓兵のような姿勢に決定打を打ち込むのだろうと身構えた偽死神に突撃したナルは拳を、振り下ろす事は無く口内にため込んだ煙をその顔めがけて吹きかけた。

 そして一瞬の間、偽死神の動きが止まると同時に膝から崩れ落ちるのを支えたナルは司会者に向き直る。


「麻痺毒による勝利。あ、これ使わなかったから返すわ」


 そういって先程懐に収めた硬貨を弾き、偽死神を担ぎながら退場していくナルの背後からは「勝者! ナル選手! 」という声と盛大なブーイング、一部拍手が響いていた。

 決め手は毒煙草、以前レムレス皇国で購入して調合量を間違えたまま紙巻にして面倒だからという理由で放置していた煙草が思わぬ形で役に立ったとナルはいつ何が役に立つか分からないなと思いながらも自分と偽死神に【節制】で毒抜きをしながら思うのだった。

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