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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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賭場

「ここらへんか……」


 翌朝、そう呟いてナルはスラムとも呼ぶべき荒廃した一角に足を運んでいた。

 先日グリム達が入った麻雀の店や、将棋、チェス、ポーカーと言ったかけ事が頻繁に行われている地区に近い場所だが決定的な違いがある。


 ここで行われる賭け事はどれもが命懸けのものであり、その事如くに刃傷沙汰が関わっているという点だ。

 賭け金は法外な金銭や、表の世界では取引さえも難しい物品、そして人の命や身体の一部、そんな危険地帯にナルは足を踏み入れ、路地裏で煙草に火をつける。

 ただしそれはいつもの喫煙ではなく、ただのポーズだ。


 あくまでもタバコを吸っているように見せかけながら、心の中ではカードの気配に集中している。

 グリムとリオネットはここから反対方向、つまりナルの【愚者】を阻害しない程度に離れた位置までは慣れてもらっていた。

 それでも、多少の阻害が効いているせいでかなり集中しなければカードの気配を察知するのは難しいためわざわざナルの生命線とも言っていい煙草を消費してまで周囲にそれを悟らせないようにしていたが、その甲斐あってか同行者二人とは別のカードの気配を感じ取ることができた。


 当たりか、と内心で笑いながらも煙草を投げ捨てて気配をたどる。

 そうして行き着いたのは一軒のボロボロな建物だった。


「……まじかよ」


 そこには看板が掲げてあったが、すでに老朽化も激しいそれは風が吹けば倒れそうな、家と呼ぶにはあまりにも荒廃しているなにかであった。

 しかしこのまま立ち去るわけにもいかず、扉を三度たたいてから間を開けて二度たたく。

 昨晩のうちにルナがこのあたりの建物ではこの手の合図が使われると調べていたため、ナルもそれに従ったのだ。


「合言葉は」


 中からくすんだ声が聞こえてくる。

 聞き取りにくいそれを、しかしどうにかとらえたナルは迷うことなくある言葉を口にする。


「ドブネズミの王冠の使いだ」


 それはナルの管理する裏組織で使われる合言葉だが、このあたりの集落もそれなりに影響力を持っている。

 少なくとも邪険に扱われることはないだろうと考えて選んだ言葉であり、懐に仕込んだグラスホッパーの駒もいつでも取り出せるように構えていた。


「駒を」


 中から出てきたのはボロを身にまとった背の低い男、フードをかぶっているせいで分かりにくいが腰の曲がり方や手の皴から老人だろうと察して駒を見せた。

 ただし手渡すことは無く、ナルはそれを握ったまま男の眼前に突き出す。


「グラスホッパー、使いとは言ったが遊びに来たと思ってくれて構わんぞ」


「通りな」


 予想通り、ナルはそのままあばら家の奥に通された。

 しかしそこには何もなく、必要最低限の家具が置かれているだけである。

 ミスったかな、とナルが思った瞬間男は暖炉に近づきいまだ燃え盛る火の中に手を差し入れて何かを動かしたように見えた。


「おい、熱くないのか? 」


 その質問に男は答えずに、部屋の片隅を指さした。

 よく見ればその一角、床の一部がわずかに浮き上がっているのを確認したナルは答えないなら大丈夫なのだろうと考えて床の凹凸に手をかける。

 四方に動かしてみるとわずかに持ち上がるのを確認して一息にそれを開けたナルは、地下へと続く道を見つけたのだった。


 思わず口笛を吹いて称賛する。

 ナルの組織でもここまで手の込んだ隠し通路を作ることは少ない。

 利便性とコストの問題もあるが、この手の仕掛けはいかんせん手入れが大変だからだ。

 特に一般的な大工などを入れればどこから情報が洩れるか分かったものではないため各々の技量で補うしかない。


 だというのに、この建物は全てがフェイクであり本命はこの地下通路。

 それを維持するだけの人員と金銭があり、通路の床を見る限りでは人の出入りもそれなりにある。

 なかなかどうしてナル好みの悪党が巣食っているのではと思わせる光景だった。


「一本道だ、進め」


「はいはい」


 そう言って中に入ったナルは背後で入り口が閉められるのを確認してから奥へと進み、そして十数歩歩いたところで視界が開けた。

 地下とは思えないほどの明るさに、暗闇になれていた目が過度の光を受けてまぶしさを感じる。

 しかしそれもすぐに慣れて、ようやく目にすることができた光景は惨憺たるものだった。


 はりつけにされた女、それに向かってナイフを投げつける男たち。

 拘束台に寝かされた男、その手足にはギロチンのような刃が向けられておりその先に繋がるひもは寝かされた男が必死の形相で口にくわえている。

 ある者は焼けた石の上を歩かされ、またある者は氷の浮かぶ水槽に沈められ、つい最近受けた拷問の記憶を呼び起こすものだった。


 お世辞にも趣味がいいとは言えない光景、しかし呆気にとられることもなくカードの気配に集中すると奥の方からその気配を感じ取り、そちらに向かって歩みを進めた。


「とまれ」


 しかし槍を持った二人の男がナルの行く手を遮る。

 明らかに一般人ではない彼らに、だから何だといわんばかりのナルは懐から駒を取り出す。


「グラスホッパー、ドブネズミの王冠の使いだ。通してもらうぞ」


「だめだ」


 今度こそナルは驚かされた。

 少なくともこの暗号は裏社会では相応の力を持つことを意味する。

 それを拒絶する、彼らの裏にはナルの組織以上のそれが構えている可能性もあると考慮して駒を懐にしまいなおす。


「どうしてもか? 」


「どうしてもだ」


「理由は? ドブネズミとのいさかいが目的じゃないだろ」


「言えん」


「敵対の意思はないか……となると、この奥にいるのはかなりの重要人物ってことか。だとするとこの国の貴族やらを集めた特別待遇室か」


「……」


「なるほど、それなら通せないな。邪魔して悪かった」


 男の沈黙を肯定ととらえてナルは周囲の景色に目を向けた。

 どうやらここにいるのは全員がそれなりに金銭を失ったことで裏賭博に身をやつさなければいけなくなった者達なのだろう。


 よくみれば高い位置には鏡が張られており、おそらくは特殊加工を施されて向こう側からはこちらが丸見えになっているのだろうと察したナルはそちらへ意識を集中させた。

 そしてわずかに数秒、カードの気配をとらえる。


(あそこか……【隠者】で乗り込むか? )


 着々と潜入の計画を立てるナルは適当な『囚人』の姿を見ながら煙草に火をつける。


「お兄さん見ない顔だな。どうだい、こいつが時間内に耐えきれるかどうか賭けていかないか」


 拘束台に寝かされた男を前にそんなことを言う賭博師、あまりにも趣味が悪いとしか言えない光景だがナルは笑みを浮かべる。


「こいつがギロチンを支え続けられる時間まで当てられたら、いくらもらえるんだ」


「30倍だな」


「ルールは?」


「囚人に触れないこと、それくらいだな」


「よし、なら……おいお前ら! 俺は今からこの囚人が10秒で紐を離す方にかける! これは確実に当たるぞ! 」


 そう口にしてナルは金貨を数枚その場に置く。

 合わせて何人かの男がナルの周りに集まり、同じように金貨を乗せていった。


「9、8、7、6、5」


 男がカウントを始める。


「4、3」


 そして2と言った瞬間にナルは加えていた煙草を拘束された、生まれたままの姿の男の股間に押し付けたのだった。

 同時に悲鳴が上がり、咥えていたロープが外れた事で首へとギロチンが落ちる。

 あわや、と言う所で【力】のカードを使いそれを止めたナルは新しい煙草に火をつけながら手を差し出した。


「30倍、金貨100枚毎度あり」


「いかさまじゃねえか! 」


「触れてないぞ、指一本な」


「……詭弁だな。それにその男は」


「死んでないか? 耐えられるかどうかって賭けだから俺の勝ちだろ。それとも……やるか? ここで賭けた全員を相手に? 俺とあんた、先に痛い目を見るのはどっちだろうな」


「………………ちっ」


 この場でもめ事を起こすのもまずい、かといってナルを鎮圧できるほどの腕があるとは考えられないと一瞬で損得の判断を済ませた男は素直に金を支払った。


「悪かったな、驚かせて」


「あ、あぁ……」


「これは迷惑料だ」


 拘束された男に今手に入れたばかりの金貨から自分の取り分をいくらか差し引いたものを手渡して、存外面白いなとあくどい笑みを見せたナルはしばらく遊ぶことに決めたのだった。

 あるいは、この場で目立てば【隠者】など使わなくとも上にいる連中に御呼ばれするかもしれないと計画を立てながら。

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