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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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一方その頃

 ナルが情報収取と言う名の賭博に没頭している頃のグリムとリオネットはと言えば。


「リオネット、これ、なに? 」


 この世界にはない『雀』という文字の書かれた薄暗い店が立ち並ぶ一角にいた。


「異世界からこちらに伝わった麻雀というゲームをやる店だが、私も詳しいルールは知らんな。入ってみるか? 」


「ん、興味、ある」


 そう言って、比較的雰囲気のよさそうな店に足を踏み入れた二人は紫煙に巻かれる。

 扉を開けた瞬間に霧のように立ち込めていた煙を全身で浴びながら、一瞬火事かと身構えたリオネットに対してグリムは親しみのある香りだと感じていた。

 ここ最近、グリムはナルほどではないが煙草を嗜むようになっていた。


「二人だ、とはいえルールを知らないので指導も頼みたい」


 リオネットの言葉に近くにいた男たちから笑い声が上がる。

 続けざまに素人が来る店じゃねえぞとヤジが飛び交い、それにリオネットは顔をしかめた。

 しかし店主だろうか、店の入り口にあるカウンターに腰かけていた男性は牌をその場に広げてルールを教えていく。


「で、大体わかったか? 」


「ん」


 二人は想像していた以上に難解なゲームだと感じながら、グリムは計算に手間取る様子を見せつつも問題ないと答えた。

 リオネットは運の要素が絡むゲームであると理解して、これならばグリムにも姑息な手段を使うことなく勝てるのではないだろうかと考えながら、しかしナル相手には厳しいなと冷静に分析をしていた。

 そのまま二人はそれぞれ適当な席について、別の卓を囲みながらゲームをしていたのだが……。


「ロン」


「くぅ……」


 リオネットは惨敗していた。

 すでに所持金は残り半分となっている。

 持ち合わせが多くなかったというのも理由の一つではあるが、財産の大半は銀行に預けて必要最低限しか持ち歩かないという習慣があったためすぐに席を離れてグリムの真後ろに立ってその様子を眺めていた。


「……」


 思わず嘘だろと口に出したくなる光景を目の当たりにしたリオネット。

 文字も記号も書かれていない牌が三つ、赤く中と記号の書かれた牌が三つ、緑で発と記号の書かれた牌が三つ、そして東を意味する言葉の彫られた牌が三つと西が一つ。

 聞いた限りのルールの中で最も難しいとされる手配、俗に役満と呼ばれる大三元と呼ばれる白発中を三枚ずつ集める物、数字を使わない字牌と呼ばれる牌だけで役を完成させる字一色、三つずつ牌を集めることを暗刻と呼ぶがその中でも四つの暗刻を作り最後の一枚を待つ四暗刻単騎待ちと呼ばれる型。

 それらの複合がグリムの手中にあった。


「そら、これでどうだ」


「ん、通る」


 相手が打ったのは丸が三つ描かれているピンズと呼ばれる牌。

 それを難なく通るといってのけて、そしてグリムの手番。

 スッと一枚の牌を手に取り、手触りだけでそれを確認したグリムは一言口にした。


「カン」


 四枚の牌が手中にあれば暗槓と言い、新たに一枚牌を拾う事ができる。

 代わりにドラと呼ばれる、持っているだけでも点数が増える牌が増える事になるため盤面が読めないうちは使わない方がいいとされているそれを迷うことなく使ったグリムは二枚目を引き、続けて発する。


「カン」


 さらに三度目、四度目とカンをつづけたグリムは最後の一枚を引いた。


「ツモ、嶺上開花、四暗刻、四槓子、字一色、大三元、ドラ8」


 その光景に、唖然とするしかなかったのは卓を囲んでいた男たちである。

 素人、カモ、そう思っていた相手からとんでもない役が飛び出したのだ。

 偶然と呼ぶには明らかにできすぎた手配。

 ならば男たちはどう思うか。

 答えはいたって簡単である。


「てめぇ! いかさましやがったな! 」


 そう、グリムのいかさまを疑うのが道理だ。


「なんの、こと? 」


「しらばっくれやがって! その腕切り落としてやる! 」


 物騒な事を言っているが、賭場でのいかさまは指や手を切り落とすというルールがある。

 当然裏界隈での話であり、こんな待ち中の一角にある普通の店でそんな真似ができるはずもないが、しかし男は威嚇には十分だろうと考えていた。

 考えてしまったのである。


 ともすれば害意ともいえるそれに、グリムは敏感に、否、過敏に反応を示した。

 腰に下げたままだった剣とマインゴーシュを引き抜いて男たちの首元に寸止めで刃先を向ける。

 三人同時に立ち上がったが、三人全員が一瞬で首に刃があてられるという神業じみた所業に目を白黒させながら、倒れこむように座りなおした男たちにグリムは点棒をよこせと手を差し出した。


 あまりの気迫に気おされたのか、三人は素直に点数を支払い、正確に言うならばこれによりグリムの一人勝ちが確定したため金銭を支払ってから新たに点棒を分配しなおして再戦となった。

 男たちの表情からはそちらがその気ならばという魂胆がありありと見える。

 それは百戦錬磨のグリムや、ながらく戦術を磨くという目的で遊戯を楽しんでいたリオネットでも見抜けるほどのものだったが……。


「しーぱい……だっけ、山も、そっちが作っていい」


「なんだと? 」


「いかさま、してないから、疑われるの、不服」


 マナーとしては論外であるが、そんなつもりは毛頭なく実力であるといわんばかりの態度を見せるグリムに男たちは怒りをあらわにして、そして積み込みと言ういかさまを始めた。

 これは牌を特定の並べ方で積むことで確実に自分の手番で良い手牌を得られるというものであり、うまくすれば一巡目で上がることもできるのだ。


 だが、それをグリムは止めなかった。

 止めるまでもないと肌で感じ取ったのか、それとも別の要因か、はたまた何も考えていないかのどれかである。

 麻雀には親と子がいて、一番手が親、そこから反時計回りに牌を引いていくゲームである。

 今回はグリムが親の状態で始まることになり、手牌を並べていったのだが……。


「てん、ほー」


 天鳳、その役を出したら死ぬとまで言われているほどに難しい役の一つ。

 しかし揃えるという意味では実に単純なそれは、初手で親番の時に一枚も牌を引くことなく上がること。

 つまり手牌が最初から完成していれば成立するのだ。

 男たちはいかさまを駆使して、たいしてグリムは何もしていないにもかかわらずこの結果。


 再びいかさまだと文句をつけようとした男たちだったが、今回グリムが牌に触れたのは自分の手牌を作るときだけである。

 ならばなぜいかさまだと言い切れるのか、それは男たちがいかさまをしていたからに他ならないため、今度は何も言えないままに点棒を支払い牌を混ぜ始めた。


 それから1時間、素っ裸になった男が三人と不必要な服までも手に入れて処理に困っているグリム、それを見てあきれるリオネットがその場にいた。

 この日、ナルが作り出そうとした名声よりもグリムの悪名がとどろき渡ったのは実に皮肉な話である。

 なお、麻雀はグリムのお気に召さなかったのか翌日以降は他のゲームを楽しんでいたという。

 その理由を問いただしたナルに対して。


「いかさま、すごく、簡単。ポーカーより、やりやすかった」


 そう答えたグリムは服の裾から小さな牌をいくつも取り出して見せた。

 男たちの言葉は決して言いがかりではなかったのだった。

 後日牌はナルが返しに行ったが、あくまでもこっそり店に置いてきただけでありグリムのいかさまは生涯誰にもばれる事は無かった。

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