銀幕戦記 第二幕
西暦2155年。世界は、熱気という名の物理的なエネルギー熱に浮かされていた。
長引く不況の果てに爆発的に膨れ上がったのは、華やかな世界を夢見る「アイドル」と、それを狂信的に追いかける「ファン」の群れだった。数千万人のファンがコンサート会場で放つ熱狂のエネルギーは、地球の気候さえも変えてしまった。日本の気温は5度上昇し、四季は消滅、北極の氷が溶けて世界は砂漠化へと突き進んだ。
この驚天動地の「アイドル戦国時代」において、人類は二つに引き裂かれた。
過激派ファンが統合された武装組織『アイラ武勇』。
そして、今や少数派となった、アイドルに興味を持たない者たちの武装組織『大地獄連合』。
血で血を洗う戦いの幕が切って落とされたのである。
◇
砂漠の真ん中にそびえ立つ、巨大な城壁。アイラ武勇の要塞型メイド喫茶「ニャンニャンキッチン」の自動ドアが開くと、電子音声のような澄んだ声が響き渡った。
「おかえりなさ~い!ご主人様~」
その日、要塞の警備はいつになく異常だった。24時間体制の巡回兵に加え、選りすぐりの親衛隊が通路を固めている。なぜならここには、彼らが崇拝する唯一絶対アイドル神『桃姫@みぃ☆(通称モミリン)』が、中央拠点への移動を前に一時滞在していたからだ。彼女の存在そのものが、この戦争の最高機密であり、最大の戦略兵器だった。
だが、地獄の犬たちはすでにその臭いを嗅ぎつけていた。
情報を極秘裏に入手した大地獄連合は、最も優秀な兵士を集め、特別部隊『ヘルハウンド ANTI』を結成した。作戦名は『スタードッキリマル秘寝起き突撃奪還大作戦』。
満月の夜。要塞の手前に潜伏したヘルハウンドの隊長・木島は、押し殺した声で部下たちに告げた。
「この任務はかなり厳しい。生きて帰れる保証はないぞ。目標はモミリンの奪還のみ。お前たちは獣だ! 勝利は大地獄連合にあり! 必ず奪還するぞ!」
「イエッサー!」
兵士たちが低く吠えた。
◇
潜入は信じられないほど鮮やかに成功した。
木島たちは最新鋭の妨害電波で要塞のセンサーを狂わせ、通気口から内部へと滑り込んだ。「萌え萌えキュン」という掛け声と共に銃器の手入れをする親衛隊の隙を突き、ついに最高機密である最深部のスイートルームへ到達した。
「よし、目標の寝室だ。一気に制圧する!」
木島が合図を送り、兵士たちがドアを爆破して突入した。室内には、ピンク色の天蓋付きベッドが鎮座している。
布団をはぎ取ると、そこには確かに、写真通りの愛らしい容姿をした『モミリン』が眠っていた。
「確保! 急げ、敵に気づかれる前に撤退だ!」
兵士が彼女を抱え上げようとした、その時だった。
モミリンの目が、カチリ、と不自然な音を立てて開いた。彼女の瞳は人間らしい潤いを欠き、冷徹なガラスの球体のように光っていた。
「……ピピッ。不審なバイオマスを感知。防衛プロトコルを起動します」
愛らしい唇から漏れたのは、合成された電子音声だった。
木島は息をのんだ。「何だと……ロボットか!?」
次の瞬間、モミリンの背中から無数のガトリング砲が飛び出し、部屋の全方位に向けて火を噴いた。これこそがアイラ武勇の科学力の結晶、ファンたちの熱狂をエネルギーに変えて動く、自動報復型アンドロイドだったのだ。そもそも、24時間年中無休で数千万人のファンを魅了し続け、地球の気温を5度も上げるほどの熱量を放つ存在が、ただの生身の人間であるはずがなかった。
「おやすみなさ~い! 不審者様~」
可憐な爆音と悲鳴が響き渡り、やがて静寂が戻った。
砂漠の夜空には、ただ冷ややかに満月が輝き続けていた。地球の熱が引く気配は、まだ当分なさそうだった。




