第41話 そして砂漠へと
「……んぅ」
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、瞼をくすぐる。
重いまぶたを擦りながら身を起こすと、パラリと肩から浴衣が滑り落ちた。
自分の姿を見下ろして、わたしは苦笑するしかなかった。
浴衣はもう着ているとは言えない状態だ。前は完全にはだけて素肌が露わになり、帯なんてどこへ行ったのか分からない。
太ももや胸元には、二人が刻んだ赤い花びらのような痕が、鮮やかに咲き乱れている。
「……まったく。二人とも、張り切りすぎよ」
左右を見れば、二頭の猛獣はまだ夢の中だった。
右には、口を半開きにして豪快に寝息を立てているブレイズ。
左には、小さく丸まって静かに眠るアズール。
昨夜、あれだけわたしを氷責めにして、散々泣かせた二人。
その無防備な寝顔を見ていたら、ふつふつと悪戯心が湧いてきた。
わたしは枕元に置かれたアイスペールを覗き込んだ。
氷はあらかた溶けてしまっていたけれど、まだいくつか、小さな欠片が冷たい水の中に残っている。
「……ふふ」
わたしは音を立てないように、氷の欠片を二つ、指先で摘み上げた。
ひんやりとした冷気が指に伝わる。
昨夜、わたしが味わわされた冷たさの、ほんのお返しよ。
まずは、右の「金獅子」。
岩のように分厚い胸板。その中心へ。
次は、左の「賢者」。
白く華奢な首筋。その急所へ。
「……おはよう、お寝坊さんたち」
わたしは満面の笑みと共に、冷たい氷を同時に押し当てた。
「うおッ!?つめてぇッ!?」
「ひゃあッ!?な、何事ですかッ!?」
ブレイズが叫びながら飛び起き、アズールが悲鳴を上げて跳ね起きた。
二人は目を白黒させ、キョロキョロと周囲を見回している。
その慌てふためく様子がおかしくて、わたしはお腹を抱えて笑い出した。
「あはははは!おはよう、二人とも!昨日の仕返しよ!」
「ミ、ミリア……お前なァ……!」
「心臓が止まるかと思いましたよ……」
恨めしそうにわたしを睨む二人。
わたしは残った氷をアイスペールに戻し、悪戯っぽく舌を出して笑った。
「あら、あなたたち、昨日はもっと冷たいことを散々したじゃない?」
「そ、それは……」
「くっ……痛いところを……」
バツが悪そうに視線を逸らせる最強の騎士と天才賢者。
まるで拗ねた子供のようなその顔に、わたしはキュンとしてしまう。
わたしは二人に近づくと、その頬に、ちゅ、ちゅ、と軽いキスを落とした。
わたしは二人の首に腕を回し、耳元で甘く囁いた。
「……昨日は、たっぷり愛してくれてありがとう。おかげで、身体中あなたたちの痕だらけよ」
その言葉を聞いた瞬間、二人の瞳から不機嫌な色が消え失せた。
代わりに浮かんだのは、満ち足りた独占欲と、蕩けるような情愛の色。
「……ああ」
「……ずるいです、そんな言い方」
二人はまんざらでもなさそうに、わたしの指や髪に触れてくる。
本当に単純で、愛おしいわたしの騎士たち。
◇
「ふぅ……」
朝の光が差し込む大浴場には、わたし一人だけ。
ざぶん、と白濁したお湯に身を沈める。
硫黄の香りがする乳白色の濁り湯は、肌に優しく絡みつき、昨夜の激しい夜の余韻を洗い流していく。
お湯の中で自分の身体を見下ろす。
首筋、胸元、太もも……至る所に残るキスマークや、指の跡。
けれど、この濁ったお湯が、その生々しい痕跡をふんわりと隠してくれる。
それがなんだか、二人からの愛を秘密のベールで包んでくれているようで、少しだけ照れくさく、そして心地よかった。
「……よし」
十分に温まったわたしは、お湯から上がると、鏡の前で自分の顔を見つめた。
肌はツヤツヤとしていて、瞳には力が戻っている。
ブレイズとアズールから貰った愛と熱が、わたしの活力になっているのが分かる。
部屋に戻り、旅装束に着替える。
いつものコルセットを締め、ブーツの紐を結ぶ。
腰には双剣『流星刃』と『星屑』。
『遺跡喰らい』ミリアの完成だ。
宿の外に出ると、ブレイズとアズールが既に待っていた。
ブレイズは荷物を点検し、アズールは地図を広げてルートを確認している。
「待たせたわね」
「おう。準備万端だ」
「ええ。馬車の蹄鉄も交換済みです」
二人が振り返る。
その表情は、もう昨夜の獣でも、今朝の間抜けな寝起き顔でもない。
わたしの背中を預けるに足る、頼もしい騎士の顔だ。
「行きましょう。……次は、灼熱の砂漠よ」
「へっ、熱いのは嫌いじゃねえ。派手に暴れてやるよ」
「水分管理と体温調節を怠らないように気をつけましょう」
わたしたちは朝日の中、馬車に乗り込んだ。
目指すは東。
『真昼の瞳』が待つ、アクア・アルタールへ。
新たな冒険への期待に胸を躍らせながら、馬車の車輪が勢いよく回り始めた。




