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          水面に浮かぶ赤い林檎

「はーいでは、今日からちょびっとずつ魔法やってきまーす」


突然、師匠が魔法を教えてくれる気になったらしい。

どおりで朝からなにやら星羅とひそひそ話していると思った。

昨日もそうだったが、もしかしたら星羅が話してくれたのだろうか。


ここ短期間でユウは星羅にかなりなついていた。

頼れる兄や父のように思える。

もっとも、兄や父がどのようなものかユウは知らないが。

だが、一つひっかかるのはここが室内だと言う事。

昼ごはんを食べ終わったあと、そのままだ。

鍛錬はいつも家の前の芝生が広がっている広場でやった。

魔法は室内でやるものなのか?


「あなた前にウァネクターやバンエバー、レクターなんかの戦闘用の魔法を使ってたわよね」


「ああ」


「へえ、レクターまで使えるのか」


星羅も同じく席について、本を読みながらこちらに耳を傾けている。

どうやら見学する気のようで、干渉はしないようだった。


「言っとくけど、今回それらは忘れて」


「は?」


すると、師匠がマグカップを出した。

いつも師匠や星羅がココアやホットミルクを飲むときに使う白い無地のマグカップだ。

しかし、今回はそのマグカップには純粋な水が入っていた。

一体、何がしたいのかわからないといったふうに師匠とマグカップを交互に見ていると、師匠が人差し指をたてた。


「シアカナー 波紋の反映」


すると突然、マグカップの水が波立つ。

波紋がマグカップの中心から何重にも広がってゆく。

すると、マグカップの中の水に鏡のように何かが見えてくる。

その水には、ぐーすかと木の上で昼寝をするチャールズの姿があった。


「シアカナーの魔法は水のある場所に標的を映す。さあ、やってみよう」


「は?」


「課題は、シアカナーで赤い林檎を見つける事。はい、頑張ってねー」


「えっ、ちょっ」


ユウが呼びとめる間もなく、師匠はさっさと小屋から出て行った。

小屋から出た師匠を追っても、師匠を捕まえる事はできない。

魔法か何か知らないが、一瞬で姿をくらますのだ。

だからさらさら追いかける事はせず、ユウはただため息をつく。

想像していた戦闘用の魔法でない上に、やり方さえも教えてもらえない。

そういえば、いつもそうだった。

何も教えてもらえない。

ただ課題を言い渡されるだけ。

最初の木を倒すという課題の時もそうだった。

それから、料理の時もそうだった。

突然これから毎日料理しろと言われ、おまけに火は自分で起こせと言われた。

火加減のわからなかった当時は、かなり苦労した。


「いつもこんな感じ?」


ふと見ると、星羅はまだそこにいた。

本を開いたまま、こちらを見ている。

ユウが無言でうなずくと、星羅は苦笑した。


「まあでも・・・一番大切なのは感覚だ。他人が勝手に言葉で表現した感覚に惑わされない事が重要だ」


ユウは渋々頷く。

ここ一年で、師匠には何を言っても無駄だという事がわかっている。

今回だってしょうがない。

ユウは深くため息をついてマグカップを覗いた。


「それにしても難しい課題を出すね」


気が付けば星羅は目の前の席に座っていた。

ユウの修行に付き合ってくれるのだろうか。


「そこにあるとわかっているものなら映し出すのにはそう苦労しない。なのに、どこにあるかわからない物を探して映し出すのはかなり難しいよ」


「それに赤い林檎なんて・・・・林檎の季節は秋なのに」


この季節、林檎なんてあるはずがない。

ユウは再びため息をついた。






「どういうつもり?」


「何がよ」


日は落ち、薄暗い空に月が輝きはじめる頃。

いつもならこの時間に台所に立っているのはユウのはずなのだが、今日は星羅が立っていた。

そしてダイニングのテーブルにも、席についているのはアリアだけでユウの姿はない。

星羅は苦笑する。


「最初からキツい課題出して。あれは無理があるだろう」


「どうせ私は意地悪よ」


ぷい、とアリアはそっぽを向く。

星羅は小さくため息をついて、アリアの前に豪勢なフルコースを並べる。

美味しそうなその匂いに、アリアはそっぽ向いていた顔をすぐにこちらに直し、だが無表情を崩さぬまま小さくいただきますを呟いた。


「あの子は、本気なんだなって思ったんだけどね」


「あら、どういう意味?」


「面白半分ってわけじゃないのか?」


「私が面白半分に餓鬼に一年も師匠だなんて呼ばせると思う?」


「そうだね」


料理を並べ終え、星羅も席につく。

先に食べ始めているアリアをしばらく正面から見つめた後、ナイフとフォークを手にした。


「アリアは飽き性の上に面倒臭がりだからね」


「喧嘩売ってんの?」


アリアは目を合わせようとせず、食事に集中していた。

彼女が目を合わせないのは、不機嫌な時か何か考え事をしている時だ。

今の彼女は、そのどちらなのか判断しかねる。


「正直に言えよ」


「私はいつでも正直よ」


「嘘付け」


彼女の口の端にふっと笑みがこぼれる。

やっと彼女は目線をあげた。


「期待が外れるかどうか、少し不安なだけよ」


「お前がハードルをあげすぎるからだろ」


「だって、つまらないじゃない」


アリアには、気分と思い付きで行動するところがある。

それが彼女の良いところなのか悪いところなのか、未だによくわからない。

だが自由奔放な彼女のそんなところは、彼女の性格の大部分を占めており、気分と思い付きで行動しないアリアはアリアじゃない。

それに彼女は偉大な魔導師だが、決して善人ではない。

人の失敗を笑ったり面白がったりするところが彼女の悪い性であったりもする。

今回のつまらない、という考えが、ただの思い付きなのかはたまた悪い癖なのかはよくわからない。


「そういえば、催促きてたみたいだけど?任務の」


「まあね。あの子を拾った時の任務以来、顔出してないもの」


「その任務の報告も放ったらかして帰ったんだろ?」


「忘れてたんだもの」


「またお前は」


ちら、とゴミ箱に目を映すと他の紙くずと一緒にあった真っ二つに破られている赤い封筒を見つける。

赤い封筒と金色の印は王家関連の印。

それをああも堂々と破って捨てて許されるのはアリアぐらいだろうと思う。


「お前が任務を受けないから、その分俺の任務が増える」


「ご愁傷様」


「まあ、ユウがいるから仕方ないとは思うけど」


面倒臭がりながらも気まぐれに、だがそれなりに任務をこなしていたアリアがぷっつり顔を見せなくなった。

1年も顔を見せない事はなかったので、何事だろうと少し気にしていた。

アリアの事だから死ぬ事はありえないとして、また何か企んでいるのか、そうでなくても理由が良い事でない事はわかっていた。

だから久しぶりにこの島を訪ねたときに、少年がいたのには驚いた。

あのアリアが弟子をとるなど、全く予想の範疇をこえていた。


「あの子が自立するまで任務は受けないわ」


「ふうん。アリアにしては珍しくしっかり考えてるみたいだな」


「だから頑張って私の分まで働いて。お父さん」


「は?」


「ユウが、星羅はお父さんかお兄さんみたいって言ってたわ」


「へえ。それは悪くないね」


「随分と懐かれてるみたいじゃない」


星羅は微笑む。

星羅の笑顔を、久しぶりにまじまじと見つめる。

星羅は、不思議な人だ。

アリアも端整な容姿をしているが、星羅も同じくらいずば抜けて美形だと思う。

最も性別が違うので比べようがないが、本当に星羅の顔は美しい。

だが本人はそれに気付いているのかいないのか、まったくそうした素振りを見せない。

無欲であるのに、何もかも知らないうちに手にしているのが彼の不思議なところの1つでもある。

そして出逢ったばかりの頃は女に慣れているようなふうに思ったが、アリア以外の女性とは口づけを交わした事もないらしい。

そんな純潔で一途な面も、好きだと思う。

そして何より、しっかりしていて物事の幾千里先までいつも見通していて、臨機応変に動けるところがいい。

破天荒な自分についてこれるのは、彼しかいないように思う。

自分に持っていないものを、彼は全て持っている。


「何だよ」


手も動かさず、じーっと彼の顔を凝視していたようでふと我に返る。

星羅は楽しげにふっと笑う。


「何よ」


「いや?本当はずっと前から見てるなーと思ってたけど、あえて言わなかったのに、あまりに見てくるから・・・」


「もう!」


机の下で足のすねを蹴ってやろうとするが、上手くかわされる。

満足げに微笑む彼を強く睨むが、彼はそれも楽しげに笑い返した。


「師匠!!」


すると、ドタドタと慌ただしく二階から足音がする。

数秒とたたずして階段を急いで駆け下りてきたユウは、マグカップをアリアに差し出した。

そこに波立つ水面には、ときたま途切れそうになるが紛れもなく赤い林檎が映っていた。


「どれ」


星羅もマグカップを覗き込む。

そしてふっと笑った。


「なるほどね。絵の林檎か」


星羅が部屋を見渡すと、全く気付かなかったが窓と窓の間に写真立て程の小さな額縁に林檎の絵が飾ってあった。

アリアにしては、それほど意地悪という程のものでもなかったようだ。

達成感に溢れてはいるが、本物を持って来いと言われるかもしれないという不安も少々入り混じったような表情のユウを、星羅は微笑ましげに見つめる。

アリアは別段微笑みはしないが、冷めた表情をしているわけでもない。

何も言わないアリアに、ユウの自信は急激になくなっていくのが目に見えた。


「ふうん」


ドキドキしながらアリアの返事をユウが待っている。

アリアはマグカップを机の上に戻して小さくため息をついた。


「OKよ」


たった一言だったが、ユウは思い切り微笑んだ。

アリアの一言で少年の顔がこうも変わるものなのかと、星羅はまじまじと二人の様子を一歩引いて見守っている。

どうやらアリアは、少年の前ではちゃんと師匠のようだった。

星羅はふっと微笑む。


「これ、星羅が作ったの?」


「そうだよ」


ユウは物珍しそうに星羅御手製の夕食を見つめる。

そういえば、ユウは盗賊時代には切り札として他の組織に渡すまいと牢獄同然の場所で生活させられていたらしい。

だから、美味しい食事を知らなかったのだろう。

もちろんユウの手作りの料理は美味しいが、レパートリーが少ないように思えた。


「今度、いろいろ教えてやるよ」


「本当?」


ユウは嬉しそうに笑う。

確かに、父親っぽいなと自分で思う。

何となくユウの頭をなでてやると、ユウは照れているのか頬が少し紅潮していた。

そして食卓を囲み、団欒をする。

まるで、家族のようだ。

これまで生きてきて、戦士である自分がこんな食事をするなんて思っていなかったのかもしれない。


「明日の修行はどんな魔法?」


「明日は雨だね」


「今日は室内だったじゃん」


「室内とか関係ないしい」


「あるだろ!面倒臭いだけなんだろ!」


「ぷーんだ」


はは、と笑う。

まるで本当に血が繋がっていて、本当に数年間一緒に過ごしたかのようなこの風景が、好きだと感じる自分を星羅は不思議に感じていた。

久しぶりに面白い時が過ごせそうだ。

耳を澄ましても波の音が聞こえないほど、その日の夕食は賑やかだった。


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