銀色
「あれ、星羅。師匠は?」
昼食をテーブルに運んでいると、ふと師匠の姿が見えない事に気付いた。
どうせまた屋根の上で昼寝でもしているのだろうか。
呼びに行こうと外へ出ようとしたが、星羅が呼びとめる。
「やめとけ、ユウ」
「何で?だって、昼食できたのに」
「ちょっと、今日はそっとしてやれ」
星羅が何を言いたいのか全くわからず、眉をひそめて星羅を見つめる。
星羅は少し困ったように微笑んだ。
「え・・・・・・何かあったの?」
心配そうに上目で星羅を見つめるユウを見て、星羅は参ったな、と頭をかく。
昼食を全て並び終えたが、ユウは席につかずただ星羅を見つめる。
「今日はね、特別な日なんだ。決してめでたくない、俺とアリアの呪われた記念日」
「呪われた・・・・?」
ユウは星羅の顔を見て、口をつぐんだ。
星羅が何とも言えない哀しい表情をしたのを見て、これ以上自分が首を突っ込んではいけないと察したのだ。
星羅はふっと微笑み、いただきますと口にした。
その微笑みが、どうにも無理矢理つくられたように見えて、ユウは何も言えなかった。
この島に来て、こんなに気まずい昼食は初めてだった。
森の奥深く。
この小さい孤島にこんな深い森はないはずなのだが、果てしなく続くこの森はこの島の謎の一つ。
動物達も立ち入らない程遠く、日の光もわずかしか入ってこないほど奥深く。
大木の幹にはコケがこびりつき、まるで覆いかぶさるように枝葉が光を遮り影を落とす。
アリアは歩いていた。
無表情で、無言で、そしてどこかいつもよりも陰鬱そうに。
そんなアリアを視界にとらえ、のっそりと大きな首を持ち上げる。
「やっぱり来たのか」
薄暗い森の中で、唯一眩しい光を放つ存在の銀色。
鋼のような光沢の胴体に、ダイヤモンドのような透明度の大きな瞳。
瞬きをするたびに輝きを放つその瞳がアリアを見据える。
「最近ずっと来なかったから、忙しいんだろうと思ってたが」
「そんなことはないわよ」
「弟子は元気か」
「ばりばり元気よ」
自分の何倍もあるその巨大な銀色の生物に、もたれかかる。
アリアは無表情のまま、ため息をついた。
「・・・・・・この先も毎年、この日になったらため息をつくのか?」
銀色の問いかけに、アリアは目を閉じる。
アリアにしては珍しく、答えを探しているようだった。
程なくして、曖昧な答えが返って来る。
「さあ」
胸一杯に空気を吸うと、いつもは大自然のエネルギーが満ちてくるような感じがするのに、今日は満たされることなく虚しいまま。
どこか体もだるくて、特に疲れた覚えもないのに疲れが取れてないように体も瞼も重い。
「あなたの封印が解けるまで、かもね」
「この封印は、お前が解けと言うまで解けはしない」
この日初めて彼女は笑う。
「私次第って事ね」
銀色は、肯定も否定もしない。
ただゆっくり瞬きを二度して、おっとりと微笑んだ。
「お」
アリアが小屋の戸を開けると、星羅がアリアのいつもの席で本を読んでいた。
アリアが「どけ」という意思表示を蹴りで示すと、星羅は苦笑する。
「今日は一日俺が師匠の代わりだったんだから」
「ご苦労様」
「明日まで引きこもってるかと思ったけどね」
「去年はユウを一人にするわけにもいかなかったから、昼には戻ってきたもの」
よっこらしょ、と星羅が立ち上がるとアリアは譲られた椅子に座ることなくキッチンへ向かって食べ物を漁る。
星羅がカーテンを開けると、日は落ちたばかりでまだうっすらと夕暮れの名残りがあった。
少し違和感を感じ、そしてアリアもそれに気付いたようで部屋を見渡す。
「ユウは?そろそろ夕食の準備をする時間じゃない?」
「本でも夢中になって読んでるのかもな」
「呼んできてよ」
「えー」
星羅が読んでいた本を机に置くと、その本は読んだところのページの端を折って自ら閉じる。
星羅は足音をたてず二階のユウの部屋へと向かう。
驚かすつもりでいるのか気配も消しているようで、すっかりお父さん気取りだなあとアリアは微笑ましげにその様子を見守る。
すると程なくして階段を降りてくる一人分の足音に、アリアはバナナを頬張るのをやめて階段の方に見やった。
「ユウがいない」
「え?じゃあ、お風呂?」
「いや、焚く音がしない」
「じゃあ、夕食の材料の調達?」
「もう日は落ちてる。真っ暗だ」
しばらくお互いに目を合わせ、だが何も言葉が出てこず沈黙する。
アリアは思わずバナナを放り投げ、どたどたと地下室へ降りていく。
星羅は外に出て島を見渡すが、先ほどまでうっすらと残っていた明るさは完全に消え、目をこらすがあまりよく見えない。
小屋の中へ戻るが、地下室はアリアの性格が高じてだだ広いので探すには相当時間がかかりそうだ。
ただの勘違いだったらいいが。
今日が今日なだけに、どうも落ち着かなかった。
もう一度外に出て、目の前に広がる芝生を見つめる。
夜風にざわめく芝生が、何を言っているのかはさっぱりわからない。
ただ、心のざわめきもそれに乗じて大きくなっていくのがわかる。
星羅は唾を飲み込み、夜空を仰ぎ見た。
ユウは、森にいた。
何故こんな時間に森にいるのか。
師匠や星羅の胸騒ぎをすぱーんと裏切るくらいに、それはそれは見事な理由だった。
迷った。
師匠を探すのとちょっとした冒険心とで、入った事のないほど森の奥深くまでユウは来ていた。
だがこの孤島がここまで広いはずがないと言うほど、何故かこの森は深かった。
そして日が落ちている事に気付き、急いで戻ろうとしたが戻るのがどっちなのかがわからず。
適当に歩いていたら、さらに見た事も無い景色に辿り着き。
ユウは進む道も戻る道もわからず、途方に暮れていた。
来なきゃよかった・・・・
動物達は、いつも森の中の一定の距離より奥には絶対に立ち入らない。
それが何故なのか、不思議でたまらなかったが今日でようやくそれがわかった。
迷うからだ。
こんなに広いのもどうせ師匠のせいなんだろう。
小屋の地下室だって、あの広さは普通にありえない。
「やべえ・・・・・帰れないかも」
たとえ師匠の魔法が施されていたとしても、ここは住んでいる孤島に違いない。
そうならば野宿でもすれば問題ない。
問題があるのは帰った後だ。
「殺される・・・・」
絶対師匠に殺される。
師匠が不機嫌なときに修行で手合わせしたりすると、師匠はこの孤島の断崖絶壁の上から容赦なくユウを海に放り出す。
森にも放り投げるし、空にも放り投げる。
自分がちょっとばかり最強だからって、自分だったら擦り傷で済む事も常人では死に値するという事を師匠は全くもって理解できていない。
ユウは帰宅したときの自分の末路を想像すると、足がすくんで歩けなくなりそうなので慌てて想像を中断した。
「ああ・・・・もう無理だ」
野宿決定だな。
ユウはへなへなとその場に座り込んだ。
手ごろな大木にもたれかかって空を見上げたが、枝葉が空を覆っていて星も月も見えない。
ふう、とため息をついて、まだ眠ってしまうには早いとわかっているが、疲れからか瞼が重いので目を閉じようとする。
「おや」
何者かの声にはっと目を覚ます。
瞬時に立ちあがり、辺りを警戒して戦闘態勢に入る。
そのユウの姿を見て、何者かが笑う。
「そのよくできた対応の様子を見ると・・・・お前、ユウだな」
何故自分の名前を知っているのか、とあきらかな嫌悪を表情に出す。
それを見て、再び声の主は笑う。
「・・・・・?」
その時、茂みの奥で何かが光った気がした。
声の主だろうか。
ユウは唾を飲む。
あまり、むやみやたらに変な動きをしない方がいいと思う。
昔の話になるが、この孤島から逃げようとしたときに、封印されていなければならないはずの巨大な生物に喰われかけたりしたことがある。
つまり、この森にだってどんな凶暴な生物がいるかわからないのだ。
だが、やはり興味がわく。
昔地下室に入ってしまったときもそうだった。
悪いとわかっていながら、でも行動にまでは至らないのだ。
やりたい方を無意識に優先してしまう。
ユウは今回もまた、茂みに無意識に近づいていた。
そっと茂みをかきわけて覗き見る。
だが、見えるのは輝きだけで形は見えない。
ユウは茂みをかき分け、その先へ進んだ。
茂みは深くなく、あっさりと抜けることができた。
「なッ・・・・・」
ユウは巨大な輝きを見上げ、愕然とした。
そこでユウを見下ろしていた巨大な輝きは、銀色のドラゴンだった。




