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りねず祭りに咲く花火  作者: おんぷがねと
9/10

9. 見えない望み

 母親がマリンの両肩をつかみ離した。


「どうして来たの?」

「ママに会いたかったから」


 マリンが母親に抱き付きそうになるのを母親は手で押し返した。


「ダメよ」

「どうして?」

「ママね今大事なお仕事をしてるの、これが終わったらいくらでも会うから」

「嘘だ、ママは石になったら、もう戻れないんでしょ」

「マリン」

「マリンもママみたいにここで石になる」

「ダメよ、マリンはこれからひとりで生きていかなければならないんだから」

「そんなの嫌だ!」

「お願いわかって、マリン」


 ふとマリンの母親は僕らに気づき一礼した。その表情は悲愁(ひしゅう)に満ちていた。


「私はアクアと申します、あなたたちがマリンを連れてきたのですか?」

「あ、いや、僕たちはマリンが迷子になっていたのを見つけて、それで……」

 

 僕は今の状況が呑み込めず言葉が出なかった。


「マリンちゃんがアクアさんを探していたみたいで、それで私たち一緒に探していたんです」


 こすずが僕を気遣い話し出した。


「まあ……そうでしたの、ふたりともこの子の為にありがとう、私は人々を幸福へ導くと言われている存在です。大したモノではありませんが、私が役に立つというならこの仕事を止める訳にはいかないのです」


 歯がゆい思いがしていた、僕は何が言えるかわからないけどアクアさんに言った。


「何でお子さんの近くに居てやらないんですか? マリンは寂しがっています」


「私にはやらなければいけないことがあるのです、それはこの場所で人々を見守ること、その為にマリンを置いてきたのです」


「マリンちゃんひとりで待っていたんですよ、アクアさんの言葉を信じて」


「私はいつか居なくなります、その前に私が居なくても生きていける子になってもらいたい、それで私は置いてきたのです」


「僕にはアクアさんの仕事とか思いはわかりません、ですが置いて行くときマリンの気持ちを少しでも考えなかったんですか? ひとりにさせる不安とか」


「もちろんあります、可愛そうなことをしているのだと、いえ、このままマリンと一緒に居れたらどんなに幸せかと」


「でしたら、今の仕事を辞めてマリンと居てやってください」


「それは出来ません、出来ないのです、私はどのみち今日石になってしまうのです、それは避けられないことなのです」


「そんな」


「この子に言いました、風鈴を鳴らせば一度だけマリンの前に姿を現すと」


 マリンはアクアの顔を見上げて言った。


「ママ、またここに来てもいい?」

「ダメよ危険だわ」


 アクアはマリンを両手で引き離す。それから物悲しそうに僕たちを見た。


「すみません、あなたたちにお願いがあります、どうかこの子をここから連れ出してください、お願いします」


 僕とこすずはお互いの顔を見合わせた。


「ママー!」


 マリンが叫んだ、僕たちはアクアさんの方を見てみると、向こうが見えるくらいにアクアさんの体が薄くなっていた。マリンはアクアさんに抱き付いていたが、支えがなくなったかのように膝を付いた。


「わかりました、マリンを連れ出します」


 僕はそう言うとアクアさんは微笑んで、台座の上にいた石のハリネズミに姿を変えた。


「ママ―ああああ!」


 マリンは蹲りながら泣いていた、僕たちはマリンに近づいた。


「マリンちゃん」


 こすずがマリンの背中をそっとなでる。僕たちはマリンが泣き止むまで待った。そしてマリンは落ち着きを取り戻した。こすずはマリンの涙をハンカチで拭った。


 僕たちはマリンを連れ出し、鳥居のところの階段に座ることにした。こすずはマリンを抱くように座り僕もその隣に座った。


「これからどうする?」


 僕が話を切り出した。


「わからないわ」


 こすずは首を振りマリンをなでる。こうしてマリンを見ると普通の小さな女の子に見える、でもこの子はハリネズミなんだよな。


 色々なことが起きすぎて、これが現実なのか夢なのか自分でも良くわからない、ただそこにはこすずに抱かれるマリンという小さな女の子が存在していることだけはわかる。


「わかった、ダメかも知んないけど僕が面倒をみるよ、本当は警察に連絡したりするけど……こすずはさっき見た現象を覚えている?」


 こすずは頷くと思い返すように言った。


「ええ、マリンちゃんの母親はハリネズミでこの子もハリネズミ……だよね」


 こすずは自分なりに理解していた。僕たちは未知の現象を全て理解した訳ではなく、今までの生きてきた経験を振り返ってみて、こんな現象が世の中にないこともないと、感じていた部分が少しでもあったのだ。


「うん、そう理解するしかない」


 不思議とこの体験に対して怖さはなかった。夢を見ているのかと疑う自分もいたが、こういうこともあるだろうと理解すれば自ずと怖さは薄らいだ。それに母親を失った悲しみをという痛みを僕はマリンに感じていたから。


「マリンを家に連れて帰って、親に相談してみるよ」


 本当はもっといい考えや解決策が有るかもしれない、でも現時点で考えてるこれが精一杯の僕の考えだった。


「なごる私も手伝うわ、一緒に何とかしよう」

「うん、ありがとう」


 風が辺りを吹き抜ける、するとマリンの手に持っている風鈴が鳴った。マリンは目覚めたかの様に立った。そして少し離れると僕たちにぎこちない笑顔を作り言った。


「マリンひとりで大丈夫だよ、なごるお兄ちゃんこすずお姉ちゃんありがとう、楽しかったよ……さよなら」


 マリンは僕たちに背中を向けて暗闇の中を走りだした。


「マリン!」

「マリンちゃん!」


 僕たちは慌ててマリンを追いかけた。暗さでどこに行ったのかわからない。


 走ってはお祭りを見に来ている人に聞き、走っては聞きの繰り返しをした。行き交う人は皆そんな子は見かけなかったとか、知らないなどを言っていた。まるで僕たちにしかマリンが見えていないかように。


 僕は直感的に嫌なことを想像してしまった。幼い子どもが母親を失いぎこちない笑顔で僕たちに心配させない様に『さよなら』と言うことは……死ぬ気だ。


 僕は一緒に探して走っているこすずに言った。


「こすず、マリンは死ぬ気かもしれない」

「え!? そんな、ダメよ」

「自殺するとしたら……海だ、海へ行ってみよう」


 こすずは黙って頷いた。 


 僕は何となくそう感じたのではなく、以前こすずが海で溺れそうになりこすずの母親が海に命を取られたことを思い出した。海は人を殺すことが出来る。


 僕たちは全力で海に向かった、さっきまでマリンと一緒に花火をしていた場所に来た。僕は辺りを見た。


「はぁはぁ……居たか?」


 こすずは首を振った。


「……居ないわ」


 当てが外れたか、そのとき、波の音と共に風鈴の音が混じって微かに聞こえてきた。


「風鈴の音がする」

「風鈴!?」


 こすずは驚いて静かに耳を澄ました。


「……ええ、聞こえるわ」

「あっちだ!」


 僕たちは風鈴の音を頼りに波打ち際まで足を進めた。波の先をよく見ると暗闇の中に人影がフラフラと海へ向かって歩いているのが見えた。小さな背中が波に抗る様に倒れては立ち上がりを繰り返していた。


「マリンだ!」


 僕は叫ぶと同時に走り出した。こすずも後からついて来る。


 波がマリンの元へ来させない様に僕たちの足を取る、ふらつきながら僕たちはマリンを追った。マリンはすでに見えなくなっていた。マリンの浴衣が波に揺れているのがかろうじてわかった。


 僕たちはようやくマリンの元へ辿り着いた。僕はマリンを抱き起した。


「マリン!」


 マリンはゲホッゲホッと咳をしてぐったりしていた。僕は上半身をこすずは下半身を持ち浜辺まで歩いた。そこにマリンを寝かせた。


「マリン! 大丈夫か!」


 僕はマリンの肩を揺さぶる。


「マリンちゃん!」


 こすずは自分の口に手を当てて動揺していた。

 マリンが息をいているのが僕の手に伝わる。僕はそっとマリンの肩から手を離した。


「大丈夫、生きてる」

「マリンちゃん……良かったぁ」


 しばらくするとマリンは静かに目を開けた。首を動かし僕たちを見回した。


「良かった、目が覚めた!」

「マリンちゃん! 大丈夫?」


 見る見るうちにマリンの顔が泣き顔へと変わり涙を流した。


「うっ……ママーあああああ!」


 この世の全てが嫌になり、幸せ何てこの世にはない、そんな泣き方だった。

 僕はマリンの肩を押さえて言った。


「死んじゃだめだよ! お兄ちゃんたちが何とかするから!」

「そうよマリンちゃん、私たちがマリンちゃんを護から、お願い死のうなんて思わないで!」


 マリンは泣き止むと、僕とこすずの手を同時に握った。マリンは優しい笑みを見せて僕たちに言った。


「あ……あり、がとう、助けてくれて、マリン、わかったんだ……マリンに出来ること」


 マリンは立ち上がり僕とこすずを交互に見ていた。


「マリン?」

「マリンちゃん?」


 それからマリンは飛び出すように走り出した。





最後までお読みいただきありがとうございます。


※次回で最終回になります。

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