第2章「契約」 - 02
「にゃ」
「にゃにゃ」
何か騒がしいと思って子猫が振り返ると、そこには大量の猫、猫、猫。子猫も驚いたが向こうも驚いている様子だ。
「……、おい、お前、この間はよくもやってくれたにゃ」
その中で一番体の大きな猫が子猫を威圧するように近づいてきた。その猫はなぜか左目の上の方に深い切り傷があった。
「……誰だっけ?」
「誰だっけじゃにゃーだろうが。この俺様の顔にこんな大きな傷を作っておいて、ただで済むと思うにゃよ」
その声に合わせて、集まっていた他の猫たちも子猫の方を向いて徐々に迫ってくる。よく見ると、それらの猫たちも皆どこかしら怪我をしていた。
その顔ぶれを見て、ようやく子猫はこの猫たちの顔をなんとなく思い出した。このところよく野良猫に絡まれると思っていたのだが、ことごとく返り討ちにしてやっていたのだ。ここに集まっていたのは全員、その時の猫たちだった。
「にゃるほど。1匹じゃ勝てないから協力しようと考えたわけだ。猫にしてはなかなか考えたにゃ」
「御託はいい。さっさとくたばりやがれ」
そう言うと、集まっていた猫たちが一斉に子猫に飛び掛かった。
「ふん。数が増えたくらいでにゃんとかなると思ったか!?」
トルニリキア学園には寮が4つある。それぞれの寮には性別、年齢を問わず均等に生徒が暮していて、寮全体で1つの家族のような雰囲気を持っている。
プラー寮はその4つの寮のうちの1つであり、マナが今日まで暮らしてきた家だった。
しかし、それも今日が最後で、昼には引っ越し業者が来て荷物を新しい家へと運んで行ってしまう。だから、それまでに荷造りを終わらせてしまわないといけなかった。
「あ、あの、マナさん、そ、送別会は6時からなので」
「ん……」
ドアの向こうに少女が1人顔を出してそう言ったのに、マナは心ここにあらずという体で返事をした。
積み上げられた段ボールはもうほとんどが荷造り完了していた。すっかり片づけられてがらんとした部屋はなぜかいつもより大きく見えた。
段ボールの大半は魔法関連の書物であり、残りは魔法実験の器具や材料が主だった。中にはどうやって集めたのか、学園の図書館にも置いていないような本まで含まれていた。
この書物や器具はマナが集めたものばかりではない。むしろ半分以上が隣の部屋の住人だった人物の手によるものだった。マナはその住人がいなくなった後、それらを譲り受けたのだ。
あとわずかとなった私物を段ボール箱に詰めて割れ物注意や天地無用など注意書きを一つ一つつけていると、何か見覚えのあるものが目に入った。
――これって……?
手に取って広げてみるとハンカチのようだった。
マナはその緑の柄には見覚えがあった。蒐集癖のある隣人のポケットにいつも入っていたハンカチだった。
――まだ、こんなのが残ってたんだ。