第2章「契約」 - 03
「……はい……2つめの……です……」
外が騒がしくなってきたのに気付いて我に返ったマナは、慌ててハンカチの埃を落としてポケットに入れた。
それとほぼ同時にドアがノックされて外から声がかけられた。
「こんにちは。フクロウ引っ越しサービスものです」
「はい。よろしくお願いします」
マナの魔法使いとしての実力を考えると、引っ越しくらいの作業は1人でも十分できるはずなのに、わざわざ引っ越し業者を頼むのにはわけがある。
魔法の力は便利であると同時に犯罪に悪用される可能性もある。そのため、その使用は法律で厳しく制限されているのだ。
引っ越しに関していえば、公道上は魔法および使い魔の特殊技能の発現は一部の例外を除き禁止されている。この制限は厳しく、領主である公爵(つまり学園長)の許可がなければどれだけ軽微な魔法でも違反とみなされるのだ。
だから、重い段ボール箱を運ぶのはどうしても人力に頼らなければならない。
慣れた手つきでてきぱきと運び出された荷物は引っ越し業者の車に乗せられ、新居へと出発した。
目的地は河沿いにある高級住宅街の中にあった。
トルン市はクプア河というクプーティマ王国北部を流れる河の河沿いに作られた街だ。
この河の北側は全てトルニリキア学園の敷地であり、市の本体は河の南側にある。学園と市を結ぶのは大きな橋であり、「学園正門橋」「学園橋」もしくは単に「橋」と呼ばれている。
学園橋からはまっすぐ大通りが伸びていて、南に下ると広場があり、さらに南に進むと鉄道の駅だ。
大雑把に言って、大通りの東側が山の手で西側が下町であり、マナの新居は広場から見ると北東のエリアに位置している。ちなみに、バドルスの家も同じエリアだ。
マナたちは学園の敷地内にある寮から学園橋を通って学園を出て、大通りを左に折れて進んでいった。
「うわぁ、大きいな」
新居の家を見て、マナは思わずそう呟いた。実は引っ越し先を見るのはこれが初めてだったのだ。寮の部屋より広いと聞いてそれで十分だと思っていたのだが、実物は想像より広すぎた。
――これは、メイドをお願いしてもよかったかもな。
これだけ広いと魔法を使っても掃除が大変になりそうだ。とりあえず、自律型の掃除ゴーレムの制作を検討してみる必要がある。
マナの心配をよそに、引っ越し業者の人たちは段ボール箱を運び込んでいた。
建物の敷地内に入ってしまえば魔法の使用の制限はなくなるので、後の片づけは1人でも問題ない。だから、荷物は玄関を入ってすぐのホールに積み上げておいてもらうようになっている。
荷物の運び込みは業者に任せて屋敷の中を確認しようと車を降りたところで、業者の1人が突然横倒しに倒れた。
「フーー!フーー!」
何事かと思って見てみると倒れた1人は泡を吹いて気絶していて、その向こうで子猫が総毛立ちさせて玄関前からこちらを威嚇していた。




