第2章「契約」 - 04
「この野良猫がっ!」
もう1人の引っ越し業者の人が車に積んであった棒状のものを構えて、子猫を追い払おうと威嚇した。
ところが、その棒を子猫に向かって突き出した瞬間、子猫は棒の上を器用に駆け上がって尻尾を首に巻き付けて絞め落としてしまったのだ。
マナはその様子を見て驚愕していた。それは子猫が大の大人を絞め落としたという点ではなく、もっと根本的なことについてだった。
――猫が魔法を使ってる!?
普通、猫に大人を絞め落とすというような力はない。猫の体とは人間に比べれば小さく非力なのだ。まして、今目の前にいるのは成猫ですらない子猫だ。
なのに、子猫はマナの目の前でいともあっさり絞め落としてしまった。
しかも、マナの魔法使いとしての鋭敏な感覚は目の前の子猫が発する魔力の波動をはっきりと捉えているのだ。
「にゃにゃにゃにゃ」
子猫はマナに向かって何か話すように鳴いた。残念ながら猫語はまだ入門していないので何を言っているのか分からなかったが、なぜかマナにはそれがいかにも人間くさい行動に見えた。
――これは、捕獲して研究してみる必要がありそうだわ。
もしこの子猫が本当に魔法を使っている猫だとしたら魔法学の常識を覆す大発見だ。及ぼす余波は想像がつかない。
もしこれが猫に似た魔法生物だとしても、新種の可能性が極めて高い。
いずれにせよ、いろいろ考えるのは捕獲してからだ。マナは猫に気取られないよう注意して、素早く右手を動かした。
さかのぼること数分前。
市場通りの側で猫の一群に囲まれた子猫は、軽々と包囲を蹴散らしてリーダー猫にお仕置きをしてから、ゆうゆうと寝床にしている空き家に戻ってきた。
その空き家は市場通りから東へ大通りを挟んだ反対側のエリアにあった。猫にもかかわらず料理をする子猫は、キッチンなどの設備も整っているその空き家を好んで住処にしていたのだ。
ところがその日、戦利品のアジ2尾を咥えて家に戻ってみると見慣れない人間が勝手に出入りしていた。
――白昼堂々泥棒か!
そう思った子猫は、アジを安全なところに置いて人間たちに駆け寄り、さっと首に取り付いてしっぽで絞め落とした。
瞬く間に2人を気絶させ、残る一人の少女と対峙した。まだ幼さの残る少女はおそらく泥棒になって日も浅いのだろう。ここで足を洗えば更生の余地はきっとある。
「おい、お前。今日は見逃してやるからさっさと行け」
人間とは言葉が通じないが気持ちは通じるに違いない。
と思っていたら、少女は右手をすばやく動かして呟いた。
「<発現>」
直後、子猫の周囲の地面が盛り上がり、土牢となって子猫を中に閉じ込めようとした。
「<発現>」
子猫の姿が土壁に消えようとした瞬間、子猫の唇が動いたと思うと足元から水が湧き起こり、濁流となって土牢を押し流して掻き消えた。




