第3話
「え、マナ、合宿に行くの?」
「うん。ま、成り行きでね」
翌日、マナはまず最初に唯一の友人と言っても過言ではないミレイに声を掛けた。
「あんまり気が乗らないのは分かるけど、いつもお世話になってるシャーミル先生が困ってるみたいだから、今回くらいはね」
「は、はぁ……?」
申し訳なさそうに言うマナの態度に、ミレイは困惑していた。シャーミルの主催する無人島合宿はいつも大人気で必ず抽選になってしまうので、人が集まらなくて困っているというのは何かの間違いではないか?
「ま、まあ、私はいいけど、後4人の当てはあるの?」
ちなみに、どうしてシャーミルの合宿に人気があるかと言うと、シャーミルのグラマーな体つきと暖かい南の海が合宿地であるという事実、そして、シャーミルが直々に組手のトレーニングをしてくれるということを聞けば、その理由は察してあまりある。
「はぁ。そうなんだよね」
ところで、全く自慢にならないが、マナには友達がいない。面倒な友人関係など不要と切り捨てたので、今でも続いているのはミレイだけなのだ。なので、後4人、どうやって集めようかと頭を抱えていた。
変に見栄を張らなければよかったと若干後悔しているが後の祭りだ。
「ちょっと待って」
「ん?」
ため息をついて教室へ歩いて行こうとするマナを、ミレイが後ろから呼び止めた。
「僕、メールルームに寄りたいんだけど」
「あ、そう。じゃ、あたしも一緒に行こうかな」
メールルームは学園や先生からの個人宛の連絡やお知らせが届けられる私書箱のある施設で、毎日、内容を確認することが求められているが、実際に何かが届けられる頻度はそれほど高くはないので、数日に1度程度の確認で済ませている学生が大半だった。
ミレイと一緒にメールルームに行くと、ミレイの方には何もなかったけれど、マナの方には封筒が1つ入っていた。
「何かしら?」
「なんにゃ、それは?」
差出人の書かれていない封筒を見て首を傾げたマナだったが、一応、魔法陣が仕掛けられていないかどうか念入りに確認してから、封を開けてみた。開けた瞬間にメールルームごとドカンと爆発するとか勘弁してほしいからだ。特にこの間のケディのいたずらがあった後では。
「放課後に礼拝堂で待っています?」
マナとヘータはそれを見て、思わず顔を見合わせた。
「それはちょー絶対ラブレターだね! しかも、女の子からの!!」
マナの私書箱に入っていた手紙を見たミレイは興奮気味にそう言った。すごく楽しそうなのだけれども、マナは別に楽しくもなんともなかった。
「ちょっと待ってよ。それはないでしょ」
「だって、封筒とか便箋とかちょー可愛いし、放課後に礼拝堂って典型だし。マナって意外に女の子から人気があるんだね」
「果たし状かもしれないでしょ。バドルスみたいな脳筋が他にいてもおかしくないわ」
バドルスというのはマナの同級生の男子で、何かにつけてマナに食って掛かってくるのだ。二言目には勝負を挑んできて、そのたびにマナに軽くあしらわれてコテンパンにのされるのだが、一向に懲りる様子もない。
さすがにそんな好戦的なのが学園に2人も3人もいるとは思いたくないけれど、だったらこの手紙の意図は何なのか、ということになる。
「ま、放課後になれば分かることだね。僕、今から楽しみで仕方ないよ」
ミレイはにこにこしているが、マナは眉間にしわを寄せていた。合宿のメンバーを集めなければいけないのに、こんな余計なことまで抱え込んでしまって本当に面倒くさい。
手紙の主がマナの言うように好戦的な脳筋だというのなら、むしろ楽だと言えるかもしれない。適当に試合をして叩きのめせばいいだけだからだ。バドルスといつもやるはめになっていることと同じことをやればいい。気は乗らないけれどやることははっきりしている。
でも、ミレイの言うようにこれが本当にラブレターだったらどうしようか。カインリルのようにしつこいのも困るけど、ばっさり断ったら泣き出すようなタイプだったらどうしよう。そういうのには慣れていないのでどうしたらいいのか分からない。
そんなことを延々と考え続けて、珍しく授業にあまり身が入らないまま放課後になってしまった。
「お前、ちょっと落ち着くにゃ」
「落ち着いてるわ」
子猫の言うことを適当に無視して礼拝堂に着くと、そこにはまだ誰もいなかった。
「はぁ、やっぱりミレイに付いてきてもらった方がよかったかな」
言えばミレイは目をきらきらさせて付いてきたに違いないけれど、弱みを見せるような気がして頼まずに1人で来たのだ。正確には、1人と1匹だけれども。
礼拝堂はトルニリキア学園の中に儲けられている施設だ。宗教色を排した学園において唯一宗教的な色彩のある施設であるが、特定の宗教に偏ったものではなく、現代の知的種族の祖であるセリアニー、マギ、リリパットの3種族の絵画が三方に配置されているだけの円形の建物だった。
この3種族は、単に祖先であるというだけでなく、魔法の発現原理に深くかかわる魔素、理力、形象の3つの要素の象徴でもあり、魔法学園であるトルニリキア学園の価値観を体現した施設でもあった。
ただ、この施設はそのような精神的な意味合いはあるものの、実際の学園の行事などには一切使われることはなかった。人気が少ない静かな環境が維持されていたため、学生の間では告白の時のお決まりのスポットとしての認知度の方が高いくらいであった。
もっとも、礼拝堂の中まで入っていくのはマナくらいで、大体は建物の外で待ち合わせることが普通のようだけれど。
ギィーーー
「あ、マナさま。すみません、遅くなりました」
不意に蝶番のきしむ音を立てながらゆっくりと開いたドアから入ってきたのは、意外にもマナの知っている顔だった。
「……、デミ、だったわよね」
「覚えていて下さったんですね。感激です」
「はぁ……」
デミはマナの同級生で初等部の時には同じクラスになったこともあった。マナがプラ―寮にいた時には同じ寮の寮生でもあったので顔は見知っているし名前も一応憶えている。
「別に、隣のクラスなんだから、手紙みたいな面倒なことをしないで気軽に話しかけてくれればよかったのに」
「気軽に話しかけられにゃいようにゃ空気を作ってるお前が悪いんにゃ」
デミに聞こえないことをいいことにヘータが言いたいことを言ってきたので、お返しにひげを引っ張ってやった。
「にゃにゃにゃっ、やめろにゃぁっ」




