第2章「契約」 - 09
その日の夕方、日も傾いて来る頃、高級住宅街の一角の庭に倒れてピクリとも動かない少女と子猫の姿があった。
「はぁはぁ。もうダメ。動けない」
「にゃにゃにゃあ」
2人はあれから1休みもせずに戦い続けて最終的に精も根も尽き果てて動けなくなっていたのだ。
「ふふ、ふふふふふ」
マナは無意識に声を出して笑っていた。非常に晴れやかな気分だった。長年かけて溜まっていた雲が強烈な台風のおかげで全部吹き飛ばされて消えてしまったような。
――この子猫だったら使い魔にしてもいいかも。
そう思って頭だけ動かして子猫を探すと、子猫は立ち上がって木の枝を尻尾で持って何かを地面に描いているところだった。
――何をやってるのかな?
少し休んで回復した体を起こして近くに寄ってみると、子猫の描いているのは何かの魔法陣だった。しかも、その魔法陣はマナがこれまで見たどの魔法陣とも異なり、どこか使い魔の契約をする時の魔法陣に似ていた。
魔法陣とは2つある近代魔法の魔法発現方式の内の1つで、図形や古代文字を描いてそれを元に魔法を発現する方式だ。紙に描くのが普通だが、地面に描いても効果に変わりはない。
もともとの歴史は結印より古いが、陣を書くのに時間がかかるので魔法戦闘で使われることは少ない。しかし、結印よりも圧倒的に複雑な魔法を発現できるので、スピードが重要にならない場面では今でもよく使われている。
ただ、古代語が現代ではすでに失われた言語であることに加え、魔法陣の構造が極めて複雑なため、現在、魔法陣を自由に読み書きできる人間は存在しない。いわば、ロストテクノロジーなのだ。
その中でも使い魔の魔法陣は最高峰の魔法陣とされていて、現在に至るまでほとんど解読が進んでいない。その理由の1つには、類似する魔法陣が全く現存せず、比較研究ができないという点も大きい。
だから、子猫の書いている魔法陣が使い魔の魔法陣と関連しているとすれば、それがどういう効果を持つものであれ、それ自体が大発見だ。
やがて子猫は線を最後の1本まで引き終わり、小さなかまいたちを作って肉球を少し切ると、血の滲む足先を魔法陣の端に置いた。それを見たマナは、使い魔の契約の時にも同じ儀式をすることを思い出した。
「にゃあ」
促すような子猫の鳴き声に、少女はこくりと頷くと同じようにかまいたちで指先を切り、魔法陣の反対側に触れた。
効果の分からない魔法陣に触れることの危険性はよく理解しているマナだったが、マナには子猫が自分を害しようとしているとは思えなかったのだ。そこには言葉の通じないもの同士に生まれた奇妙な信頼感があった。
「「<発現>」」
子猫と少女が同時に魔法の言葉を発すると、魔法陣は光を帯び始め、光が2人の身体を包み込んだ。
やがて光は収束し、魔法陣に触れる子猫の足と少女の指を結ぶ1本の鎖となり、そして虚空へと消え去った。先ほどまで地面に描かれていた魔法陣も消え去り、再び辺りは静かな夕闇へと包まれた。




