第2章「契約」 - 08
タッ
マナが勝利を確信した瞬間、子猫は軽やかな動きでその場から飛び退いた。
――なっ、躱した!?
「<発現>」
そして、着地と同時に風魔法でかまいたちを生み出した。少女はさっきの攻撃で風に乗って加速しているのでそれを巻き込んで共鳴して威力が増加する。しかも、彼女は今の攻撃の反動で防御の態勢が崩れていた。
接近戦で攻撃魔法を使うメリットは発現から着弾までの速度だが、デメリットは自分を巻き込むリスクだ。至近距離で威力のある範囲魔法を使ったら自分まで被弾してしまう。だから、接近戦での攻撃魔法は対象範囲を絞り込まなければならない。
ということは、逆に言えば、避けやすいということだ。
ただ、避ける場合も何も考えずに魔法の発現前に避けると逆に避けた先を狙われてしまうので、確実に避けるには攻撃魔法の発現後に避ける必要がある。
とはいえ、動き続けて狙いを定めさせないならともかく、接近して着弾までの時間が短くなっている状況であえて攻撃魔法の発現を見極めてから避けるなんてリスクが高すぎて普通は考えもしない。
いや、そもそも細かいことは除いても、接近された時点で焦りから冷静な判断ができなくなるのが普通の精神であって、子猫が狙いすましたように攻撃魔法が発現した直後に飛び退いたのは、あらゆる意味で常識を逸脱していた。
だが、不意を突かれた形になったとしても、マナがこの程度で慌てたりはしない。常軌を逸しているという点においてはマナも似たようなものだからだ。
子猫が避けた瞬間にはすでに次の攻撃を予測して、さっき使った風か土と同じ属性の魔法を被せて来た時の対応を即断していた。
そして、子猫がかまいたちの風魔法を発現した瞬間、マナは目の前に自分が作った底なし沼へと飛び込んでいた。風魔法なら土属性の沼の中には届かない。子猫とマナの距離が接近しすぎていて魔法の着弾点を確認していたら間に合わないと考えたマナのとっさの機転だった。
「<発現>」
底なし沼の中で頭上の魔法が消えた頃合いを見計らって水属性の魔法を呼び出し、マナは泥沼の中から吹き上がる噴流に乗って地上へと舞い戻る。土属性の沼と水属性の噴流が相殺する頃には彼女は地面の上に着地していた。
「あーあ、ずぶ濡れだよ」
泥汚れは噴流がきれいに流してくれたものの、マナは頭の先から足の先、パンツの中までぐっしょりになってしまった。スカートが太ももに張り付いて不愉快極まりない。
ただ、不思議なことに気分は悪くなかった。むしろこんなに楽しいと思ったことはいつ以来だろうか?
――次はどう仕掛けてやろうか。
ずぶ濡れで楽しそうに笑っている少女を見て、子猫もまた高鳴る気持ちを抑えきれずにいた。
――こいつの戦い方は楽しいにゃ。
ただ一方的に蹴散らして終わりじゃなく、お互いの手を読み合って裏をかき合って、さらに裏をかいてくることを予想して次の手を考える。
言葉は通じなくても魔法のやり取りだけでお互いの考えていることが想像できる好敵手なんてそうそう巡り合えるものではない。
子猫の当初の目的は泥棒を追い払うことだったがそんなことはすっかり頭から抜けきってしまって、今はこの戦いをどう楽しむかということだけを考えるようになっていた。
「くっ、この野良猫め」
1人と1匹が彼らの世界に入り込んでいると、今頃になってさっき子猫に気絶させられた内の1人が意識を取り戻した。
「ちょっとあっち行ってて」
「邪魔にゃ」
「「<発現>」」
しかし、次の瞬間には完全に息の合った少女と子猫が唱えた魔法により、やっと目覚めた引っ越し業者の人とまだ気絶している相方の2人は塀の外まで放り出されてしまったのだった。




