第27話
事態が動いたのは夜中だった。
マナ達が寝静まった頃、テントに忍び寄る何者かの影があった。それは音もなく付近を物色しながら、徐々にマナのいるテントに近づいて来た。
最後に影がマナのテントの入り口に手を掛けた瞬間、影はさっと後ろへ跳び退いた。同時に、左右から太い蔓が飛んできて、さっきまで影のいたところでぶつかってお互いに巻き付きあった。影が跳び退かなければ、影はその蔓に雁字搦めにされていたに違いない。
「にゃっ」
その瞬間をとらえて、夜目の利くヘータが影の姿を姿を正確に捉えて飛びかかった。ここには人がたくさんいるので、ヘータはまだ魔法を使うわけには行かず、物理的な攻撃に頼る必要があった。
しかし、夜のヘータは身体の小ささと闇に溶け込む黒い体毛によってほとんど視認が不可能に近く、場合によっては魔法攻撃よりも遥かに効果的な攻撃になり得るはずだった。
――にゃに!? 避けられた!
が、信じられない反射神経で影はヘータの不意打ちを完全に避けた。ヘータは空振りに終った攻撃の後、態勢を立て直して着地し、影の方へと向き直った。影は回避には成功したものの、予想外の反撃を受けて動揺しているようで、次の手を決めあぐねているようだった。
その隙に、マナたちもテントから飛び出し、別のテントからはバドルスたちが出てきて、影の不利な状況が決定的になった。
「<発現>」
ミレイが周囲に立てておいた魔法の松明の魔法陣を起動した。しかし、明るくなった時、その場所にはすでに影の姿は存在しなかった。
「すばやい奴にゃ!」
ヘータは一言言うや、電撃に当たったように跳ねて走り出した。ヘータの目には、暗闇から明るさに目が順応する隙をついて、逃げ出した影の姿が映っていたのだ。
「<発現>」
森の中を縫うように駆け抜ける2人を同じ速度で追いかけるのは難しいと判断したマナは、空から追いかけようと魔法で森の上まで飛び上がった。が、夜の森はほとんど目視が不可能で、2人がどこに向かったのか全く見当がつかなかった。
その頃、影を追うヘータは影の速さに舌を巻いていた。
――にゃんにゃんにゃ、あの速さは。まるで人間じゃにゃいみたいにゃ。
しかし、ヘータの目にはその影が人型をしていることがはっきりと映っていた。しかし、そうなるとマナの予想がいよいよ当たっている可能性が高くなってくる。
と、影は突然動きを止めた。同時にヘータも動きを止め、森の中に姿を潜めた。影は辺りを慎重に確認すると、追手がいないと安心したのか、近くの地面に腰を下ろした。
ヘータは影に気付かれないよう、慎重に歩いて影に近づいた。ヘータの隠密スキルは高いが、影の感覚の鋭さはヘータの隠密スキルさえ上回るかもしれないからだ。
影は座ったまま、懐から何かを取り出した。それが何か、ヘータのところからは見えなかった。が、影の意識が別のものに向かった瞬間は絶好の攻撃のチャンスだった。
「<発現>」
ヘータは魔法攻撃を選択した。近くには影以外誰もいないので、遠慮することはない。それに、この場所から影まではまだ少し距離があったので、物理的な攻撃だと攻撃が届く前に気付かれて避けられる可能性があると思ったのだ。
ヘータが使ったのは速度を重視したシンプルな木属性の魔法で、周囲の木の枝が伸びて鞭のように影に襲い掛かった。影が懐から取り出した何かに目を落とした一瞬のことで、回避は不可能と思われた。
「!!」
が、影は再び驚異的な反射神経で転がるように直撃を避け、攻撃は空振りに終わった。
と同時に、影を中心に強い風が発生し、全方位に襲い掛かった。予想外の反撃を受けたヘータは風に吹き飛ばされて転倒した。
――あいつ、詠唱にゃしで魔法を使うのにゃ!?
さらにヘータのおおまかな場所を推測した影が追撃の魔法を放ってきた。今回も無詠唱だ。
「<発現>」
しかし、今度はヘータは魔法の発現を感じ取って即座に防御魔法を発現し、攻撃魔法を打ち消した。
――これは不利にゃ。
相手は何らかの方法で無詠唱で魔法を発現できるのに対し、ヘータは発現のタイミングで必ず詠唱を入れる必要がある。これはヘータの方が一方的に魔法発現のタイミングを教えているようなものだ。しかも、ヘータの有利である隠密性が失われるという副作用まである。
深夜の森は闇が深く、結印を視認することは不可能だった。それどころか、相手の状況自体も把握しづらく駆け引きの余地が少ないため、単純に先手を取ることの優位性が通常より高くなっていた。
そこでヘータは、自分の居場所がばれるリスクを押して連撃を放った。
「<発現>、<発現>、<発現>」
現時点では、ヘータは影の位置を正確に把握しているのに対し、影はヘータの位置を掴み切れずにいる。しかも、影は不意打ちで崩れた態勢をまだ立て直しておらず、攻撃を仕掛けるタイミングとしてはヘータに有利だったので、この機を逃すべきではないと考えたのだ。
が、影はその場を跳び退きながら防御魔法を展開して攻撃を凌ぎ切った。
――信じられにゃいにゃ。仕留めるつもりで行ったのにゃ。
そう考えながらも、反撃を警戒しているヘータは、攻撃の後、即座にその場から走って影の逆側へと回り込んでいた。
――あいつ、もしかして、怪我してるにゃ?
走りながら観察すると、影は太ももを押さえるような仕草をしていた。いつの攻撃かは分からないがヒットしていたようだ。
これはチャンスではあったが、怪我をしたことで影が冷静になって再び逃げに回られるとまた鬼ごっこが始まってしまう可能性もあった。ヘータとしては、鬼ごっこで振り切られることはないと思うけれども、できればここで片を付けたいところだった。
ヘータは距離を詰めながら攻撃のタイミングを伺った。不思議なことに、影は太ももを抑えたまま、その場を動こうとしなかった。理由は分からないが、それを考えるのは後回しにして、ヘータは影に攻撃を仕掛けた。
すでにヘータは影の近くまで迫っていて、魔法の詠唱よりも物理攻撃の方が速い距離にあった。そのため、ヘータは迷わず影に向かって飛びかかった。
――っ、また避けられたにゃ!
今度こそ直撃と思ったが、影は再三、驚異の反射神経でぎりぎりのところを躱した。爪の先が影の着る服を切り裂いたが、完全なタイミングだったにも関わらず、身体には肌にかすり傷を負わせる程度でしかなかった。
ならもう一度、休む間もなく攻撃を続けるのみと、ヘータが地面を踏みしめた時、足の下に何かを踏んだ気がした。ふと目を落としてみると、それは魔力結晶のペンダントだった。
――これはもしかしてにゃ!?
その瞬間、ヘータは突風を浴びて宙に舞い上がった。ヘータが魔力結晶に気を取られた一瞬の隙をついて、影の攻撃魔法がヒットしたのだ。
――ヤバい。海にゃ……
悪いことに、ヘータが飛ばされた先は森ではなく、崖の下に広がる海だったのだ。




