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わたしの嫁は神様でした  作者: 真咲 透子
5. 幼馴染との夏
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27. 夏の終わりに(下)

「もう夏休みも終わっちゃうね」

「そうね」

「今年の夏は早く過ぎた気がするな」


 夏休み最終日。千尋との約束も最終日の今日は、どこにも行かずに蓮のところで過ごすことになった。3人並んで縁側でぽつぽつと話したり、無言になったりしてのんびりしていた。蓮の家は彼のおじいちゃんが神主であり、神社の裏手に住まいを作っている。だからだろうか、夏は他の場所よりひんやりとして涼しかったので暑いときは蓮の家によく行ったものだった。


「なんかびっくりすることが色々あったからね」

「ははは。色々、な」


 高校生になってまだ半年も経っていない。だけどすごい濃い時間を過ごした気がする。おそらく瀧川くんが転校してきて、今までのことすべてが吹っ飛びそうな出来事が起こったからかも。


「そうだわ、絢音」

「ん、何? ……それは」

「一学期中にブレスレットの紐が切れたでしょう。また作り直したの」

「俺たち2人でな。これからもちゃんとつけといてくれ」


 千尋が差し出したのはかつて付けていたブレスレットだった。諸事情で千尋たちが預かっていたのだが、直してくれてたのか。


「ありがとう、ちーちゃん、蓮」

「前よりもたくさん念を込めたから。今度は前のより丈夫よ」

「すごいがんばったんだぞ。大事にしろよ」

「そっかぁ……ありがと」


 千尋が私の腕につけてくれた。ブレスレットを直してくれたのはとてもうれしいんだけど、念ってなんなんだろう。真面目な表情の2人に私は聞けなかった。そういえば、と話題を変えたのは蓮だった。


「2学期が始まったら、学園祭の準備がすぐ始まるな」

「そうだね。高等部の学園祭は中等部と全然違って見えたから楽しみだなぁ」

「楽しそうだけど、今年は大変だぞー」

「どうして?」

「ほら。うちのクラスには瀧川がいるし、隣は生駒だろ。絶対もめるな」

「うわぁ……」


 意見まとめるのも大変そうだ。困難な様がやすやすと目に浮かぶ。


「あまり関わりたくないかも」

「いや、無理だろうなぁ」

「…………あはは」

「絢音、私の傍にいなさい。離れてはダメよ」

「やだ、ちーちゃんかっこいい」

「…………」

「ごめんって」


 茶化したら千尋が無言でにらんできたので私は慌てて謝った。ひんやりしていたのがさらにひんやりして寒くなった。あぶないあぶない。


「あなたは危機感が足りない。絶対に瀧川に近づかないで。あの男は危険よ」

「そこまで言うほどかな」


 怖いのは瀧川くんを取り巻く環境(女子たち)であって、正直に言って彼自身はあまり怖くない。彼はいつも穏やかに笑っていて私に優しい。


「ほら、気づいてない。だから危ないのよ」

「えー」


 そう言われても、ピンとこない。千尋はどうして瀧川くんをそこまで言うのだろうか。私にはさっぱりわからない。


(いや、でも……)


 別荘で2人っきりで話したとき。いつもの彼とは違う感じがした。それに時々、物腰柔らかな雰囲気から一変して有無を言わせない何かがあるように感じる。尊大で、圧倒的な──。


「まぁまぁ。距離感だけつかんでおけば大丈夫だろ。瀧川は絢音の嫌がることはしないよ、絶対に」

「でも……」

「俺たちが見とけばいいさ。絢音、もし何かされたら言うんだぞー」

「う、うん」


 蓮が軽い口調で私に笑いかける。間延びした言いぐさとは裏腹に、何ともいえない迫力を感じて私は思わずうなずいた。


「絶対よ」

「うん」


 蓮と、特に千尋は何を心配しているのだろう。


(それは『前世』に関わること?)


 そうだとしたら、記憶がない私にはわからない話だ。思えば2人は私に対してものすごく過保護になるときがある。千尋はいつものことかもしれないけど、基本私のすることを肯定してくれる蓮でさえ。


『前世の話を教えて?』


 何度口から出かかったかわからない。でも、2人は前世のことを話したくないみたいだ。出会って今までそんな話が出なかったことから分かる。初めて会った時も私を知っているそぶりなんて少しもなかった。前世の話題になりそうになると、いつも言葉を濁してさりげなく別の話題へとすり替えてしまう。気になって仕方がなかった私が、それでも2人に聞かなかったのは。


(……蓮と千尋が困ることはしたくない)


 この2人に大切にされている。これ以上ないくらいに。それは言葉でも、態度からでも分かった。


 蓮と千尋と私と。


 いつも3人一緒だったのだ。幼馴染として、親友として。2人との関係が変わってほしくなかった。私も蓮と千尋が何よりも大切だったからだ。きっと私は、どんなものを天秤にかけられても2人をとる。



「絢音、何考えてるの?」


 急に外をぼーと眺めていた私に千尋が聞いた。そのとき風が吹いてふわり、と千尋の艶のある黒髪が揺れる。その眩しさに思わず目を細めた。あと少しだけ感じることができる、夏の匂いがする風だった。


「来年の夏もこうして3人でおしゃべりできたらいいなって思ってただけだよ」

「あたりまえでしょ」

「ずいぶん気が早いな。まぁ、31日じゃなくても集まるだろ」


 間を置かず即答する2人に私は思わず笑った。そうだよね、きっと来年の夏も──。


 願わくは、この1日が思いだすこともないありふれた日常として記憶の底に埋もれてしまいますように。そして、3人で一緒にいる夏の瞬間だけ、思い出しますように。柄にもなく、どこかの誰かに願ってしまった。

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