第1章 3
アラセリ探しは二人でやれとサーシャに言われ、結局俺はアイルークと一緒くたにされて街に出ることになった。コイツと一緒に行動するのはまっぴらごめんだと言うと、アイルークも全くだと肩を竦める。
街に出る時、サーシャが俺たちを見て笑っていた。何故かは全く分からねぇ。
- 魔術師探し -
「……で、どうするんだ」
日が暮れて涼しくなった時間帯に、俺とアイルークは酒場に向かった。仕事終わりの奴らが多いのか今日も店内は混雑している。俺は店内の一番端のテーブルに視線を向けた。あいつは……来てねぇな。
キョロキョロと辺りを見回す俺を不審そうな目で見ていたアイルークがぽん、と手を叩く。
「麗しい女性でも引っ掛けるのか」
「テメーの頭ん中はそれしかねーのかっ」
万年発情期野郎、と吐き捨て、カウンターに視線を向ける。店主が忙しなく注文を取っている。確か、店主に伝えておけばいいんだったな。歩き出そうとした俺の背後で扉が開いた。そして次の瞬間、駆け込んできたのかと思うほどのスピードで入ってきた客が俺の背中に激突する。
「っ」
俺は咄嗟に右手を背後へと回した。
「あっ!」
思った通りすぐに手がそいつの手首を掴んだ。逃がさないように捻り上げると、あいつが飛び上がる。
「い、いたたた、ちょっ……離してよ、魔術師サマ!」
「お前……いつまでも俺がその手に引っかかると思うなよ……?」
振り返ると、そこには女のガキが立っていた。金髪の長い髪と、生意気そうな眼差し。最近背が伸びたのか、目線が少し高くなってきた。
馬鹿デカイ荷物を背負って窮屈そうに扉を通ってきたそいつは、サーシャが懇意にしている情報屋の娘。今年で16だからもう大人だと背伸びしているが、中身は未だに乳臭いガキだ。
「もう、魔術師サマって本当最低!手首赤くなっちゃったじゃん」
「……ああ、本当だ。可哀想に。その美しい肌に痕が残ってはいけないから、手当をしようか」
いつものように噛み付いてきたガキが、急に右手を取られてきょとんとする。おい、アイルーク。お前、年上が好みだと言ってなかったか。それともお前は女なら全て許容範囲に入るのか。
アイルークに手を握られたメイは、火がついたように顔を赤くしてオロオロしはじめた。外面作ったアイルークとメイの様子にため息をつくと、メイがふとこっちの視線に気付いて俺を見た。
「な、なん、なな……何こ、これ!?」
「おー、喜べマセガキ。お前みたいなのでも一応口説かれてるぞ」
俺はため息をついて店内へと足を向ける。途中ですれ違った店員が何か言いたげな顔をしたので、メイを示すと納得した顔で頷く。
この酒場のこの席は情報屋の特等席だ。こちらの視線に気付いた店主が俺たちに向かって軽く頭を下げる。
「ちょっ……ま、魔術師サマ!こっ、ここここの人誰!?」
動けなくなったメイがテーブルについた俺に叫ぶ。テーブルに足を投げだした俺は肩を竦めてみせた。周りの客が気付いたのか、面白がるように口笛を吹き茶化し始める。
しかしアイルークは勿論動じなかった。
「まさか戦士の都でこんな子猫ちゃんに出会えるなんて、これが運命というものかな?……子猫ちゃん、宿無しなら僕のところに来るかい?温めてあげるよ……」
「おい、アイルーク、連れてくな。俺はそいつに用があるんだよ」
半泣きの状態でこっちに助けを求めるメイにため息を吐いて、俺はやってきた店員に適当な注文をつけた。
☆
「それで……子猫ちゃんはなんていう名前なんだい?」
とりあえず二人をテーブルに座らせ、顔を赤くして混乱しているメイに水を飲ませた。いつもなら俺の近くには絶対に座らないメイが、何故か俺の隣の椅子に座って俯いている。
俺は酒を煽りながら、黙ったままのメイを横目で見る。どうやらメイのやつ、男に言いよられた経験がないらしい。これで何が大人なんだよ。全く。
「……コイツはメイ・レディンス。武器と情報を売って回ってる」
「へぇ。レディンスって名前は聞いたことがあるな。こんな愛らしい子猫ちゃんだとは思わなかったけど」
アイルークはそう言ってメイの顔を覗き込んだ。目が合ったメイは俺の背中に隠れる。俺はため息をついた。
「お前は少し黙ってろ軟派野郎。……おい、メイ」
背中に隠れたメイに、俺はこそっと呟いた。都合良くコイツの顔は隠れている。
「あいつは、アイルーク・ハルト。……覚えてるな?」
林檎のように赤くなった頬を両手で隠していたメイが、はた、と顔をあげた。普段からガキだのチビだの言っているが、やはり仕事は一人前だ。以前頼んだ仕事のターゲットを今でもしっかり覚えている。
やっと平常心に戻ったメイはチラチラとアイルークを見ながら、俺に耳打ちしてくる。
「え、あの人が……?」
目を丸くしているメイに俺は軽くその額を叩いてやった。一体どんなのを想像してたんだよお前は。魔術師って時点でそんなに体格良いやつじゃないのは分かるだろ。
叩かれたメイが唇を尖らせる。
「だって……もうちょっと、暗い人なのかなって……」
「性根が曲がってなければ、こんなところにいる奴じゃねぇよ。……いーから離れろ、鬱陶しいっ」
まるでクリフのように引っ付いてくるメイを引きはがし、俺たちの会話はそこで終了した。アイルークには聞こえていないらしい。聞こえていても、聞かなかったフリをするのがマナーってもんだ。
席に戻ったメイが、改めてアイルークを見る。やっと仕事の目になった。これで多少はスムーズに交渉が進みそうだ。
「そ……それで、今日はどうしたの、魔術師サマ」
「わざわざ俺が近づきたくもなかったネオ・オリに来て、この酒場に寄ったんだ。訳は分かるよな?」
メイは俺とアイルークを見る。いや、俺たちというより、俺たちの着ているローブを見たのかもしれない。俺は懐から紙幣を取り出すと、メイの目の前に突き出す。メイは紙幣を数えると、口角を上げた。その顔がどことなくセルマに似ている。
「『魔術師の噂』……で、合ってる?」
メイは何度も紙幣を数えながら呟く。俺はテーブルに肘をついて隣を見た。
「ああ。女の魔術師の情報を知りたい。名前はアラセリ・リンドブルム。出身は俺たちと同じ魔術師の里だ。外見はおそらく茶色か赤っぽい髪をしてて、歳は」
「12歳から15歳くらい!」
どうだ、という誇らしげな顔で俺に指先が突きつけられる。しかし俺は思わず脱力してしまった。
「ハァ?……んなわけねぇだろ、少なくともアイツは俺達と同じくらいだぞ」
「え、ウソっ!あれでしょ、どこかの貴族が探してるっていう、魔術師の話。この間もネオ・オリで騒ぎがあったとか……」
アイルークが首を傾げながら俺を見る。情報は間違っていない。なのに外見がガキってのはどうゆうことだ。俺はメイを見る。
「……。お前が知ってる情報ってのはどんなのだ?」
「んー、ええと、確かアラセリっていう女の子の魔術師が、あちこち旅をしてるって聞いたよ。一人旅にしてはまだ小さいし、不思議に思う人が多いみたい」
「……確かに、背格好が小さかったって話は僕も聞いたな。彼女はもともと小さかったから、あまり気にも止めていなかったけど」
アイルークが何かを思案するように目を閉じる。あとは、とメイに問いかけると、少し不満げな表情で語り始めた。
「……その子を雇ってた貴族の人が、安否が不安になって情報を求めてるらしいの。目撃情報だけでもお金をくれるって、随分前に聞いたんだよ。あと、説得して連れてきてくれれば褒美を貰えるって……でも」
「でも?」
「その雇い主って、この大陸の端にある街の貴族なんだけど、さすがに遠過ぎて……この辺りではその子を生け捕りにすれば大金持ちになれるって間違って伝わっちゃってるみたい。話がどんどん変わってきちゃって、最近では賞金首もその子を狙ってるって」
となると、アイルークが言ってた、魔術師に襲われたってのは、賞金首の奴らか。下手に手出しをして反抗されたんだろう。第三者ならすぐに納得がいく。それでも、俺とアイルークはすっきりしない顔をしていた。
俺たちならともかく、アラセリがそんなことするか?どっちかっていうなら脅される方がお似合いな奴だ。それに逃げるよりも素直に捕まって一度、主のところに戻った方が賢明だって分かるはずだ。アイツは引っ込み思案だが馬鹿ではなかった。
「……」
アイルークに視線をむけると、テーブルに視線を落として何かを考えているようだった。俺も同じように視線を手元に向ける。
ガキの外見をしたアラセリ。一体……どうゆうことだ。
☆
がくりと膝が折れた。呼吸すらもままならない。空気を求める肺が喘いで、僅かに立ちくらみがした。
「ハァ……っ、ハァ……」
「……陛下」
低い声が頭上から聞こえる。普段から寡黙なジャンの言葉は、おそらく私の名前を呼ぶ一言に全てを集約しているのだろう。そんなことを考えるくらい、複雑な声音だった。
フリッツを遠ざけたことに対して、ジャンもテレジアも何も言わなかった。否定もしなければ賛成もせず、ただ、分かりました、とだけ答えた。
「くぅっ……」
練習用の木製の槍を庭園の土に突き立てる。ガクガクと痙攣する右手で握りしめ、そして立ち上がった。顔をあげると、砂漠の景色が眼下に広がる。真っ白な、砂に覆われた世界。風に舞った砂埃のせいで、前が見えない。
前が、見えない。
「……陛下」
ジャンが小さくため息をついて歩み寄ってくる。おそらく呆れているのだろう、本気を出して相手をしろと戯れな命令をしたことに。いや、言いたいことは山ほどあるはずだ。しかし私に何を言っても無駄だと、ジャンも分かっている。
差し出された右手に首を振って拒否をした。ジャンの手は大きく、あちこちに傷がある。見上げればその目も、義眼。ジャンはメティスカの戦士として認められ、族長として尊敬されるに足る人物だ。傷跡さえも彼の勲章のように見える。
ぐっと握りしめた自分の拳は小さく、それでいて細い。言いようのない悔しさが込み上げてきた。
「陛下。……先日、召使いの一人が、書庫の隣室から城下に出る通路を見つけた」
「!」
思わぬジャンの言葉に顔を上げる。ジャンは表情を変えないまま続けた。
「使用人や警備兵に命じて全ての通路は塞いでいる」
「なっ!……何故っ」
ジャンに飛びつく。それでも相手は動じる様子もない。脳裏に一瞬、アラセリの顔が浮かんだ。思えばその時点で私は国王として失格なのかもしれないが。
「何故、勝手に通路を封じた!今後、非常時の脱出方法となるやもしれないのだぞ!」
「……。あの通路はまだ王族と部族の戦いが続いていた頃に作られたものだ。今のような城下はなく、門の外は砂漠だった」
通路の先が城下へと変わっていくにつれて、状況も変化した。今では外部からの侵入の危険もある。勿論、通路の存在は城の人間しか知らないのだが。
ジャンの服を掴み上げるものの、体格が違いすぎた。子供が大人に楯突くような、そんな感覚を覚える。唇を噛むと、血の味がした。
「……いつから、気付いていた」
私が城の外に出たことに。
「……」
ジャンは何も言わず、私を見下ろしている。おそらく最初からなのだろう。
頭の中を様々な思いが巡る。何故、私は国王という立場だけで外の世界を見ることが出来ないのか。何故、この国の自由を作るべき人間に自由がないのか。
私は国王だ。しかし、私が成し遂げたものが一つとして存在するだろうか。全ては部下の力、部下の意見……そして自分の力を通すには未だに勉学が足りないという。
大人とは何だ。国王とは何だ。私は……フェオール・N・マルスという人間は一体何なのだ。
「……陛下」
「……。少し、一人にしてくれ」
重たい体を引きずるようにしてその場を離れた。砂漠から吹き込んでくる風の冷たさが、心にしみる。




