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過去の精霊  作者: 由城 要
第2部 New world story
21/55

第1章 1


 今日、一人の男の子が皆の前でフィオを召喚してみせました。皆大騒ぎで、ファーレン様もお顔を真っ青にしていました。ファーレン様は言いました。今回は特別だって。私達もいつかは蛉人を召喚できるって。

 フィオは取られちゃったけど、私も早く、蛉人を召喚して一人前の魔術師になりたいです。





  - Child of flower -





 私にはお友達がいなくて、いつも独りぼっちだった。女の子達は私が近づくと口元を隠してヒソヒソして去っていっちゃう。きっと私だけファーレン様の孫じゃないから。よそもの、って言われることも多くて、私はとても悲しかった。

 でも、私にはお婆ちゃんがいます。いつも優しいお婆ちゃんです。お婆ちゃんはみんなのお母さんみたいに、『早く一人前になりなさい』なんて言いません。ゆっくり成長しなさい、時間をかけて多くのことを学びなさい、と言って頭を撫でてくれます。私はとても嬉しいです。

 お婆ちゃんの家は小さくても快適。一つのベッドにお婆ちゃんと寝ます。


「お婆ちゃん。今日ね、里の入り口の木から、鳥の巣が落ちちゃったの」

「おや……確かあの木にはヒナがいたんじゃなかったかい?」


 私は天井を見つめる。ヒナは地面に叩き付けられて、死んでしまっていました。そのままにするのは可哀想だし、お世話になってるエメリナ様も悲しんでしまう。そう思って私はお墓を作って埋めてあげました。

 そう言うと、お婆ちゃんは言います。


「それは偉いことをしたね。お前は優しい子だ」

「……」


 お婆ちゃんのシワシワの手は温かくて、優しくて。撫でてもらうのはとても気持ちいい。私も大人になったら、こんなお婆さんになりたいな。

 ふと、私のおでこを撫でていたお婆ちゃんの手が緊張する。もう片方の手で口元を押さえると、少し苦しそうに咳をしました。


「う……ゲホ、ゴホッ……」

「お婆ちゃん……大丈夫?」


 私は慌てて起き上がって、お婆ちゃんの胸をさすります。それでも咳は収まらなくて、私はぴょんと起き上がって水を取りに行きました。

 こうゆうときは水を飲ませて落ち着かせてあげる。お婆ちゃんと生活して知ったことです。


「コホッ……わ、悪いね。アラセリ」

「ううん。大丈夫?」


 背中をさすりながら、私はお婆ちゃんの顔を覗き込む。最近こうゆうことが多くなってきました。その度に、胸の奥がちくりと痛みます。何かに急かされるような、そんな気持ちです。

 落ち着いたお婆ちゃんの隣に寝転んで、私は言います。


「そういえば、アイルークがね、フィオを召喚したんだよ」


 アイルークは人気者の男の子です。いつも皆の中心にいて、女の子にはとっても優しいです。私は男の子達にも女の子達にも嫌われてしまっているけど、以前転んでしまった時に手を貸してくれたことがありました。レディは傷をつくっちゃ駄目だよ、なんて言うので、私は赤くなってしまいました。

 お婆ちゃんは目を真ん丸にして私を見ました。


「フィオを?それは早いねぇ。……まるでフォルカーを見ているようだよ」


 お婆ちゃんは驚いたけど、ちょっと悲しそうな目をしてた。フォルカーって誰、と聞くとちょっと言いにくそうな顔で、私の甥だよ、と答えてくれました。でもこの里にはお婆ちゃんの甥も姪もいっぱいいて、誰のことか分かりません。

 ファーレン様は沢山結婚して、沢山の奥さんがいたそうです。お婆ちゃんもいっぱい結婚したのって以前聞いたら、首を横に振って苦笑していました。ファーレン様の話になるとお婆ちゃんはいつも悲しそうな目をします。お婆ちゃんにとっては、大切なお兄ちゃんのはずなのに。私にはどうしてそんな顔をするのか分かりません。

 私は眠い目を擦りながら呟きます。


「お婆ちゃん……フィオ、見せてあげられなくてごめんね……」


 眠気に負けそうになる私に、お婆ちゃんは柔らかく笑ってくれました。ずっと前、まだ魔法を覚え始めた頃、お婆ちゃんにフィオを見せてあげると約束しました。でも、今はもうフィオはアイルークのもの。


「いいんだよ。お前は、お前らしい魔術師になってくれればいい……」


 でも……早く精霊を喚び出さないと、お婆ちゃんは……。

 フィオ召喚の騒動から一ヶ月、沢山の子供達がファーレン様に隠れて召喚を試みました。私も、ファーレン様のお屋敷から借りてきた魔術の書を見ながら悩みます。早く召喚が出来るようになりたい。そしてお婆ちゃんに、一人前の姿を見せてあげたい。

 早く……早くしないと……。また、胸の中がちくりと痛みました。









 月夜が美しい。見上げた空には散りばめられた星と、大きな月が浮かんでいた。まるで地上に降ってきそうなほど大きく、丸い。私は砂漠の上でそれを見つめた。

 砂が風に舞い、日々地形が変わっていくアルジェンナ。同じものは一つとして存在せず、刻々と変化が襲う。幾年続いてきた風景にため息が漏れる。


「……」


 ふと右手に視線を下ろした。掌をぐっと握りしめ、そしてまた歩き出す。

 今日は野宿だ。サクはさっさとたき火の側で寝てしまったが、私は眠る気にはならず、胸の痛みを抱えたまま彷徨い歩いている。……歩いているだけで答えは見つからないが。

 あのライムントという男に聞いた話では、この近くに小さな遺跡があるらしい。といっても帝国が繁栄していた頃の、部族の墓場だ。調べても人骨以外出てこないと聞いたサクは興味を失ったが、散歩の目的地には丁度いい。

 砂を踏む音が響く。数えきれない那由他の砂粒を踏みつぶしながら私は歩いている。


「……此処か」


 顔をあげると、砂漠の先に大きな亀裂が現れた。亀裂の手前に二本の丸太が立っている。話によれば、そこから亀裂の下へと下る階段があるらしい。部族の墓場はこの亀裂の下にあり、当時はこの亀裂の下に死後の世界への入り口が広がっていると考えられていたらしい。

 死後の世界。私は門のように作られた丸太に触れ、そして亀裂を覗き込んだ。下から生暖かい風がわき上がってくる。階段は途中で崩れており、今はもはや下に降りることは出来ない。

 階段は木で出来ていた。指先で触ると、表面が焼けこげ、ボロリと崩れ落ちる。やはり下に降りるのは無理か。


「……嗚呼、ここでもない……」


 ふ、と背後から声が聞こえた。私は眉根を寄せた。もうこの辺りに人気はない。

 あの少年王との約束から、寝泊まりは野宿と決め、案内以外で部族と接触するのは避けている。集落から離れたところで寝ることにしたのもそのためだった。

 私はゆっくりと振り返る。


「誰だ」

「もう美しき花が咲いている……ここも違う……」


 まるで寝言でも言っているかのようだった。私は暗闇に目を凝らす。すると月が雲間から再び姿を現した。砂漠が薄明かりの中に浮かび上がる。

 クスクスと笑う声に、私は顔を顰めた。


「!……お前は」


 両目が相手の姿を捉えた瞬間、目の前が翳った。別な気配を察知して私は身構える。私が動くよりも早く、首筋に刃があてられた。視線を丸太の上に向けると、そこにも人影がある。


「ああ、見てしまったのか、旅の者」


 剣先が頬の上を滑る。私は頭上から剣を構えている女に視線を向けた。顔の半分に火傷の跡があり、片方の目が開いていない。見たところ部族のようだが、その割には片目に宿る意志が異様なものに思えた。

 警戒を解けと刃で脅してくる。私はしばらく考え、そしてため息をついた。


「何のことを言っている」

「ククッ……彼女のことだ」


 彼女。私は視線を砂漠へと向ける。いつの間にか、最初に聞いた声の主は消えていた。隠れる場所のないこの砂漠の上から。

 顔を顰めて、私は再び頭上を見る。女はニヤリと笑うと丸太から飛び降りて近づいてきた。よく見ると剣を二本携えている。


「……隙を見せても反撃してこないのだな」

「……」


 近づいてきた女は剣を鞘に戻した。私はため息をつく。この場合もあの少年王との約束は有効なのか。ならば素直に従うより他にない。

 片目の女は火傷の傷跡が残る口元をつり上げた。


「外部の者とはいえ、知られたからには野放しにはできん。……一緒に来てもらおうか」


 私は深いため息を吐いた。









 大きく欠伸をしながら、階段の手すりに手をかける。歩く度に木造の床板が音を立てた。久方ぶりの砂漠の空気だ。開け放たれた窓から小さな集落の景色が見える。

 どの家も一階建てで、二階まである家は珍しい。だからこの窓からは、集落の殆どが見渡せた。


「お前ともあろう者が、朝から欠伸とは気が抜けてるな、フリッツ」


 ふと階下からそんな声が聞こえて、僕は苦笑した。


「たまの帰郷なんだから良いじゃないですか、兄さん」


 下では食事の準備をする兄の姿があった。周囲からはよく似ていると言われる僕の兄だ。テレジア曰く糸目がそっくりだと言われるけれど、僕はあそこまでニコニコ笑える人間じゃないと思う。

 階段の下は居間に繋がっていた。都でも珍しい洒落た造りの家だ。居間に下りるとテーブルには二人分の朝食が用意されていた。量は城の食事に劣るものの、彩りは負けず劣らずといったところ。

 キッチンで鍋の前に立つ兄の背中に、僕は言う。


「手伝いますよ、兄さん」

「ん?ああ……じゃあ、水を頼めるか?」


 僕は棚からグラスを取り出し、水瓶から水を組む。テーブルに戻ると、兄が皿を持って居間に戻ってきた。片足を引きずる様子に、僕はふと目を留める。

 兄は生まれた時から足が悪かった。この体で戦士として生きるわけにはいかず、こうして集落で暮らしている。

 テフロット・コール。それが兄の名だ。兄は椅子に腰を下ろすと、僕の視線に苦笑してみせる。


「……どうだ、フリッツ。また腕を上げたと思わないか?」

「ふふっ……料理の腕は既に一流ですね。城に雇いたいくらいですよ」


 兄の手料理を見渡し、そう言う。あまり動き回ることの出来ない兄は、こうして家の中で家事をして過ごしている。その手際の良さに、近所の女性達も驚くほどだ。

 けれど……そうやって生きていくには、部族の風当たりも強い。戦士になれない兄に対する男達の目は冷たかった。


「どうした?」


 ぼうっと料理を見つめる僕に、既に食事を取り始めた兄が首を傾げる。何でもありません、と首を横に振って、僕も朝食を食べ始める。兄はいつでも笑顔だ。たとえ周囲から皮肉を言われようとも、冷たい目を向けられようとも。その精神力は、今の自分より遥かに……。

 ふと、兄は目を合わせて笑ってみせた。


「早く食事を済ませた方が良いぞ。お前の教え子が、お前に会いたいと集落に来ている」


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