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過去の精霊  作者: 由城 要
第1部 Marginal man story
18/55

第4章 1


 麗しのリリィにピッタリの話をしようか。この世界には、巨大な河川が流れている。しかしそこに溢れるのは水ではなく、魔術師でいうところの『力』。何千年に渡って枯れる事のない神聖な河川さ。そんなの何処にあるのかって?……じゃあ、続きはベッドの上で、ね。





  - ジオ・レイライン -





「んで、どうして俺たちは此処に戻ってきてんだ、クリフ」


 状況についていけなくなった俺は、部族のために作られたあの屋敷のリビングで、クリフと共に突っ立っていた。リビングのテーブルにはアルバとサーシャとアイルークの姿がある。

 クリフが困惑した表情を浮かべながら言う。


「し、仕方ありませんよ……アイルークさんが、これ以上の情報は有料だって言うから……」


 ジオ・レイラインの知識くらいなら俺も多少知っているが……アイルークは精霊の世界に関して誰よりも詳しい。それにオフクロの手紙がある以上、アラセリの話も中途半端で聞き流すことは出来ない。

 椅子から振り返ったアイルークが、上機嫌でこちらを見た。


「いや、俺は続きをベッドの上で語り合おうって言ったんだけど、リリィがあまりに積極的だからさ」

「テメェ、嘘つくな!情報料の代わりに宿を貸すってだけの話だろ!」


 拳を作ると、アイルークは肩を竦めてサーシャ達に向き直った。サーシャはアルバに対して宿泊者を一人増やせないか交渉している。

 三大戦士がいればこいつを追い出してくれるかもしれない、と思ったが、よく考えればコイツは三大戦士と顔を合わせていない。ってことは、預言書争いの敵だったことも知らないってことか。

 今にも殴り掛かりそうな俺を押さえながら、クリフが言う。


「で、でも……危険なんじゃないでしょうか。アイルークさんと同じ宿に泊まるって……」

「それはサーシャの貞操か?それとも俺たちの命の面でか?」


 そう言ってやるとクリフは困ったように視線を彷徨わせ、


「ええと……ど、どっちも?」


 と答えた。俺はクリフの腕を振り払いながらローブを直す。


「サーシャは知らねーが、命は狙ってこないだろ」


 預言書争いの時、俺はあいつを生かした。クリフは殺人人形を倒し、サーシャは自分の兄貴に復讐を果たした。アイルークの居場所は無くなった。いや、あいつが自分を繋ぎ止めていた場所がなくなったんだ。そうでなきゃ、わざわざオフクロの依頼を受けるようなことはしないだろう。

 コイツのオフクロ好きは俺もよく知ってる。なんでそうなったのかは全く分からねぇけどな。

 視線を戻すと、アルバはアイルークを上から下まで見つめていた。


「魔術師の兄ちゃんの従兄弟、ねぇ。ま、いいんでないかい?部屋は余ってるし。ジャンには私から言っとくよ」

「……できればテレジアさんも伝えていただきたいんですが」


 後が煩いことにならないように、とサーシャの顔にはそう書かれている。すると二人に挟まれていたアイルークがテーブルに置かれていたサーシャの手を取った。


「いや、僕はリリィと同じ部屋で十分だよ」

「……これ以上無駄口を挟むようならフレイさんと同室にしましょうか」


 げっ!いくら脅し文句たって笑えねぇぞ。どうやらアイルークも同じ考えらしく、冗談だよ、と笑って首を横に振る。その口元が引きつっているのは言うまでもない。

 サーシャはアルバへの交渉が一段落したのを確認すると、俺とアイルークに向かって言う。


「それで、話の続きをお聞きしたいのですが」


 アイルークは頷くと、天井を見上げて言った。


「分かったよ。……じゃあ、部屋も借りれたことだし、そっちで話そうか」









 アルバがアイルークに用意した部屋に集まり、俺たちは会話を再会した。部屋を移動したのは、おそらくアルバの耳に入らないようにするためだろう。魔術師の思想と部族の宗教心は食い違うことが多い。それに……クリフが集めていた情報とアイルークの言葉が確かなら、あまり良い話ではない。

 テーブルに地図が広げられる。アイルークの魔術で印が光になって浮かび上がっている。


「ジオ・レイラインっていうのは、魔術師にとっては『力』の流れ。それが川のように流れている」


 アイルークは椅子に座ったまま、サーシャに視線を向ける。サーシャは頷いて地図を見つめた。

 大陸を横断するかのように流れる、黄色の光の線。ふと、ジオ・レイライン上にある地名を見つけてクリフが顔をあげる。


「あ、アンブロシアも入ってるんですね」


 俺はクリフが指差した地点に視線を向けた。


「ああ。ジジイの家で見ただろ。ナラカ」


 ファーレンの屋敷は精霊の世界から流れ込む力を利用する為に、あの場所に建てられた。実際に俺たちはあの屋敷の地下に下りて、ナラカの接触点ギリギリまで探索している。

 アイルークは納得したような顔で俺を見た。


「ああ、お前が爺さんの屋敷ぶっ壊したってあれか」


 あれは俺がぶっ壊したんじゃなくて、ジジイの罠だっ。握り拳を作る俺をクリフが宥める。その様子を笑いながら、アイルークは地図を見た。


「ナラカを見たなら話は早い。ジオ・レイラインっていうのは、あちら側との接点のようなものだよ。リリィ達が見たのはその一部でしかない」

「……あちら側、というのは精霊の世界ということですか」


 サーシャが口を挟んできた。魔術に関しては苦手だと言っているが、今回は珍しく興味を持ったらしい。アイルークは優男の笑みで頷くと、両手の掌を天井に向けてみせる。

 俺は地図上にうつるアイルークの影を見つめながら、ふとジジイの言葉を思い出した。そういや、ジジイも同じようにしてガキ共に教えてたな。


「……こちらとあちらは常に天秤の上にある。二つは常に均衡を保っていなければいけない。どちらかが力を持つ事は許されない」


 天秤は傾きを敏感に察知する。そして釣り合いを取ろうとする。重りを減らすか、増やすかは人の知るところではない。

 そろそろ理解に苦しみ始めたクリフが頭を抱えている。そりゃそうだ、ここら辺は俺たちでも未だにあやふやな奴が多い。実際、全てが分かってるわけでもないからな。


「ジオ・レイラインはあちらの世界と距離が近い。その分だけ、影響が大きい」

「……少し、いいですか」


 サーシャが片手をあげる。


「天秤の話は理解出来るのですが、この世界と精霊の世界では違いが大きすぎるのではないですか」


 たしかに、サーシャの言いたいことは分かる。人間と精霊。それだけでも違いがあるのに、その世界を計りにかけるのは無理があるように思える。

 俺はテーブルに肘をついて地図上の光を見つめながら言う。


「まぁな。でも実際、メリットとデメリットを並べたら変わらねぇんだよ。……精霊は死んでも精霊に生まれ変われる。人間は死んだら土に帰るだけだろ?重りは同じだ」

「常識が違えど、世界の価値は同じ……ということですか」


 サーシャの言葉にアイルークが頷く。俺は既に混乱している様子のクリフの頭を一発ひっぱたいてやった。


「そうだね。じゃあ、話を戻そう。……ジオ・レイラインは影響を受けやすいっていったけど、どうゆう影響が出ているのか」


 頭を叩かれたクリフが、地図に視線を向ける。クリフがつけた印は全てジオ・レイラインの流れの中だ。それ以外の場所には印がつけられていない。

 パッと顔をあげたクリフが、アイルークを見る。


「も、もしかして、最近起っている集落や街の消失事件って……!」

「ご名答。……あとは?」


 アイルークが俺に視線を向けてきた。俺はクリフの印をなぞる紫の光を見つめる。順番が前後しているからはっきりとは言えないが、まずこう考えて間違いはない。


「……アラセリは、消失のあった場所か、これから消失が起きる場所を回ってる」


 なんのためかは分からない。それでもこの情報を照らし合わせて見えてくるのはそれくらいだ。結局、確かなことはアラセリを見つけ出すまで分からない。

 脳裏に昔の記憶が過る。記憶の中でも、アラセリの顔はぼんやりとしか浮かんでこなかった。









 遠い霞の向こうで、子供達が集まっている。指をさして見ているのは集落の入り口にある一本の木だった。俺たちが生まれるより前から住み着いている鳥が、どうやら今年も卵を孵したらしい。

 その中央にいるのはいつものようにアイルークで、俺はそれを自分の家の窓から眺めていた。

 どうやらそいつらはヒナを見たいようだった。数人の子供達が仲間を背負って木の上を眺めるが、巣が上にあってヒナの頭は見えない。勿論遠くにいる俺からも、その姿は見えなかった。


「ここからじゃ見えないよ……」

「じゃあ、登ってみようよ」


 そんな声がちらほらと聞こえてきた。窓枠に肘をついていた俺は、その声にハッと立ち上がる。あの木は枝が細くて、ガキがよじ登るには危険だった。

 数人のやつらが木に足をかける。


「……っ」


 今思えば、どうして俺が止めに入ろうとしたのかは分からない。その木があるのが俺の家の目の前だったからかもしれないし、家の前で大怪我されるのが嫌だったからかもしれない。

 俺はバタバタと音を立てて部屋から飛び出した。扉を開け放したまま階段へ、そして階段を下り玄関へ。そして玄関を開けた瞬間、嫌な音と共にガキの悲鳴が聞こえてきた。

 誰かが落ちたのか。俺は一瞬足を止めたが、すぐにまた木に向かって駆け出した。ガキどもは言葉を失ったように地面を見下ろしている。


「な……何っ?」


 俺は駆け寄っていって、ガキの一人に問いかけた。すると言葉を失っていた奴らがふと我に返って、青ざめた顔で木に背を向ける。


「お……俺、しーらない」


 誰かがそう言った。するとまるでそいつを真似るように、何人かがそう言ってそろそろと歩き出す。ヒソヒソと口元を隠して何かを呟きながら逃げていく。

 パラパラと散っていく子供達。ようやく俺は事態を把握する。子供達の中心には、巣の残骸が落ちていた。そして、隣には地面に叩き付けられた茶色の翼……。


「……」


 俺はじっとそれを見ていた。特にこの鳥やヒナに対して愛着は持っていなかったが、毎年家の前で巣作りしていた鳥だ。苛立ちとも悲しみともつかない感情が胸の中にせりあがってきた。

 ふと、死骸を見つめていた俺の視界に、一人のガキが割り込んできた。去っていく子供達と反対に、落ちた巣へと近づいていく。そいつは無惨に死んだヒナをためらいなく両手で持ち上げると、木の根もとへと持っていく。


「……何、してるんだよ」


 俺はそいつに問いかける。自分でも情けないほど震えた声だった。

 そいつは横顔のまま呟く。


「このままだと……かわいそう。だから……」


 左手でヒナの死骸を持ち、右手で砂をかく。小さい手が土に汚れていく。俺はしばらくそれを見ていたが、途中で大きくため息をついた。

 そしてそいつの反対側に座ると、地面を掘るのを手伝う。


「片手でほってたら時間かかるだろ」

「うん。……ありがと」


 頷きながらも、そいつはヒナを離さなかった。俺たちは地面に落ちた巣と同じくらいの穴を掘り、そこにヒナの死骸を埋める。死骸の上に土をかけながら、苦しいだろうなと、そんなことを思った。人間は棺桶に入って埋められるのに、動物はそうじゃない。

 そいつは土をかけながら、消え入りそうな小さな声で言った。


「この子は……きっと、土にかえって、木の栄養になるんだよ」


 俺はそいつの顔を見て、手元に視線を戻す。間違ってはいないが、魔術師の子供としては珍しい考えだった。勿論、ジジイの屋敷から植物の本ばっかり借りて読んでいた俺も例外ではないが。

 満足そうなそいつの表情に、俺は口を尖らせる。


「そんなの、ずっと先だ」


 そいつは目をぱちくりさせて、そして今度は上を見上げる。まだ親鳥は帰ってこない。また、次も巣を作ってくれるだろうか。そう思いながら俺も揺れる木々を見つめる。


「この子は栄養になって……木はもっとのびて大きくなるから。……また巣をつくってくれるよ」


 細く、土に汚れた右手を伸ばし、アラセリがそう言って微笑む。俺は立ち上がって空を見た。遠く地平線の彼方を横切る親鳥の姿。

 巣をなくした木の上を風が通っていった。


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