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過去の精霊  作者: 由城 要
第1部 Marginal man story
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19/55

第4章 2


 今、この状況をお前はどう思う。栄枯盛衰、盛者必衰とはよく言うではないか。眠らない太陽のように栄えていたトゥアスでさえ、最後があった。ならばこの国もまた、この長き歴史を変える時期なのだ。

 お前はその剣に何を誓う。





  - 忠誠者 -





 夜の気配を感じながら、僕は数ヶ月ぶりに一族のもとへ戻った。ゲイツ一族の大半は都に暮らしているが、未だに砂漠で生活を続ける者達がいる。むしろこちらが一族の中心と呼ぶべき場所で、年に一、二度一族の中で選ばれた者達が集まることもある。

 馬から下りて、集落の前にある柵に手綱を繋いだ。そして辺りを見回す。一年中移動して歩くルヴァやメティスカと違い、僕らは集落を持っている。砂漠のオアシスの近くに住み、都ほどではないけれど家と呼べるくらいの建物がならんでいる。


「……」


 馬の背中を撫でて辺りを見回す。思えば久々の帰郷だ。テレジア達にはよく暇を出していたけれど、僕自身がこうやって一族のところに戻るのは数ヶ月ぶり。まぁ、それも一族のわりと自由な風習のおかげといってもいいけれど……。

 空を見上げると、どうやら随分日が暮れてしまったようだった。月が煌煌と辺りを照らしている。人気もなく静かだ。


「さて、と……」


 僕は自分の家を持っていない。城に部屋を用意してもらっているから、此処には寝泊まりする場所がなかった。だから今日は、僕の兄の家で一泊する予定を立てている。

 兄の家は中央を真っ直ぐに区切る通りの先だ。そちらへと歩き出そうとした瞬間、背後に誰かの気配を感じる。ふと振り返ると、集落の入り口に人の影があった。


「……フリッツか」


 月の光に照らされて、壮年の女性が立っている。僕は眉根を寄せて彼女を見た。


「ああ。……お久しぶりです」

「久しぶり、という割には、あまり良い顔じゃないな」


 茶色の髪を三つ編みに結い、顔の右側から右手にかけて火傷の痕がある。腰には二本の剣を携えていた。

 彼女の名はブルネラ・スヴェン。年齢は36歳。ゲイツ一族の人間だが、集落にも街にも暮らさず、砂漠を転々としている。……城の調書にはそう書かれている。

 ブルネラはゆっくりと僕の馬に歩み寄ると、その鼻先を撫でながら呟いた。


「……良い馬だな。メティスカからもらったのか」

「……メティスカから城に献上されたものですが、陛下から軍が使用するようにと」


 柵を挟んで反対側から、ブルネラはこちらを見た。火傷の痕がある方の目は開かないらしく、片目が僕を見つめている。


「陛下はどうしている」

「……。……毎日国務と勉強に追われていますが、何か」


 会話をしながらも、僕は神経を尖らせていた。ブルネラ・スヴェン。国の調書にも名前が載る、重要人物。

 数年前の戦争で、アクロス襲撃の後に都の一部の人間がアクロス側に寝返っていたことが分かった。勿論当時は過激な宰相派の仕業と思っていたけれど、どうやらそこには裏があったらしい。

 捕えられた宰相派の一部の証言によれば、襲撃に加担した者達が別にいる、と。それが誰かははっきりしていないが、部下に調べさせた調書で真っ先に名が挙がったのが、彼女だった。

 確かに、この集落にいた頃からあまり良い噂を聞かない人物だ。


「ククッ……どうした、フリッツ。陛下の補佐にしては、随分愛想のない返答だな」

「残念ながら今日は休みをいただいたので……仕事以外で愛想を振りまくほど出来た人間ではありませんよ」


 僕は顔を顰めた。彼女は立ち回りが上手い。疑いの目を向けられても証拠が残らないように、頭を使う人間だ。だからこそ、国も彼女を捕まえることが出来ない。

 ブルネラは僕を見ると、口角を上げた。


「とうとう陛下に飽きられたか。……それともお前が飽きたのか」

「……どうゆう意味ですか」


 馬の鼻を撫でるブルネラに、僕は少し苛立った口調で問いかける。彼女と会話をするのは初めてではない。初めて出会ったのは……そう、十数年前のあの日。

 ブルネラは青い瞳をこちらへ向ける。目を細めながら、彼女は呟いた。


「お前も素直になったらどうだ。あの時のように……」

「いつのことか覚えていませんね」


 僕は馬から離れ、集落の道を歩き出した。ブルネラは柵に腰を下ろすと、僕の背中を見つめながら言う。


「お前はこんなところで満足する器ではないだろう?かつて……そう、ゲイツの戦士という肩書きを捨て、族長に成り上がったあの日から」


 無視をしようとしていたが、足が止まる。相手は挑発している。ここでそれに乗ってはいけない。

 しかしブルネラは片方の目で僕をせせら笑う。


「お前が此処に戻らないのは忙しいせいではないだろう?お前は戻ることを極力避けていた。……贖罪のために」


 僕は振り返った。ブルネラの青い瞳が僕を射る。胸の奥から膨れ上がってくる怒りをため息と共に押し流し、僕は軽く会釈した。


「……お話は今度、お時間があるときに。ブルネラ・スヴェン」

「ククッ。つまらん男だ」


 ブルネラを無視して歩み出す。背中を撫でる風が生暖かく、不愉快な感覚にさせられる。平常心を保つには暑過ぎる夜。それもこれも、全てがあの日に酷似しているせいだろう。

 見上げた月が、丸く大きい。





☆





 テント状の仮設住居は外から見た事はあっても、中を見たのは初めてだった。辺りを見回す私とは対照的に、目の前に座っているテレジアさんは床を叩いた。

 私達を取り囲むように、老人達が座っている。円形の住居のため、客人を取り囲む形になってしまうらしい。私はなかなか決まらない交渉を見やる。


「だーかーら!オジジ達の言う事は分かてるのん。アタシはこの女を代わりに出すと言てるね!!」


 老人達は口が重く、判断も鈍い。それでいてテレジアさんをどうにかして結婚させたいという意識からか、なかなか首を縦に振らなかった。随分強引な条件を簡単にのむとは思っていないが。

 テレジアさんが私の顔を指差す。老人達の視線がチラチラとこちらを見ている。私はため息をつくと、立ち上がった。天井が低いこの住居では、私でも頭をぶつけてしまいそうだ。


「お話は分かりました」


 視線がこちらに集まった。私はゆっくりと老爺達を見回した上で言う。


「テレジアさんはこの婚儀、自分が相手をするまでもないと述べています。それに族長の立場を利用した今回の件、国王陛下から直々に注意をいただく事もできますが」


 私の言葉にテレジアさんが目を見開いた。国王陛下の四文字はこの交渉ではタブー。勿論、それは理解している。

 口を開く彼女を制し、私は笑ってみせる。悪い笑みという顔で。


「……それとも、ルヴァの一族はたかが一人の小娘にも敵わない腰抜けですか?」

「!」


 目を細める。老人達の目の色が変わった。やはり年老いても戦士という誇りは衰えないらしい。

 私達の正面に座っていた老人が咳払い一つして口を開いた。喋る言葉は訛りが酷く私には理解できない。しかしテレジアさんは真剣な顔でその言葉に頷く。


「アタシは文句言わないね。……この女に賭ける」


 老人は長い髭をひと撫ですると、周りの者達に視線を向けた。どうやら交渉は上手くいったらしい。私はそのまま簡易住居を出ていく。テレジアさんも老人達に頭を下げ、私の後ろに続いた。

 外はのどかな風景だった。砂漠に味気のない住居が並んでいる。羊が横切り、その後ろを子供が一人通っていった。

 私は足を止めると、空を見上げる。日が暮れる前に都に戻った方が良いだろう。馬に向かって歩み出すと、後ろからテレジアさんが苛立った様子で追いかけてくる。


「ちょっ……どうゆうつもりね!陛下の名前、簡単に出さないでほしいのん!!」

「交渉のためです」


 一族内のことは王族であろうとタブー。それは勿論知っていた。私はテレジアさんを見て、そして肩を竦めてみせた。


「それにしても……随分信頼していただいているようですね」


 三大戦士にも国王にも、私が不老不死という話は伏せてある。もちろんそれを知っているならば婚儀で私が負けることはあり得ない。しかし、彼らはそれを知らない。

 テレジアさんは皮肉を聞いたような顔で、苦々しく吐き捨てる。


「別にお前を信頼してるわけじゃないのん。姐さんの意見を信頼してるだけね!」

「フッ……そうですか」


 私は笑って馬の手綱に手を伸ばした。しっかりとくくり付けた縄をほどこうとしていたとき、向こうから人が歩いてくるのが見えた。影は3つ。テレジアさんの表情が僅かに曇った。

 一人はルヴァの男、そして残りの二人は旅人のようだった。ルヴァの男はジャン・ユサクに負けず劣らずの体格で、褐色の肌のいたる所に傷跡が目立っていた。黒髪に豹のような瞳。歴戦の戦士という風貌。握られた槍が細く見える。


「……ライムント」


 テレジアさんが呟いた。やはり、と私は心の中でひとりごちる。ジャンさんと引き分けたという話も頷ける。

 我々の視線に気付いたのか、ライムントがこちらに近づいてきた。テレジアさんは一歩前に出て相手を見上げる。


「……久々のん。機嫌はどうね、ライムント」

「そちらはあまり機嫌が良くないようだが?」


 思ったよりも訛りの少ない口調だった。鋭い瞳が私へと向けられる。テレジアさんは横目で私を見ると、口を開いた。


「……今度の婚儀、この女が代わりをするね」

「ほう」


 ライムントは多くを聞かなかった。おそらくテレジアさんが今回の結婚に反対しているのを知っているのだろう。私は彼の目を見返す。結婚相手と聞いているが、テレジアさん同様、あまり婚儀に執着はないらしい。歳もテレジアさんとは10歳近く離れているようだった。


「テレジアには悪いが、今回の件、私の名誉にも関わることなのでな。手は抜かない」


 私は鼻で笑った。そんなことだろうと思った。女性に負けた者は今までいないというのだから、おそらく相手も負けられないだろう。


「お手柔らかに」

「本当にそうのん。……で、そちらさんは誰ね」


 テレジアさんはそう言うと、ライムントの後ろにいる二人組に視線を向けた。

 旅人らしき風貌の男女。男は癖のある髪を肩まで伸ばし、顔の脇の髪以外は後ろで結っている。ロングコートに剣を携えていた。女は黒髪の長髪に色白の肌。瞳が黒真珠のような光を放っている。


「学者連合の人間だそうだ。陛下から了承を得て周辺の調査をしている」


 ライムントの紹介に、先に口を開いたのは男だった。


「へぇ……これは絶世の美人に出会っちまったな。連れがいなきゃ口説き落としてるところだ。……おっと失礼。俺は学者連合のサク・クロヴァーラ」


 よろしく、と右手を差し出される。私は差し出された手と男を見つめた。学者連合。最近噂に聞く、学者を自称する者たちの団体。知を失ったこの世界でその名は異様だった。

 差し出された手を握り返し、私は男を品定めするように見つめる。


「……サーシャ・レヴィアスと申します」


 口は軽そうだが、隙がない。私は男の瞳の奥を見つめながら心の中で呟いた。ヘラヘラと笑っているものの、何処か相手に対する警戒心が透けて見える。そして握手を交わした瞬間の感覚。手のマメが、単なる学者ではないことを物語っている。

 私は視線を隣の女に移した。男と対照的に無表情な女は、私の顔をじっと見つめている。無言の女に気付いて、サクと名乗った男は慌てたように彼女の背中を叩いた。


「ああ、こっちは……おい、何してるんだ、挨拶くらいしとけ」

「……シエルラ。シエルラ・サンタクルス」

「どうも」


 シエルラもまた、片手を差し出してきた。私もサクのときと同じ要領でその手に触れる。しかし指先が触れた瞬間、僅かにその手が震えた。


「!」


 僅かにシエルラが目を見開く。私は首を傾げた。しかし彼女は私から目をそらし、手を離す。

 シエルラの様子にサクは僅かに眉を顰めたが、すぐにライムントの背中を叩いた。


「さてと、じゃあ次の所に案内を。……それじゃあ、また」


 にっこりと笑って去っていくサク。ライムントとシエルラもそれに続いた。テレジアさんは三人の影が遠くなっていくのを見送り、そして私を振り返る。


「……アタシ達も都に戻るね」


 背中を叩かれ、私は頷く。そして右手を見つめた。握りしめ、そして開く。先ほどの彼女の表情は何だったのか。

 馬に乗ったテレジアさんに呼ばれ、私は去っていく影に背を向ける。手綱をほどき、馬に乗ると日が傾き始めたことに気付いた。

 右手を握りしめながら、馬の腹を蹴る。砂漠の風が私を舐めるようにして通り過ぎていった。


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