フラッシュバックタイム
これは私の新しいシリーズです。私はこのシリーズを私の新しい作品として制作しています。
『ファンタジーという名の夢』
魔法と魔法生物に満ちた世界で暮らすことを、誰もが人生で一度は夢見るものだ。現実世界のあらゆるストレスから解放され、何ひとつ心配することなく、自由に生きられる世界。魔法を学び、ほうきに乗って学校へ通い、壮大な冒険へと旅立つ――ファンタジーの世界で誰もが送るはずの、そんな暮らし。
僕の名東ゆうすけ。どこにでもいる普通の学生だ。
「どんな気分なんだろうな……」
これこそが、僕の人生最大の過ちだった。ファンタジーの世界が、何ひとつ悩みのない気楽な場所だなんて信じていたことが。実際のところ、そこは現実世界よりも二倍は泥臭く努力しなければならない場所だったのだ。
僕はベッドに体を投げ出し、一冊の本をぎゅっと握りしめた。
「なんでこの本、ちっとも流行らなかったんだろう」
『フソフオル』。それがこの本のタイトルであり、僕が誰にでも自信を持って勧められる最高の名作だ。
「この本は本当に……ファンタジー世界の現実ってやつを教えてくれた」
これほど物語を楽しんでいるというのに、悲しいかな、僕は誰かにこの本を勧めることも、レビューを書くことも、作者に感謝の気持ちを届けることもできない。その理由を知るには、少しばかり時間を過去へと巻き戻す必要がある。
◇
「あーあ……今日はマンガやDVDを買うのはやめとくか。たまには、ちゃんとした活字の文学でも読みたい気分だしな」
僕は近所にある地元の小さな本屋、"三省堂書店"へと向かっていた。
「最近の異世界モノには正直うんざりなんだよ。どれもこれも使い古された設定ばかりだ。おまけに、主人公たちが揃いも揃って最初からチートすぎて、どんな問題も一瞬で解決しちまう。キャラクターに人間味ってものがまるでないんだよな」
僕は独り言をブツブツと呟く。
まったく、もどかしい限りだ。今や外国人の方が、地元の人間よりも日本のマンガやラノベのシリーズに金を使い、熱心に追いかけている。神に誓ってもいいが、最近の外国人は僕たち日本人よりも作品事情に詳しいくらいだ。
だが、つくづく僕には運がない。
書店の前にたどり着いたときには、シャッターが完全に下りていた。店は閉まっていたのだ。
「今日って日曜日じゃん……。俺、何やってんだろ」
自分の運の悪さを呪った。せっかくここまで歩いてきたのに、目的の本屋が閉まっていたせいで、すべてがただの時間無駄になってしまった。
「あの、もしもし」
背後から、しとやかな女性の声がした。
振り返る。
そこに立っていたのは、20代後半くらいに見える女性だった。手には一冊の本を抱えている。
「あ、はい? 何か御用でしょうか」
僕は目をパチクリさせながら尋ねた。
「何か読むものを探して、わざわざここまでいらしたのを見かけまして。もしよろしければ、この本を買っていただけませんか?」
彼女が差し出してきたその本は、最近のトレンドとはかけ離れて、いかにも時代遅れに見えた。表紙はグラフィックアートやイラストの類が一切ない、色褪せた無地の茶色。前面には、太く重々しい書体でタイトルが刻まれている。
「『フソフオル』? これ、どういう意味ですか?」
僕が尋ねると、彼女は静かに首を振った。
「それが……私にも分からないのです」
「は? ええっ? 売り込んできといて、自分でも中身を知らないってことですか?」
僕は怪訝そうに眉をひそめた。
失礼な態度を取るつもりはなかったが、余計なお世話だと思わざるを得ない。第一印象からして、彼女は自分が何を売ろうとしているのかすら分かっていないようだった。しごく奇妙な話だ。
「この本は、私の祖父である滝屋敷 湯野が書いたものです。数ヶ月前、祖父は心臓発作で急に他界してしまいまして……。それで、祖父の生前の思い出として、彼が最も大切にしていた作品を売っているのです。悲しいことに、これが世界にたった一冊しか残っていないオリジナルなのですが」
健気で、とても心優しい話だとは思う。けれど、だからといって僕がこれを買う理由にはならない。地味な表紙とこの奇妙なタイトルからして、どうせ中身は支離滅裂な駄作に違いないし、そんなガラクタに高い大金をふっかけられるのがオチだ。
「もしこの本を買っていただけるなら、私たちも本当に救われますし、天国の祖父もきっと喜んでくれると思うのです」
「お気持ちは分かりますけど、さすがにそれは――」
「たったの、25円で結構ですから」
……は? 25円!?
安すぎる、いくらなんでも安すぎるだろ! 逆に怪しさが跳ね上がった。なんで世界に一冊しかない完全オリジナルの原稿を、駄菓子一個ぶんにも満たないような値段で手放そうとするんだ?
「お願いです……どうか引き取ってください」
「……分かりました。いただきます」
◇
と、回想はここまでだ。
あの日に本を買って以来、僕はすっかりその物語の虜になり、今やこの作品の熱狂的な大ファンになっていた。
ストーリーは、"アクリヴ"という――女の子にしてはかなり風変わりな名前の――主人公が、ただ世界を旅するというものだ。"たったそれだけ?"と思うかもしれない。
そうだ、たったそれだけだ。だが、それこそが僕を夢中にさせた理由だった。といったありきたりな綺麗事も、復讐劇も、ドロドロした過去の因縁もない。ただ作者が、アクリヴという少女の目を通して、広大なファンタジー世界をありのままに描いていく。そんな物語なのだ。
「本当に面白かったな」
僕はパタンと表紙を閉じた。この素晴らしい小説を読み終えるのに、丸々3ヶ月もかかってしまった。
「『フソフオル』の世界は、なんて素敵なんだろう」
読み始めた当初は、独特の独特な言い回しや言語表現に戸惑いもした。けれど、そのすべてが新鮮で、胸に染み渡るようだった。ページの中に吸い込まれて、本当にそこで生きてみたいと思わせる魅力がある。それはまるで、いつか青いネコ型のロボットが未来の道具を持って助けに来てくれると信じて疑わなかった、あの無邪気な子供時代の記憶を呼び覚まされるようだった。いつか、こんな世界で行きていけたらいいのに。
「本当に、美しい世界だったな」
あそこで暮らせたら、どんなにいいだろう。
「現実も……こんな風に刺激的で、どんでん返しがあって、素晴らしい世界だったらよかったのに」
そんな言葉が口をついて出た。自分が心から切望している景色を、この手にしたいと願わずにはいられない。
思春期の真っ只中で、あらゆることにストレスを感じ、葛藤しているティーンエイジャーにとって……ファンタジーの世界はこれ以上ない究極の逃避避難所だ。大人だろうと子供だろうと関係ない。誰だって、たまには過酷な現実から離れて一息つきたい夜がある。
「おやすみ、世界。今日もなんとか生き延びたよ」
僕は目を閉じ、明日という退屈な日常に備えた。どうせまた目が覚めれば、学校へ行って普通に暮らすという、いつも通りの繰り返しの毎日が始まるのだ。
「ちょっと! 起きなさいってば!」
……ん? 気のせいだろうか。誰かが僕の耳元で、直接怒鳴っているような声が聞こえる。
「あと10分だけ……お願い、父さん……」
眠気に襲われながら、声のする方へとモゴモゴと呟き返す。
――いや、待てよ。
僕は数日前に、実家を出て一人暮らしを始めたばかりのはずだ。
その瞬間、僕の目は完全に覚醒した。
この章をお読みいただき、ありがとうございました!SodaKun Out ☆!




