再会は、スープの湯気の中で
読みに来て下さって、ありがとうございます。
まったく、この町の騎士は料理人達に何を言ったのやら。困ったもんです。
調理場は、惨状になっていた。床にひっくり返った鍋から流れたスープ、割れた皿、フライパンの中で焦げているソーセージ。
その側で、喧々囂々と責任を擦り付け合うデカい男達。
「取り敢えず、掃除だな」
マイクは、フライパンの中の黒焦げソーセージをゴミ箱に捨てながら、そう言った。
班長さんは、怒鳴り合いをしている男達の頭の天辺に拳骨を食らわして、その場を収めた。
「掃除は、私に任せて。『分解洗浄』」
床一面に溢れた上に男達に踏まれて、ぐちゃぐちゃになったスープの具はどうしようもないので、分解して消えてもらい、床は水魔法で清められた。
「おぅ!スゴいな。キレイになったな。便利だな、その魔術。次は、鍋とフライパンの焦げを落とさないと、料理ができねぇ。
騎士さん達、ここの料理人達に謝って帰ってきて貰っても、あんた達がやった、この惨状を見たら、再び料理人達に逃げられるぞ」
マイクの言葉を聞いて、騎士達は、しゅんとなって萎れてしまった。
「料理なんて、簡単だと思ってたんだがな。切って、焼いたり、鍋で煮込めばいいだけだと思ってたんだが。どうも、上手くいかない」
オルツァーさんと違い、ここの騎士団の人達は野営に慣れてないのか、料理の経験が無いみたいね。
萎れた騎士達を前に、マイクの鋭い眼光が走った。憤慨した表情のマイクは、彼らに比べると明らかに小さな身体を大きく見せる様にふんぞり返り、彼らを睨み付けた。
「料理を、なめんじゃねえ。何でも適当にやってたら、出来るってもんじゃねえぞ。騎士様達も、修行を積んで騎士になったんだろう?料理人だって同じだ。上手くなる迄には、勉強と練習が必要なんだよ。
ほら、今日は俺が手伝ってやるから、しっかり俺から学べ」
「料理人達の為に、私が鍋をキレイにしてあげるよ」
料理人達が帰って来て、この鍋類を見たら泣いちゃうかも知れない。それくらい、フライパンや鍋達は焦げついて駄目になっていた。
『研磨洗浄』
分解では落としきれなかった鍋やフライパンの焦げは、魔術で水で洗いつつ研磨してピカピカにしておく。
まあ、このままでは、美味しい料理も作れないからね。
一体全体、何を言って料理人達や清掃雑務の人達全員を怒らせたのか知らないが、彼女達が帰って来た時に、少しでも気持ち良く仕事を始めれる様にしておいてあげたい。
私達は騎士達の罰当番エプロンなるものを借りて、料理を始めた。規則違反をすると、厨房の掃除を手伝わされる事があるらしい。
大きな騎士達を率いて、マイクは包丁を手にした。
「ああ。包丁は、ちゃんと研いであるんだ。良かった。包丁は料理人の命だからな」
「坊主、俺達だって同じだ。剣は俺達の命だからな。大事に……ああ、そうか。皆、同じだよな。だから、皆が怒ったんだ。
どの職業も、各々に大事なモノがあって、誇りがあって、一生懸命その仕事をしてるもんな。それを馬鹿にしたら、そりゃあ怒るよな」
オーロと呼ばれた騎士が、マイクの言葉に、何か納得した様に頷いた。
マイクは、自ら包丁を握って、騎士達に手本を見せつつ、皮の剥き方、切り方を指導していった。
「いいか、母ちゃんが言ってたけど、野菜や肉は、各々火の通る時間が違うんだ。火が通りにくいモノから入れるんだ」
騎士達の切った肉や野菜を使って、マイクは肉や野菜の炒め物の指導を、私はシチューの作り方を指導した。彼等は、料理人達の苦労を知るべきだったし、私達は、オルツァーさんが来たらここから去るんだもの。
後は自力でやってもらわないとね。
「どうなる事かと思ったけど、まともな料理が出来て良かったよ」
皆が料理を習っている間に洗い物をしていた班長さんは、ホッとして微笑んだ。何だか、和む人よね。
「美味い!とは言えないけれど、これで皆が腹を壊す心配はなくなったな」
そう、班長さんの言う通り、出来上がった料理は美味しくも不味くもなかったけれど、普通に食べれる料理になった。
「及第点だな」
ニヤニヤとマイクは笑って、私と班長さんは苦笑いをして夕食を食べた。
味見もちゃんとさせて、騎士達は料理をしたのだけれど、彼等は、どうやらちょっと味音痴らしい。
「『人間には、向き不向きがある』って、母ちゃんが言ってたぞ。こればかりは、しょうがないよな」
確かにマイクの言う通りよね。
このまま料理人達が帰って来ない様だったら、私のスープストックを売り付けても良いかも。それはそれで、商売繁盛よね。
私は、班長さんの許可をもらって、自作のスープストックを入れに調理場にとって返した。
劇的に美味しくなったシチューは皆に好評で、騎士達は順番に料理は習うが、私のスープストックだけは使用する事になった。
「一品位、美味いモノを食わんと、料理人だけじゃなくて、騎士達も辞めてしまいそうだからな」
班長さんの言う事は、至極もっともよね。
ただオルツァーさんを待っているだけでは暇な私とマイクは、翌日は、朝から非番の騎士達を手伝って掃除や洗濯の指導もし、結構楽しくやっていた。
まあ、オルツァーさんも忙しいだろうから、すぐには迎えに来れないだろうし、しばらくここでゆっくりしておこう。
夕食のスープは、今日の料理当番である班長さんの好物だと言うトマトスープ。
作っていると、オルツァーさんを思い出した。そう言えば、オルツァーさんもトマトスープが好きなんだって言ってたよね。
オルツァーさんは、今頃、何をしてるのかな。こっちに来る用意をしてくれていると、いいな。
「ミネ、味見をしてくれないか?」
班長さんが差し出す小皿に口を付けて、味見をしていると、調理場のドアが大きな音を立てて開いた。
そこには、オルツァーさんが立って居て……って、早すぎない?昨日、連絡の早馬を砦に出したのよね。
息を切らしたオルツァーさんは、私をじっと見つめた。
オルツァーさんだ。オルツァーさんだ。オルツァーさんだ!
「オルツァーさん。ああ、良かった。皆が言うとおり、ちゃんと、怪我1つしてないんですよね。大丈夫ですよね?」
私は、何故か、泣きそうだった。何でだろう。ひょっとしたら、ちょっと泣いてしまっているのかも知れない。
手に持っていたお玉杓子を、私は握り締めた。
オルツァーさんが走り寄って、何故か私を抱き締めた。
そして、オルツァーさんのあの有能なお腹の虫が、盛大に音を立てた。
私は、ちょっぴり安心した。
いつものオルツァーさんだ。
うん。私の知っているオルツァーさんだ。
唐突で、デリカシーが無くって、何故かタイミングがスゴく良い、オルツァーさんだ。
「もうすぐご飯が出来上がりますから、取り敢えず、座って下さい。息が出来なくて苦しいです!離せ」
私は、ちょっとばかり暴れてみたけれど、いつもの通り、オルツァーさんは離れてくれなかった。
「ミネ、この騎士とえらく仲が良いんだな」
「あ、班長さんですか?ここに連れて来て下さって、しかも、それからずっとお世話になっていて、ありがたいです」
「ミネ、世の中には、可愛い少年が好きな男も居るからな。気を付けるんだぞ」
「そうですね。マイク君に変な虫が付かないか、気を付けてあげないと」
「気を付けるのは、俺じゃなくて、ミネだろ。砦の騎士様、あんたが一番危ない人っぽいぞ。いい加減、ミネから離れろ」
未だに無自覚な2人ですが、前半である《二人の出会い編》、もうちょっと続きます。
うん。30話で終わりそうにないですね。無理だわ~。




