友情、努力、勝利!
ロンギヌスが後方へと遅れて行って久しい。
声援のような花の合奏は、風がいつも通りに吹き出していることを示す。
高くなっているだろう太陽の光が、ひと際白く雲を輝かせている。
「さあ、赤の森が再び見えてきたよ!仕掛けるとしたらここらだという緊張感を隠そうともしないアリス!さあ行け!やれ行け!どんと行け!」
「あっという間だったわね。一杯の水が楽しみになってきたわ。」
出題者がハピィだけになっていき、ついには二人でのおしゃべりになっていたのだけれど、ここへきてハピィの実況熱が上がった。
アリスが飛び出せば、ハピィとも少しの間お別れだろう。
「よし!」
アリスの短い一言を合図に、シャカ、ジョイ、アリスが連なって速度を上げる。
先頭がシャカだからか、左側から私を抜いていく。
「怪我しないようにね。」
飛行具の制御を失って空から海に転落したとしても大した怪我をしないイシュの民に対し、無用の心配である。
それでも私は、みんなが無理をしないことを願う。
赤の森へと入って行く四人の後ろ姿を見ながら、私はいつもの速さで走り続ける。
ここからは、自分と向き合う時間だ。
初めて台地で一人になったとき、本来ならば不安になるはずだった。
知らない土地の、まだ獣道にしか見えないくらい細かった、白の道。
今でこそ、私を襲うような獣はいないことを知っているがゆえに、安心していられる。
思えば無謀な独走だったのだ。
自暴自棄になっていたのだろう。
孤児院のみんなを犠牲にし、リオナとラヴィの生存も信じていなかった。
首元の飾りを撫でながら、胸の奥で牙を剥く光景を思い出す。
「こればかりはまだキツイわね。」
瑠璃が最後に見た光景。
瑠璃を通して見た最後の光景。
私として見始めた頃には、外壁の外側の民衆が私を取り囲んでいた。
ぼそりと呟く私の目からは、涙が溢れ出していた。
この瞬間はいつも、私が存分に泣く時間になっていた。
◆
「リル先生、頑張って!」
シャカの声に視界が広がる。
アリスを引っ張るという仕事を終えて、休んでいる。
流れるままにしていた涙は、汗と混ざって目立たない。
私は笑顔を作ってシャカを置いていく。
「ええ?!もう来たの!?」
しばらく行くとジョイもまた、休んでいた。
もこもこした髪束の下、首筋に風を送っている。
追い風に乗って、少し速めだったのかもしれない。
私にとってのいつも通りというのは、厳密に言うとしんどさ基準なのだ。
「ちゃんとロンギヌスあたりに拾ってもらいなさいね。」
さすがに紫露が追い付くほど休む必要はないだろう。
最後尾がここを通るころには日が傾いているはずだ。
となると次に通るのはロンギヌスだ。
木陰を選んで整備されたような曲がりくねった道が続く。
おかげでアリスとハピィの姿はまだ捉えられない。
出迎えがどこかわからないけど、どこであっても曲がってすぐになりそうだ。
「ようこそ先生~っ!もうちょっとだよ~っ!」
水珠の木の上から声がする。
今日お出迎えしてくれる家族の一人、シャロンだ。
茶色い体毛に覆われ、口元の白さが目立つ。
私は手だけ振り返して挨拶し、目的地を目指す。
イシュの民は、人間に魔物の特徴が現れたような獣人である。
ヴィクトリアの娘であるアリスとルイーズは、当然ヴィクトリアと同じ獣の特徴を持つ。
おそらく、父親はルイスだからだ。
血に宿る願いの魔法の作用で、人間との交配が可能なのだと言われている。
では、ガン・イシュではどうか。
イシュの民同士でつがいになるはずで、子を残すことができている。
合わせなどのために交流があり、様々な特徴のイシュの民が交わる。
子は、親のどちらかの特徴を引き継ぐ。
同じ親同士からは、原則決まった方の特徴しか現れない。
両親と子が暮らすという人間の家族とは異なり、同じ獣の特徴を持つ家族の一員となるという。
ゆえに、両親は別々に暮らしており、赤の森に半定住する者たちは、定期的に集まる際などに親子が再会するのだ。
ここでは家という概念は、場所ではなく獣の特徴を基準とするのだ。
私はそっと、合わせの硬貨を撫でる。
原則に対して例外は存在する。
リオナの家族は特殊だったという。
それは、リオナが先祖返りで両親のどちらの特徴も持たなかったからである。
リオナが私を求めたのは、幼い頃に私が飴玉を渡したからだ。
元はセバスの育児嚢から出て来たお手製の飴玉だ。
合わせで作られるものの中に、飴玉のようなものもある。
お土産として持ち帰ったとき、セバスが大喜びしていた。
単なる偶然かもしれないが、セバスの先祖はガン・イシュにいたことがあるのかもしれない。
リオナは、自分と同じ特徴を持つ私と、家族になろうとしてくれていたのかもしれない。
「さあ、後ろからすごい速さでリルが追い上げてくる!対するアリスは限界が近そうだ!」
アリスと並走するハピィの実況が聞こえて来る。
これはもう、アリスの勝ちだ。
背中がたくさんの棘で覆われたイシュの民が、白い道の脇で手を振っているのだ。
転倒でもしない限り、あそこまでにアリスに追い付くのは不可能だ。
「ついに勝った!友情、努力、そして勝利だ!」
仰向けに倒れるアリスの周りをくるくると回りながら、ハピィが勝利を讃えている。
「負けてしまったわ。頑張ったわね、アリス。おめでとう。」
私は足を緩め、ハピィの後ろを追い掛けるようにアリスの頑張りを褒める。
急に止まったり、仰向けに倒れるようなことをしないのは、私が弱いからだ。
すぐに走り出せるように。
自暴自棄になっていたと評している時期でさえ、やっていた。
死んでもいいと思いながら未知の森を独走したくせに、死にたくないという行動を取っていたのだ。
◆
「え?勝ったの!?」
「作戦その二、大成功だね!」
「おめでとう、アリス。」
遅れて来たジョイとシャカに続き、ロンギヌスがアリスの勝ちを称賛する。
「次は作戦なしでリル先生に勝ちたいな。リル先生が積み上げたものの凄さがわかったもん。」
「素晴らしい向上心ね。ところで、作戦その二ってどんなのだったのかしら。ハピィが私に話し掛け続けるのは今に始まったことではないでしょうに。」
話せる速さで走るのと、実際に話しながら走るのとでは、消耗度合いは劇的に異なる。
合わせ選びの効果がどれくらいかわからないが、そうなると思い当たることはハピィくらいしかないのだ。
「え、縦に走ってたでしょ。」
「うん、この三人で風除けになって、アリスの脚を温存したんだよ。」
「え、そんなことで効果があるのかしら。」
アリスは私を慕って後ろを走っていたのではなくて?
「アリスは私を慕って後ろを走っていたのではなくて?」
つい、本音がこぼれる。
ひょっとして、私はとっても自惚れ屋なのではないだろうか。
「ううん。リル先生の後ろを走りたいのが最初。慕ってるのは間違いないよ。だから勝ちたいんだもん。」
そうよね。
私だもの。
少し。
そう、少しだけ焦ったわ。
「勝負だとしたら、私はハピィには勝てないわよ。速さもばらばらだし、ずっと喋ってるし、何なら最後、後ろ向きに走っていたじゃない。私は、これからも私のために走るわ。」
「はっはっは!まあ、ハピィ姉さんはすごいからね!」
いつも先頭だから、風除けの効果なんて知らなかった。
今日、アリスの勝利条件が更新された。
続けて行けば、話しながら隣を走るアリスも夢ではないかもしれない。




