走り出しは賑やかに
「お姉ちゃん、頑張ってね!」
出発時の「無理はしない」という宣言どおり、ルイーズとはここでお別れだ。
私も引き返す一団との挨拶を済ませ、走り出す準備は整っている。
「じゃあ、作戦通りいくよ。」
「リル先生、よろしく!」
次の区間だけ参加する、ジョイとシャカ。
アリスと作戦を共有し、私への挑戦を宣言する。
「いいねいいね、みんなお顔が凛々しいね!それじゃ、あげぽよで行ってみよ~っ!」
瑠璃語を交えながら、高らかに走り出しを宣言するのはハピィ。
それを合図にするという約束も何もなかったが、私は素直に走り出す。
半身で後ろを向きながら、大きく手を振り続ける。
「お~っと、さっそく激しいアタック合戦が勃発!さすがのハピィ姉さんも、これには追い付けない!」
配分をかなぐり捨てて最初から飛び出す子たちが、随分と先行している。
あっという間に千切られながらも、元気よく声を上げながら、誰に聞かせるわけでもない実況をするハピィ。
その声も、私からどんどん離れて先に行く。
飛べば圧倒的に速いというのに、それでも律儀に走っている。
私は、手を振り返す子たちとの間に、最後尾をしっかりと務めてくれる紫露を見付け、安心する。
「リル先生は後ろが見えなくなったら本気出すんだよね。」
細く編まれた髪の毛を背中で躍らせながら、シャカが私に話し掛ける。
「あら、今日の特等席はシャカなのね。そうよ、せっかくお見送りしてくれているのだもの。」
シャカはにっこりと笑顔を深める。
私に見分けてもらったのだもの、当然よね。
「前回と髪型入れ替えたのに。とても嬉しい。」
夜のうちに入れ替えるという悪辣なことはしないが、前回と入れ替えるくらいのことは意図的にしているらしい。
こうも素直に喜ばれると、間違えるわけにはいかないという重圧がすごい。
とはいえ今回は、声や顔つきの微妙な違いを掴めるような気がしている。
今日は双子といっぱい話すことを目標としようかしら。
「そうね、私だもの。ところでシャカは、道端の花が死の花だって知っているかしら?」
「知らない。キンコン花とカンコン木じゃないの?」
「あら、素敵な呼び名ね。」
穏やかな風にゆられ、音の山が遠ざかっていく。
昨日紫露が言ったように、まさに風の音だ。
呼び名にしても、なんともイシュの民らしい。
「ガン・イシュ以外では、強い毒を持つの。私はそれぞれの名前を忘れちゃったけど、もっともっとおどろおどろしい名前で呼ばれてた気がするわ。」
「旦那様が餓者毒蘭とか死音夜叉とかって言ってたよ。」
ジョイの後ろを走るアリスが、会話に参加する。
目に入る連なる白い花と、群がる青い花の美しさに、名前の重厚感がそぐわない。
「旦那様って言うと、軍務家のルイスね。私はキンコン花とカンコン木の方が好きだわ。」
「私もつぶつぶの木とかまんまるの木とかって呼ぶ方が好き。」
アリスが言っているのは、連果と水珠のことだ。
連果は山岳国より北の侯国、海運国、公国などで広く栽培されていて、お酒の原料になっている。
そして水珠は、我が王国で広く栽培されており、料理には欠かせない。
街にいた頃は、大きな木というイメージは全くなかった。
ガン・イシュでは花の回廊の天井のように育ち、赤の森と呼ばれている。
「作戦その一!補給食!」
「あら、ばらしてしまっていいのかしら?」
「いいんだ。補給は出発前に終わってるし。」
「合わせの栄養は、即効性と腹持ちを兼ね備えている!」
連果や水珠の甘みと、死の花の実の深い味わいに、西の海の塩。
これらを合わせてなんやかんやすると、頬が落ちるような甘味が出来上がる。
内部が空洞になっているカンコン木の葉で、長期保存まで可能となっている。
口にしてからこれだけ死の花が活用されていると知ったら、卒倒する人もいるだろう。
「おーっと、最後の一人がリルたち先頭集団に吸収された~っ!」
そうこう言っているうちに、いつもの速度帯で走っていた。
ハピィが追い掛けて行った逃げ集団は、力尽きて合流したかと思ったら、そのまま後ろに離れていく。
「紫露、お願いね。」
聞こえるはずもない距離が開いた紫露に託し、私は速度を維持する。
辺りからは赤い土が消え、白い道の外には緑の絨毯が広がっている。
白い土埃が、空の雲に溶け込むように舞い上がる。
ここは空が近い。
そう感じるのは、低く雲が流れていくからだ。
今日は昨日と違って、曇り空。
台地の上では、昨日のようにすっきりと晴れることはまれだ。
周回中にあと一度あればいい方ではないだろうか。
今日の天気の珍しさは雲ではなく、風だ。
だいたいの日は、西からやや北寄りの暖かい風が吹き続けるのだが、今日は風が弱い。
「さあ、先頭だね。」
「今日は作戦その二は効果的かもしれないね。」
後ろに続くみんなの口数が、だんだんと少なくなっている。
お話できるくらいが丁度いいのだけれど。
「さあ、この区間のいつもの顔触れが揃った先頭集団。集団を引っ張るリルのすぐ後ろには、双子の一人、声の高い方のシャカがぴったりと続く。」
おしゃべりを続けるのはハピィ。
掴みかけていた髪型以外の特徴が断言される。
「素晴らしい解説だわ、続けなさい。」
「じゃあここでリルに問題!前方確認で右にずれがちなのは、ジョイとシャカ、どっち?」
ジョイとシャカの見分け方を言ったからだと察知したのだろうか。
それにしても難問過ぎないかしら。
思わずさっと後ろを振り向くと、ジョイとシャカが期待に満ちた目を向けてこちらを見ている。
「簡単な問題ね。姉のジョイよ。」
「正解!何でわかったの?」
「二人が真っ直ぐ並んでたら、後ろのジョイは私の顔を見れないじゃない。今まさに右にずれて見ているわ。でも、ごめんなさいね。何でかはわからないわ。」
「シャカの右にいる方が安心するんだ。何でかはわからないけど。」
「ジョイが右にいる方が安心するね、確かに。」
「双子問題、勉強になるわね。もっと知りたいわ。」
それからハピィのみならず、ジョイとシャカも双子問題の出題者となり、尽きない問題の応酬で時間と距離が消化されていった。
風が弱いせいか、今日はプテラケファルスを見ることはないだろう。
左手の崖の向こうに見える海を見下ろしながら、そんな風に思う。
その予想は、小さい動物たちも同じらしい。
右手には、黒の森から緑の絨毯に顔を出して、熱心に苔や地衣類を食む姿が、いつもより頻繁に観察できるのだった。




