歌に馳せる
「イシュ」それは原初の魔物
愛を育み願いを唱える
「イシュの民」よ「人であれ」
彼の地に向けて夜明けを祈ろう
私たちの到着を歓迎するために、ささやかな宴が開かれた。
ハピィと練習したという合唱で、祈りの歌が歌われている。
瑠璃は、リオナが歌うのを聞いて、この歌を覚えた。
全部人間のくせに、平気で傷つけ、笑っていられる人でなしども。
そんなもの、さっさと卒業してしまえばいい。
最初に聞いたとき、瑠璃はそんなことを考えていた。
それは、あの鳥獣憐みの令が動き出した直後のことだった。
殴り合いの途中で、相手の顔を見れないのだろうか。
血が出たとき、その色を見ないのだろうか。
痛がる声が聞こえないのだろうか。
そこで、手を止められないのだろうか。
それができて初めて、力を持っていていい。
強い力を持ち、気性が穏やかなイシュの民は、プテラケファルスを殺す。
あの飛行具を作るために。
だけど、その肉を捨てることはない。
プテラケファルスの飛膜で作られた飛行具を使って、初めて飛んだ日。
目的地は西の小島だった。
初めて飛ぶ他の若い子たちに加え、先回りしていた大人の分まで飛行具があった。
大人たちは、小島でおいしく肉を焼いてくれた。
その肉は、プテラケファルスのものだった。
それから崖の上に雲が湧くまで、小島に滞在した。
雲の正体が、小さな水滴だと知った日。
崖に向かって吹く風に乗って、浮かび上がる体験をした。
連日まとわりついてきたプテラケファルスが、クレトスだった。
崖上まで追ってきたクレトスは、私を食べるわけでもなく、お尻に敷いた。
ラスカノが魚をやるから寄ってくる他の個体とは、理由が違うことが分かった。
ひんやりしている私の身体が目当てだったのだ。
それは私にとっても都合が良くて、飛ぶ度に冷え込む身体を、適度に温め直してくれた。
そもそも、イシュの民とプテラケファルスの関係も奇妙なのだ。
捕食者と獲物との関係でありながら、獲物の方から寄ってくる。
同胞の犠牲の証拠が宙を舞っているというのに。
人間とボースとの関係と同じようなものかとも思う。
人間はボースを殺すために飼うが、愛情がないわけじゃない。
むしろ愛情がなきゃ、家畜など飼えないだろう。
その飼い主に、ボースは驚くほど懐くのだ。
命をいただくことに、生きとし生けるものへ、感謝する。
それを、きちんと示す。
「いただきます」「ご馳走様」 と共にあった瑠璃の考え方だ。
瑠璃の残した考え方は、支配を逃れたからといって、捨てきれるものではなかった。
納得できるのだ。
そして、ここにはその理想が、形として存在しているのだ。
「イシュ」それは原初の魔物
愛を育み願いを唱える
「イシュの民」よ「人であれ」
彼の地に向けて夜明けを祈ろう
繰り返される歌が、瑠璃とは違った意味として沁み入る。
ガン・イシュでは、台地の西側の縦穴に、少し大きめの集落がある。
街から来たみんなもそこに合流した。
ガン・イシュ最大にして唯一の定住地と言える。
そして、ジョイとシャカの家族のように、野生寄りの生活をする者たちが、外周沿いに点在する。
瑞々しい実の成る巨木や古木の近くに、移動式の住居を構える。
ここでも軽く丈夫なプテラケファルスの飛膜が使われる。
そんな家族の生活圏をぐるりと周回するように、イシュの民の往来でできた細い道が繋がっていた。
私が来たことで、道幅が広げられ、少しずつ伸びている。
あと何回か回るうちに、白い道全周が広くなってしまうのではないだろうか。
深い緑の中に、真っ白な道が通る様子は、非常に幻想的な風景だ。
「なぜ、みんなは森から離れて道を作っているのかしら。」
素朴な疑問だった。
外周は比較的平坦とは言え、背丈ほどもある白い岩も点在している。
地面は土という感じではなく、砕けば白い粉が出るような岩だった。
あたりは苔のような、枝葉のない緑が覆いつくしている。
「そりゃ、ここは動物たちの楽園だからだよ。」
「歌にあるように、イシュの民は後から来たんだ。」
彼の地。
紫露たちの系譜である、楽園を創る一団と別れてから、楽園を目指した一団で生まれた歌。
まだ見ぬ楽園として綴られた詩は、具体的にガン・イシュを意味するものとなった。
みんなにとって、遠慮すべき理由を残す歌なのだ。
「私の街の外の森には、多くのイシュの民たちが暮らしているわ。中央の森に入ることはないの?」
台地の中心方向を見ると、ここらとは比べものにならないほどの巨大な樹木が繁っている。
互いに縄張りでもあるかのように、適度に距離を空けて立っているため、鬱蒼とした印象を受けない。
モマが好みそうだ。
「入るよ。水場も多いし、お肉を手に入れるためにもね。」
動物たちに遠慮していると言った口で、それを獲物とすることを悪びれる様子もなく語るシャカ。
「今日のためにもほら、森から連れて来たんだよ。」
ジョイが示す方向には、肉料理が並んでいた。
ボース半頭を捌いたくらい、大量の肉料理だ。
「連れて来たの?」
まるで、手荒なことはしていないかのような、不思議な言い回しだった。
「そうだよ。森に果実とか、好みそうなものを持って行くんだ。」
「だから、怯えられないのね。」
怖がらせないまま、命をいただく。
瑠璃が言葉として持ち込んだ「いただきます」という考え方は、ここでは言葉ではなく、暮らしそのものだった。




