スプリンター
間もなく先頭集団が到着する。
ロンギヌスがルイーズ辺りまでを回収し、まとめて角を曲がってきたようだ。
止まっている私を見付け、弾かれたように加速。
どかどかと重なる足音を響かせ、三々五々、暗黙で決まった終点へと流れ込んでくる。
「一着!」
跳び付くように、ルイーズが駆け込んできた。
私は半回転しながらその身体をしっかりと受け止める。
「お疲れ様。うまい切り替えだわ。」
実際は三番手なのだが、これは集団の中での新たな短距離競争。
ルイーズもアリスに負けず劣らず、勝ちへのこだわりがあるのだろう。
直線部の前で早めに脱落していたのは、温存のためだったというわけだ。
「アリスも相手が勝負っ気があるほうが張り合いがあるのではないかしら。」
くるりと回った先でロンギヌスに抱き起こされていたアリスに、何の気なしに聞いてみる。
「アリスはリル先生に勝ちたいの。短距離の加速勝負だと蹄のみんなには勝てないし。」
金槌で地面を殴りつけるようにして力強く身体を押し出す蹄。
アリスにはそれがない。
その代わり、人間由来の足と発汗で、私と同じく長距離に適性があると分析し、それを信じるのだろう。
適性があるのなら長距離を磨く方が、長く特等席にいられるのだもの、当然だわ。
「シャカ、今何か聞こえなかった?」
胸の前で黒く長い爪を交差させ、身体を伸び上がらせるように道の先を見る双子の片割れ。
それに同調するように同じ方向を見るシャカ。
ということは、発言した方がジョイね。
毛量を揃え、自然に絡み合ったように不規則な凹凸を宿した髪束をひとまとめにしている方がジョイ。
幾筋もの細い毛束が、彫刻のような正確さで三つ編みに編み込まれている方がシャカ。
二人は警戒心が強く、危険察知能力が高いが、危険に向けて走り出すようなことはしない。
私は、次回には役に立たなくなる髪型による双子の見分け方を頭の中で復唱しながら、元来た道を走り出していた。
◆
プテラケファルス。
初飛行のときに私に寄ってきた、飛行具の素材となる空飛ぶトカゲ。
旋回するように紫露の上を飛んでいて、その紫露の周りには、最後尾の集団が固まってしゃがんでいる。
「紫露!」
群れから取り残された個体を狩ることは、弱肉強食の世界では定石だ。
しかし、プテラケファルスは通常、成体を獲物としないはずだ。
ましてや、集団の上を旋回して獲物に警戒させるなど、狩りの習性とはかけ離れている。
そんなことを考えていると、群れからはぐれた個体に向けて一直線に向かってくるのがわかった。
群れからはぐれた個体。
私じゃないか。
「主さん!」
紫露が叫び、集団に何かを言い含めるようにしてからこちらへと駆けてくる。
プテラケファルスは、腰に手を当てて立ち止まった私の隣に降り立った。
「そう言えば、あなたに挨拶せずに出てきてしまったわね。」
初飛行のときに私に寄ってきたクレトスだった。
ごめんなさい、あなたを素材だなんて表現してしまって。
仲間はちゃんと弔ったわ。
「いただきます」と「ご馳走様」も、ガン・イシュで広めた。
「驚かせんでくれなんし。肝を冷やしたでありんす。」
頭を低くして懐くクレトスを見て、紫露がそっと扇を閉じる。
その扇は、飛び道具にでもなるのか。
太ももに巻かれた革紐に差し込まれる扇を目で追いながら、くるくる回りながら飛来して、クレトスを断ち切る絵を想像する。
私は無意識に手で首元を覆っていた。
「紹介するわ。プテラケファルスのクレトスよ。背中にまたがると飛べなくなるわ。」
「何でありんすか、その紹介は。あんまりでござりんす。」
初回の飛行練習から、私に妙に懐いたのだ。
小島に降りると離れて行ったが、何度も飛んでいるうちに、同一個体だと気付いて名付けた。
ごっそり体力が奪われて崖上で寝転んでいると、ずしんと上に乗ってきたときに。
メレナのように冷たいかと思ったら、意外なほど温かく、見た目ほど重くはなかった。
「いつも乗っかってくるから私も乗っかってみたのよ。ちょっとくらい飛んでくれるかと期待したのだけれど。」
今日は乗っかってこないことから、私を熱冷ましか何かだと思っているのだろう。
あいにくだけれど、今日の私は冷たくないわ。
「紫露は紫露でござりんす。以後、お見知りおきくだんせ。」
クレトスに対し、丁寧にお辞儀をしながら自己紹介をする紫露。
ぱかりと歯のない長い口を開き、首ごと頭を下げるクレトス。
まるでお辞儀を返しているように見えた。
「残念だけど、しばらく私の身体が冷えることはないわ。またね。」
クレトスは、複雑に高低が重なったような、とさかを持つメス特有の鳴き声を上げる。
大きく羽ばたいてふわりと身体を浮かせると、そのまま飛び立っていった。
「わざわざ挨拶しに来たでありんすか。まっこと愛らしいことでござりんす。」
言葉を解したのか、私の体温を感じ取ったのか、はたまた別の理由かはわからない。
ただ、紫露が言うように、わざわざ追ってきたというのは疑いようもない事実だった。
◆
「ほらいた。それいけ~っ!」
最後の角を曲がると、アリスたちが見える。
一斉に飛び出して行くみんな。
中には四足走法を見せる子もいる。
大きな呼吸音を身体の伸び縮みに合わせて響かせ、あっという間に遠ざかる様子は圧巻だ。
さっきの駆けっこで一番速かった子さえも置き去りにして、双子とアリスの間を駆け抜けた。
「さすがね。」
短距離ならば、あれは本当に速い。
いつもの速さでアリスたちのところに着いてみると、さっきのアリス以上にぐにゃりと脱力していた。
身体から熱気が立ち上り、大口を開けて浅く、速く、喉を鳴らす。
「アリス的にはリル先生がさっきと同じ速さで行って帰って来た方が衝撃なんだけど。」
「言ったでしょ。勝負していないもの。私はみんなよりはるかに弱いわ。こんな風に無防備に力尽きるだなんて、怖くてできないのよ。」
ふとしたときに、捕まったときの恐怖が蘇る。
あの時だって速く走り続けられたと思う。
真っ直ぐ走るだけの勝負だったのなら、きっと逃げ切っただろう。
でも実際には、囲まれてしまって何の役にも立たなかったのだ。
ここのみんなは私を確実に癒してくれる。
それでも、心の底にこびりついた恐怖から逃げるように、私は走り続けるのかもしれない。




