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 台地の天気は、西側ほど曇りが多い。

 今日はそんな中でたまに訪れる、晴れ渡った日になった。


 晴れた日は、西の小島へと降りやすい。

 小島から見上げて、崖の上に雲が湧いている日は逆に、飛んで戻るのに適している。

 昇るにつれ、飛膜に水滴ができていって、ずぶ濡れ。

 その頃にはだいたい雲の中だ。

 雲に入ると霧の中のようにしっとりと濡れる。

 幼い頃から乗れると信じていた雲の正体は、細かい水滴の集まりなのだという、がっかりでもある大発見だった。

 だから飛び始めの小島が青空の下でも、上に着くころには必ず濡れて身体が冷える。

 イシュの民のみんなは、平気そうにしているが、毛皮のない私は大変なのだ。

 つまり、何が言いたいかというと、私は寒さに弱いのだ。


 こんな日は、みんなは余計に付いて来られない。

 ふと、アリスと目が合った。

 紫露の近くで露骨に振り返り、私を観察しているのだ。

 うずうずしている私を、薄目で見ている。

 眉間にしわを寄せ、睨みを効かせている。

 私が運動不足のまま終わらせることはないはずだと警戒しているのだ。


 この辺りまで来ると、目的地が近いことを知らせるように、はっきりと道として整備されている。

 これは、私が周回するようになってから起こった変化だ。

 ここまで、緑の絨毯を割るように真っ直ぐ伸びていた白く細い道とは打って変わって、見たこともない巨木や古木が作る赤土の林を縫うように道ができている。


「よーし、みんな。目的地はすぐそこだわ!最後くらいは駆けっこしようか。」


 そう言いながら、ゆっくりと走り出す。

 後ろの並びが入れ替わる。

 これから起こることを見越して、無言で譲り合いをしているのだ。

 道幅いっぱいに広がるみんなの顔は、今日の天気のように晴れやかだ。

 前方の紫露の集団も、こちらの動きを察して脇に避ける。


 道は前回より延びているのか、前回と同じ場所で待っているのか。

 それはまだわからない。

 正確な距離はわからないものの、走りやすい白い道は、目的地側のお出迎えであることは間違いない。

 目的地が近いがまだ見えてこないような距離で走り出せば、一番乗りできるのは確実だ。

 私は暑さには強いのだ。


「それ行けーっ!」


 私の周りの子たちが、嬉しそうに一斉に駆け出した。

 とんでもない速さで走って行くみんなに、みるみる離されて行く。

 先頭を行く子が一人飛び抜けて、前を行く紫露たちを追い越す。

 不安になったのか息が上がったのか、急激に速度を落として振り向いている。

 後続の塊が次々とその子を追い抜いて行くが、その塊からもぽろぽろとこぼれ落ちて行く。

 入れ替わるように、紫露の周りからも子どもたちが飛び出した。


「やっぱり仕掛けてきた。」


 私が紫露を抜かしたとき、ぴたりとアリスが合わせて来る。

 追い越すまで待っていたようだ。


「そうね。私が走るのは、私のためだもの。いいじゃない。みんな、とても楽しそうだわ。」


 紫露に後はよろしくと頼むようなつもりで、軽く手を挙げる。

 紫露は、早々に全力を出し尽くした子たちに近付いて、声を掛けていた。


「先行した子たちにこのまま行かれちゃうんじゃない?」


 息が乱れることにも構わず、真後ろからアリスが挑発してくる。


「そう思うのなら、先に行ったらいいわ。」


 私は話せるくらいの速度を維持する。


「やだ。その手には乗らないんだから。」


 アリスは私の真後ろから飛び出す気がないようだ。

 まあ、私のすぐ後ろは特等席なのだから、仕方ないわね。

 そうしている間にも、脱落してくる子たちを追い抜いて行く。


「お姉ちゃん、頑張って!」


 道端に立ち止まり、舌を出して息を荒らげているルイーズが、応援の声を上げた。

 道なりに曲がると、見通しが良く、真っ直ぐ遠くまで続く区間に差し掛かる。

 先頭は、直線部分の真ん中あたりを過ぎている。

 真っ直ぐ代わり映えしない道は、進んでいる感じがしないのだ。

 疲れと相まって、先行するみんなは明らかに速度を落としている。


「頑張れアリス!」

「先生!頑張って!」

「行け行けーっ!」


 限界を迎えた子たちは、私たちの接近を察知して、応援に切り替えたようだ。

 両脇に並んで道を譲り、声援を送ってくれる。

 すると、アリスが横から私を一気に追い抜いた。


「いいぞ、アリス!」


 白馬の一角獣人、ロンギヌスだ。

 若い子たちに混ざって参加していたようだ。

 そこから先にはもう誰もいないことから、おそらく先頭だったのだろう。

 大人気ない。

 自分のことを棚上げしてそんな風に思ったが、そういえばロンギヌスがどれくらいの歳なのか、正確には知らないことに気付く。

 もしかして、意外と若いのか。

 さらにアリスの速度が上がった気がした。


 前回もこの真っ直ぐな区間はあった。

 同じ場所で集合しているなら、もうすぐ着くのだが、そればかりは着いてみなければわからない。

 私は速度を変えない。

 ゆえに、直線区間の終わりに差し掛かるころには、アリスとは大きく離されていた。


 ◆


「到!着!」

「ようこそー!」

「いらっしゃい、先生!」


 結果から言うと、私が一番乗り。

 先端が黒い尻尾をぴんと伸ばした双子が出迎えてくれた。


「一回くらいは勝ってやるんだから。」


 終点もわからずに加速して、そのまま先着できるほどの余力はなかったようだ。

 私は結局、走り出しからほぼ一定の速度で走りきった。


「別に、勝負してるわけではないのよ。」


 仰向けに倒れ、肩で息をするアリス。


「勝負になったらアリスが私に勝てない理由が増えるわ。」


 私が続けた言葉に、アリスは怪訝な顔をする。


「私が到着って言うところが目的地なのだもの。先行するまで小さく周回でもして、私が先行したときにそう言えば、私に負けはないじゃない。」


 身体に不調を感じでもすれば、そこで私は止まる。

 私は、私のために走っているのだから。


「リル先生はそんなことしないよ。」

「お出迎えと合流したら、到着って言うでしょ。」


 出迎えてくれた双子が、口々にそう言う。

 今日の目的地は、この子たちの家族の縄張りだ。

 縄張りと言っても、イシュの民のそれは、侵入したら追い払われるようなことはない。

 私が周回するようになってから、訪れに合わせて近くの家族が集まるようになったくらいだ。

 今回もハピィが先行して伝えている。


「先生の速さで走れたら、先行すれば負けないもん。」


 おかしなことを言うと思った。

 アリスには私にぴたりと付いて来るだけの実力があるというのに。

 今日だって、双子が見えてから飛び出せばよかったのではないだろうか。

 そこは、アリスなりのこだわりがあるのかもしれない。


「次の目的地までは、私たちも一緒に走るよ。」


 双子の一人がそう言って、もう一人がうなずいた。

 言葉は軽く、提案というより合流の宣言に近い。


「後で作戦、練ろう。」


 双子の片割れがそう言うと、もう一人もうんうんと大きく頷いている。

 アリスは仰向けのまま、片目だけを開けて二人を見る。

 腕も脚も投げ出し、指先に力が戻る気配がない。

 返事になっているのかいないのか、胸の上下だけがはっきりしていた。

 息を切らしながらも、もう次のことを考えているのだろう。


 アリスの勝負好きは、私と走り出してから顕著になっているように思える。

 これも、怒りという感情に関係があるのだろうか。


「棒も怒りも扱い方次第だってアリスは思うんだ。」


 ロンギヌスにそう言っていたのを思い出す。


 怒りの感情をいかに扱うか。

 それが健全な競争と反乱軍のような破壊的な行動を分けるのだろうか。

 そんなことを思った。

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