大空へ
ガン・イシュの西の端に、ずらりと並べられた凧。
「良いお天気でありんすなぁ。」
「ガハハ!絶好の飛行日和じゃのう!」
いつものごとく、縦穴周回運動に出た私は、途中でラスカノに目的地を指定されたのだ。
後ろにたくさん連なることを伝えても、よく見掛けるから知っているとのことだった。
「これで、飛ぶの?」
ハピィのように羽ばたくことができるようには見えない。
凧自体はプテラケファルスなどの空飛ぶトカゲを模したものとして見たことはあるが、人を乗せるなど聞いたこともない。
特殊な骨組みは、どう掴まれば良いかわかる気がする程度には、単純な作りに見える。
「なぁに、何度も飛んでる。海に小島が見えるだろう。あそこに頑張って降りてみな。」
「え、待って。説明それだけ?」
「主さんは落ちたら確実に死ぬでありんすなぁ。」
なんてことないような口ぶりでラスカノが説明になっていない説明をすると、そこに紫露が身も蓋もないことをさらりと付け加える。
「確かに人間はもろいからのう。見てる方向に向かいやすいから、びびって下ばっか見てると直滑降だな。しっかり掴まって前見てりゃ、ゆっくり下に降りて行く。」
「街に戻るにせよ何にせよ、いずれ下に降りる方法は必要になるでありんす。」
逃げるにしても、ハピィに降ろしてもらうつもりでいたのだ。
崖を自力で下りる方法など、考えてもいなかった。
「上向きの風を捕まえりゃ、ここに着地することもできるぞ。モマはそれを目指すといい。」
これさえ扱えるようになれば、ハピィのように空を飛ぶことができるのだ。
これから私は、この方法で初めて空を飛ぶ人間になるだろう。
「私も上に戻ってみせるわ!」
他の子に手本を見せるために集まった原住の大人たちが、既に何人も飛び立っていた。
気持ちがバカみたいに上向くのがわかる。
それは自然と言葉になって外に出ていた。
私は瑠璃のあの感じの再来を、確かに感じていた。
◆
「ふわわわわわわわっ!」
今、初めての本番飛行ではあり得ないだろう操縦技術が求められている。
本家、プテラケファルスに追い回されているのだ。
海の上は遮るものもなく、強い風が吹き荒れている。
目に見えない風など、どうやって捕まえれば良いのか。
離陸前はそんな風に考えたが、わからない方がおかしいくらい、機体が上に持ち上がる。
あとは身体を傾けて、その流れの中でぐるぐる旋回していれば、離陸地点より高度は上がっていった。
急降下になってしまっても、海までが相当遠いのだ。
風さえ見つければ、何度でもやり直せる。
なんだ、簡単じゃない。
そう思っていた時もあり。
「ガハハハ!上手えじゃねえか!」
ラスカノがすれ違いざまに吐き捨てて行く。
そのままプテラケファルスの横をかすめ、大きく旋回している。
「お前さんも相変わらずいい仕事っぷりだぜ、ガッハッハ!」
プテラケファルスとのすれ違いざまにそう言って魚を投げたのが見えた。
下を見れば落ちる。
それは、見方を変えると急降下という技術だ。
降りてラスカノを待ち構えることしか考えず、飛び立った場所に身体ごと視線を向けた。
空気の流れを受け流すような感じに変わり、強い上向きの流れから外れたこともわかった。
みるみる高度が下がる。
振り返るとプテラケファルスが気流の中に取り残されているのが見えた。
「よーし、千切れた!このまま独走よ!」
長時間走った後に速度を上げると、短距離では敵わないはずの子どもたちが付いて来れなくなる一瞬がある。
そんな日常と重なり、楽しくなってくる。
身体をゆっくり水平に戻して旋回しながら、飛び立った地点に降り立った
西側は森からも遠いため、海も崖上も広く平坦だ。
ゆっくり飛んでいるように思っていたけど、近付くと地面がすごい速さで後ろへ逃げて行く。
着地はまるで、短距離全力疾走のようだった。
「んふふふ。くふふふふ。はっはっはっはっは。」
飛行具の後ろに伸びた棒が引き摺られ、がりがりと音を立ててようやく止まったとき、なぜか笑いが込み上げてきた。
同じく戻った子どもたちも駆け寄ってきて、一緒になって笑い出す。
そこにラスカノも降りてきた。
「ちょっと、危ないじゃない!死ぬかと思ったわよ!」
笑いがぴたりと止まり、代わりに込み上げる勢いのまま、ラスカノに詰め寄る。
ラスカノに続いて降りようとしたのか、近付いていたさっきのプテラケファルスが翼をばたつかせて方向転換し、飛び去った。
「おー、っほっほ。この反応はリオナ以来だな。そっくりすぎてびっくりじゃわい。ええ飛びっぷりじゃったぞ!ぶはははは!」
ラスカノから出たのは、懐かしい名前。
途端に勢いが鳴りを潜める。
熱を冷ますように、目からは止めどなく涙があふれ出した。
「あー!リル先生を泣かしたな!」
そう言いながら降りて来た勢いのまま私とラスカノの間に割り込んだのは、アリスだった。
「がっはっは。今度はまた、ラヴィみてーな反応するじゃねーか。懐かしいねぇ。」
レンとカイ以上の絆でリオナと結ばれているように見えたラヴィ。
きっと昔、ここで二人は笑い合っていたのだろう。
もう二度と見られない光景に思えて、涙が止まらない。
「ふむ。気休めじゃがの、あの二人は死んどらんと思うぞ。なあ、リル先生よ。反乱軍とやらは、戦意を喪失しとったんじゃろうが。」
首から下げた飾りの重さを感じた。
その下で大きく胸が拍動する。
「じゃあ、何でここに現れないのよ。」
「知らん。」
ぶっきらぼうに答えられたが、それはそう、と思えるほどには冷静だった。
そして、二人が生きている、としか思えなくなっていた。
流されたわけでもないのに、尻尾しか出てきてないのだ。
取り外しできるだなんて思わないが、見付けた場所で落としたのだろう。
ハピィだって、拾った場所で探したはずなのだ。
「私、信じてみる。二人は生きてるって。そうよ、リオナならみんなのために、できることを探すはずだもの。」
胸が、身体が軽くなるのを感じた。
「よーし、こうしちゃいられないわ!飛ぶわよ!」
私はそれから、何度も空を舞った。
無事に当初の着地目標である小島に降り立つ頃には、すっかり高く日が昇っていて、先回りしていた大人たちが盛大にご馳走を用意していてくれたのだった。
「ほらね、ハピィ姉さんの言うとおり!飛ぶと元気出るんだから!」
飛行具の集団を颯爽と抜き去り、何往復もして準備していたハピィが、誇らしげにそう言うのだった。




