お出迎え
外壁を出ると、傾いた陽射しに目を細める。馬車の群れはなく、石畳には私の影だけが伸びていた。何を待つ必要もないのに、石畳を前にして立ち尽くす。
水の音を残して静まり返った通りの向こうから、靴音がひとつ、ゆっくりと近づいてきた。
「お嬢様、そろそろご帰宅のお時間でございます。」
突然そんな声を掛けられて、ぴくりと肩を震わせた。
「え、私?」
きょろきょろするも、他に誰もいない。指を自分に向けて背の高い女性を見返す。
香ばしいパンの匂いがかすかに漂う紙袋を大事そうに抱え、少し風に乱れた髪を耳にかけながら大きく息を吐いていた。
「え、えっと、私その……あの、もしかして人違いじゃ――」
そう言いかけた瞬間、彼女は懐から布を取り出しながら首を傾げた。
「おや、新しいお戯れでございますか?」
彼女が浮かべた微笑は、途切れていたみっちゃんとのお決まりを思い出させるものだった。
「では確認しましょう。例の首飾りをお見せくださいませ。ほら、硬貨……のような。いつも胸元に下げておられるでしょう?」
――ある。
支払いに使おうとしたこともあるけれど、今も確かに胸元に下がっている。
布には、刻まれている紋様と鏡合わせの紋様が、裏表ともに寸分たがわず描かれていた。
「……お嬢様以外にこの印を持つ方などいませんからね。」
どこか安心を与えてくれるような柔らかな笑みを浮かべながら、彼女は続けた。
「せっかくです。まずは焼きたてのクロワルフをいただきましょう。」
「クロ……わるふ?」
「ええ、狼の形をしたクロワッサンでございます。
あの店の看板商品でして、夕方まで売れ残ることなんてまずありません。」
一層強く香ばしい匂いが漂う。袋の口を広げた彼女から、当然のように一つ差し出される。
「……お嬢様、今日はずいぶんお疲れのご様子ですし。」
差し出されたパンを受け取ると、焼きたての温もりが手に広がった。
「……おいしい。」
「でしょう?」
彼女は得意げに微笑んだ。
「これを買いに寄ったのです。つまり私の寄り道は、お嬢様のため。
結果的に遅くなったかもですが、むしろ功績のひとつやふたつに数えても――」
「いや、それ完全に自分が食べたかったやつでしょ!」
思わずツッコミを入れる私。つい、みっちゃんに対してするように。
その瞬間、彼女の目がぱちくりと瞬いた。次いで、嬉しそうに口元を綻ばせる。
「ふふっ……そのようなお言葉、久しぶりに聞きました。」
懐かしむような声音だった。私は首を傾げたが、彼女はそれ以上は何も言わず、ただ微笑む。
「では参りましょう、お嬢様。夕餉に遅れれば、料理長が泣きますので。」
そう言って、彼女は当然のように道を先導する。私は流れに押されるまま、夕暮れの街を歩き出した。




