表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/77

お出迎え

 外壁を出ると、傾いた陽射しに目を細める。馬車の群れはなく、石畳には私の影だけが伸びていた。何を待つ必要もないのに、石畳を前にして立ち尽くす。


 水の音を残して静まり返った通りの向こうから、靴音がひとつ、ゆっくりと近づいてきた。


「お嬢様、そろそろご帰宅のお時間でございます。」


 突然そんな声を掛けられて、ぴくりと肩を震わせた。


「え、私?」


 きょろきょろするも、他に誰もいない。指を自分に向けて背の高い女性を見返す。

 香ばしいパンの匂いがかすかに漂う紙袋を大事そうに抱え、少し風に乱れた髪を耳にかけながら大きく息を吐いていた。


「え、えっと、私その……あの、もしかして人違いじゃ――」


 そう言いかけた瞬間、彼女は懐から布を取り出しながら首を傾げた。


「おや、新しいお戯れでございますか?」


 彼女が浮かべた微笑は、途切れていたみっちゃんとのお決まりを思い出させるものだった。


「では確認しましょう。例の首飾りをお見せくださいませ。ほら、硬貨……のような。いつも胸元に下げておられるでしょう?」


 ――ある。

 支払いに使おうとしたこともあるけれど、今も確かに胸元に下がっている。

 布には、刻まれている紋様と鏡合わせの紋様が、裏表ともに寸分たがわず描かれていた。


「……お嬢様以外にこの印を持つ方などいませんからね。」


 どこか安心を与えてくれるような柔らかな笑みを浮かべながら、彼女は続けた。


「せっかくです。まずは焼きたてのクロワルフをいただきましょう。」


「クロ……わるふ?」


「ええ、狼の形をしたクロワッサンでございます。

 あの店の看板商品でして、夕方まで売れ残ることなんてまずありません。」


 一層強く香ばしい匂いが漂う。袋の口を広げた彼女から、当然のように一つ差し出される。


「……お嬢様、今日はずいぶんお疲れのご様子ですし。」


 差し出されたパンを受け取ると、焼きたての温もりが手に広がった。


「……おいしい。」


「でしょう?」

 彼女は得意げに微笑んだ。


「これを買いに寄ったのです。つまり私の寄り道は、お嬢様のため。

 結果的に遅くなったかもですが、むしろ功績のひとつやふたつに数えても――」


「いや、それ完全に自分が食べたかったやつでしょ!」


 思わずツッコミを入れる私。つい、みっちゃんに対してするように。

 その瞬間、彼女の目がぱちくりと瞬いた。次いで、嬉しそうに口元を綻ばせる。


「ふふっ……そのようなお言葉、久しぶりに聞きました。」


 懐かしむような声音だった。私は首を傾げたが、彼女はそれ以上は何も言わず、ただ微笑む。


「では参りましょう、お嬢様。夕餉に遅れれば、料理長が泣きますので。」


 そう言って、彼女は当然のように道を先導する。私は流れに押されるまま、夕暮れの街を歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ