表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/136

バグ

「こんくらいって、みんながやってくれているみたいで良かったわ。」


 ガン・イシュで、初めて私が作った法だ。

 そういうことになった。

 あの話し合いで決まったやり方を、ガン・イシュを回りながら広めていった。

 少なくとも旅団のみんなには残らず伝えたから、後は勝手に広まるだろう。


「そうでございますね。内容をまとめた立て札も設置しておきました。」


 セバスが作ったその立て札には、なんでそんなことが必要なのか、といったことから、やらなくても特に罰則なんかないことが、わかりやすく記載されていた。

 そして、最後に私の名。


「法治国家ですわね。」


 マイヤーがそんなことを言う。


「では、この地に初めての法を作ったリル様が国主ですかな。」


 マイヤーの冗談に、セバスが乗る。


「あらあらまあまあ、どうしましょ。そうすると、このお家はお城ですわね!」


 マイヤーがきょろきょろしながら手を口に当てる。

 私が住む立派な家は、旅団のみんなが積み木で遊ぶように造ってしまった。

 その手法は面白がってあっという間に広まり、今ではちょっとした石造りの家がたくさん並んでいる。


「バカね。周りの国が私を王だなんて認めやしないわ。」


 ガン・イシュは、外界と隔絶されていて、世の中の動きは全く掴めない。

 そんな中で思い出すのは、イシュの民を虐殺し、私を糾弾して石をぶつけ、リオナとラヴィをも殺した外壁の外側の民衆。


「私は聖女という名で呼ばれた、悪役令嬢だったわ。」


 マイヤーとセバスは、悲痛な面持ちに変わった。

 反乱軍から逃げて今、私はこの秘境にいる。


「そんな私が、また自分の名義で法を作ってしまったことになるのね。」


 ガン・イシュでは、驚くほどあっさりと、諍いの種が解消されてしまった。

 特に私が介入しなくても、そのうち思い付いていそうな方法で。

 今朝もそうだったが、走る私の後に続くみんなは今や、旅団側も原住側も入り乱れている。


「この地は、どこよりもイシュの民が受け入れられる場所。イシュの民にとっての楽園だわ。」


 ガン・イシュまでの道中で見た、イシュの民への反応を思い出す。

 扱いの程度に差はあれど、人間の下にイシュの民という構図は変わらなかった。

 私に付き従う、マイヤーとセバスを見る。


 この関係と、一体何が違うというのだ。


「人間がイシュの民に介入したって、ろくなことにならないわ。」


 ここでの一番の異物は私なのよ。


 続いて口にしそうになった言葉を、ぎりぎりのところで飲み込む。


「そうでございますか。それでも、リル様はご立派でございますよ。」


 マイヤーとセバスは、困ったような顔をしながらも、最後まで私を立てようとするのだった。


 ◆


「おやおや、主さんにしては、随分と悪いものを抱えておりんすなぁ。」


 求めていた反応ではなかった。

 先日見せたカイのような訛りが消え失せ、シロはすっかりと紫露に戻っていた。


「いかがなさりんした?化け物でも見るような目で見なさってからに。」


 私はなぜ、ここに来たのだろう。

 私は、シロに会いに来たのだ。

 あのシロになら、弱みを見せられると思ったのだ。


「ふむ。黙っておられてはわかりんせん。主さんはこの紫露に、当ててみせよ。と、おっせえすでござりんすか?」


 言葉にならない。

 こっちの紫露を前にすると、来たことが間違いだったような気にさえなってしまう。

 じつに紫露らしい振る舞いで、恥ずかしがる素振りもなく、堂々と、かつ優雅に悩んでみせる。


「……ちと、お巫山戯(ふざけ)が過ぎてしもうたでありんすなぁ。紫露は、外縁の森でカイ殿に会うたことなど、ござりんせん。」


 シロは、あのときも確かにそう言っていた。

 私がそれを、語るに落ちたと解釈しただけだ。

 どうして今、紫露の言葉でそれを言い直すのだろう。

 意図がつかめずにいると、紫露はさらに続ける。


「我が身の分け身どもは、紫露の好みで拵えたものでありんすが、己が分け身を前にしてうろたえるような性分でも、またござりんせん。」


 シロが言ったことを、明確に嘘だと断じる紫露。

 何を言ったらいいか、ますますわからなくなった。

 底知れない紫露の底を知った気でいたことが、霧散した。


「知っておりんすか?紫露の後に、行列はできんせん。紫露に、主さんの従者らが従うことなどありんせん。ゆめゆめ、お忘れなきよう。」


 混乱した頭に、その忠告が染みるように入ってくる。


「……どうして?」


 やっと吐き出した言葉は、そんな疑問だった。

 何に対してということもなく、整理が付かずにこぼれ出たような一言だった。


「ちと、主さんを助けとうなりんしてな。」


 そこで紫露は、肩をすくめるように笑った。

 笑顔を向けられた私は、わけもわからず涙を流していた。

 紫露はそんな私を、優しく抱き寄せるのだった。


 ◆


 泣き止んだ私は、紫露に自分の考えを話した。

 私は、ここを出て行こうと思う。

 そんな言葉で締め括って。


「おやまあ、そんな筋の違うたことをお考えでありんしたか。」


 私はどこか、多様性がありながら、争いが起こらないことに、不安を感じていたのだ。

 集団内で差別や同調圧力がないことを、なぜか手放しには讃えられなかったのだ。

 どこかに無理が生じていると、決めつけていたのだ。

 そんなことを話したと思う。


「幼稚なナニカ、良くも悪くも無邪気、で、ござりんしたなぁ。ナニカに支配され育った主さんはきっと、イシュの民の懐の深さにあてられてしもたんでありんす。」


 紫露は、私の話をそんな風にまとめた。

 そうかも知れない。


「紫露も、その懐の深さにあてられてしもうた一人ゆえ、その気持ちがようわかるでござりんす。」

「紫露も?」


 完成した賢者のように語っているわけではなかった。

 自分の孤独も、未熟さも、含めて差し出している話し方だった。


「橙を見れば明らかでござりんすが、紫露は人間らしい男前を好んでおりんす。それでも、水源の間では、人間に対して(はらわた)が煮えくり返ったでありんす。」


 紫露は、水結晶が悪用された、まさにその場に行ったのだ。

 守るべきものの優先順位を決めて、守るべき水結晶を粉にした。


「ところが、じゃ。同胞をあのように殺されながら、逃亡旅団の皆は、誰一人として人間を傷付けようとせなんだ。——それを見た人間たちもまた、みるみる敵意が抜けていったでありんす。」


 やはりそうだ。

 イシュの民は、自分たちの価値観で道を見付ける。

 受け止める覚悟を決めたからって、私に何ができるというのか。


「じゃあ、追手は……」

「そんなもの、とうにおりんせん。紫露らが、終わりを置いてきんした。なに、亡くなった者たちの、数を数えて弔っただけでござりんす。」


 紫露は、みんなを弔ってくれたようだ。

 孤児院に行ってくれたのだろうか。

 押し流したみんなに見向きもせず、私たちに石をぶつけた、あの狂気の籠った地に。


「主さんが歌うたあの歌。ここでは広く歌われておりんすなぁ。イシュの民はやはり、愛の民にござりんす。主さん、そう一人で思い悩まんと、皆の話に耳を傾けるでありんす。」


 いくつもの顔が、浮かんでは消えた。

 ここで出会った子たちも、もう二度と会えないみんなも、思い出す顔はどれも、「出ていけ」などという言葉とはほど遠いことに気付いた。

 それどころか、いなくなった私を必死で探そうとする姿さえ、容易に想像できた。


「それでも私にとってみんなとの縁は、とっても大事なものなの。」


 一度ははっきりとそう口にしたにも関わらず、受け止めるつもりで向き合い直した結果、押しつぶされてしまったのだ。

 私は瑠璃のように、心の底からみんなのために怒れない。

 そんなことを突き付けられたような気がして。


「それは、悪い結果に隠れて見えにくいかもしれない。」


 そう言ってみんなを諭しておきながら、大事なものが悪い結果に隠れ、受け止めるどころか、逃げようとしていた。

 私は悪くないなどと言って逃げない。

 そう決めた覚悟の果てに、ここにいてできることなどない、手を出していいことなどないと考え、結局は逃げようとしていたのだ。


「ありがとう、紫露。私、みんなの話を聞いてみるわ。」


 そう口にしたときにはすでに、私はみんなと話すことが楽しみになっていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ