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「急に澄まして何やゆーねん。リルかてウチの分け身に緊張しとったやんか!」

「そうね。私も思い出どおり彼ら相手に緊張してしまうのかしらね。思い返す限りでは、憧れる要素は欠片もないのだけれど。」


 瑠璃の好みではあったようだが、私の好みははっきりしている。

 少なくともあれではない。


「いや、全然大丈夫そうやん!……てか聞いてーな、ホンマはウチこそムリやねん!紫露の頃は何も思てへんかったみたいやけど、理想的過ぎて何話したらエエか分からんくなってもて、上手いコトゆーて逃げてきてん!」


 四つん這いかに見えるほど低く這い寄って、情けなく耳と尾を垂れ下がらせている。


「待って。言いたいことがたくさんできたわ。てゆーか、分け身を造った直後もそうだったでしょうに。」


 思わず額に手を当てる。

 予想外に庶民的でバカみたいな理由が顔を出した。


「そやねん。初詣なんてゆーて誤魔化してんけど、あれ、ウチの腐った部分上書きしに行ってん。ちょっとは喋れるようになれるか思て。」


 どうやら、初詣という都合のいい情報が得られたのだろう。

 それが、みんなの幸せを願うような風習なら、取り入れたいと思った。

 「いただきます」や「ご馳走様」「お粗末様」のように。


 ただ、それはそれ。


「は?それで何で私に変な人格が宿ることになるのよ。」


 今はこの、埃が出そうな狐を叩くのが先。

 正しく考えるために。 


「分け身らにはかまととぶって、今年もイシュの民のみんなが、幸せでありますように。ってお願いに行くってゆーたから、真面目に願ったんやないん?知らんけど。」


 追及から逃れるように、サッと顔を背けた。

 つまらなさそうに、扇子の先を指先で弄びながら、完全に会話を打ち切る意思を見せた。


「すごく無責任なことは伝わったわ。でも、水結晶を使えば、願いの魔法が作れるってことじゃない。打ち消すには一つ犠牲になるけれど。」


 場合によっては、危険だと判断する必要がある。


「せやねん。そやからウチは、術とか秘伝も上書き対象に指定したんや。変な使い方でけんように。ほしたら二度と自分のために使てまう、ウチみたいなヤツかておらんくなる思て。」


 語り始めに視線は伏せられるが、やがて潤んだ瞳が私を見つめる。

 詰め寄っては来るものの、威圧感はなく、むしろ許しを乞うような、罪悪感に苛まれている様子がありありと見て取れた。


「でも今は、思い出している。」


 紫露であれば、危険度を低く見積もり直せるのだが。


「せやな。けど大丈夫や。リルがどこぞの人格で成長したように、その間ウチかて成長してん。戻った術は、今こそ必要なんや。」


 背筋は真っ直ぐに伸び、そこにあるのは、確固たる意志だ。


「あなたは水結晶を砕いた場所で、全てを見たんだものね。」


 砕く前に、紫露として、冷静に。

 砕いてから、シロとして、感情的に。


「見たなかったわ。完璧やゆーて、笑ててん。聞きたなかったわ。芸術やゆーて、笑ててん。——はらわた煮えくり返ったわ。」


 そこだけ、シロの声から色が抜けた。


「せやけど、紫露のおかげや。ウチは、成長しとった。」


 シロはそう呟きながら、伏せていた視線を上げ、私の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「他人のように言うのね。」


 そう返すと、シロはふっと笑った。

 さっきまでの大げさな身振りとは違い、肩先だけが小さく揺れる。


「そや。あれは、紫露は、ウチにとって崇高なナニカや。」


 それは、瑠璃という存在を認め、瑠璃に支配されていた頃の自分を、少し距離を置いて眺めているような、今の私の感覚にもどこか似ていた。


「——そない言う自分こそどやねん。」

「そうね、幼稚なナニカ、かしら。良くも悪くも、無邪気。これから私は、その尻拭いをするわ。」

「えらいちゃうもんやな。」


 私は今や、悪役令嬢。

 でも、私は悪くないなどと逃げ続けるつもりはない。


「願いの魔法が消えているのなら、街に戻っても追い出したナニカが戻ることはなさそうね。」


 私が確認したかったのは、そこだ。

 水結晶から伸びていたという糸が供給していたのが魔力だけなのなら、瑠璃の記憶は戻らない。


「そ、そーやねんって!どうしたらエエかな。ウチ、分け身に会うんムリや。」


 シロは尾の先をしゅんと落とし、扇子で自分の顔を隠した。

 理想を詰め込み過ぎたせいで、緊張してうまく話せない。

 なんとも間抜けた話である。


「それは、自業自得ね。頑張りなさい。ところで、橙たちも術は使えるのかしら?」


 これまでは、紫露が見事に橙たちを率いていた。


「造ってすぐに会話とかできたし、何よりリルに作用したんが分け身たちの願いやとしたら、使えるんちゃう?」

「じゃあ、消しても受け継がれたんじゃない。橙たちは、変な喋り方も変な知識もなかったんでしょ?」


 ところがこのシロでは、とてもじゃないが統制を取るのは難しそうだ。


「何が心配なんかなんとなくわかったわ。けど、橙らはウチみたいに自分のためになんか使わんやろ。てか、とことん変てゆーやん……」

「だといいわね。逃げ出した時は、何と言って出て来たの?」


 そもそも今は、遠く離れてしまっているのだ。


「……再びここで、あれが必要になりんす。お前たちはここで、紫露が戻る準備をしなんし。」


 まるで、シロの前に、橙たちが並んでいるような迫力があった。

 紫露がそこに戻って来たようだった。


「うわ、びっくり。なんだか神秘的ですらあったわ。」


 口調というのは、殊の外効果的に相手に与える印象を変えるようだ。


「持ち上げといて、また変やって言うんやろ。知ってんねんで。」

「そんなことないわよ。もういっそ、ずっと紫露の口調になさいな。」


 心の底からそう思って、期待を込めてそう告げた。


「そ、そうでありんすか。」

「ごめんなさい。何か台無しだわ。紫露はそんなそわそわしないもの。」


 恥じらいが見えると途端に偽物臭くなる。

 できれば二度とやらないで欲しい。


「ほれ見い。知っとったわ。めっちゃ腹立つ!」


 地団駄でも踏みそうな台詞を吐きながら、仕草はどこか気品がある。

 扇子を持つ方の肘を抱え、閉じた先端を私の鼻先に向けて詰め寄って、手首だけを返す。

 まるで戯れに私の肩をトンと優しく叩くような仕草。


「最後にどうでもいい確認なんだけど。シロ、あなた、カイと会ったことあるわね。」


 出所のわからなかったカイの訛り。

 前世の記憶などと茶化していた幼少期を思い出し、今の私には笑えない部分もあると思った。


「い、いや、知らん知らん。会うたことなんかないて。なんでそないワケのわからんこと言い出すんかわからんて、自分。頭おかしなったんちゃう?大体、貴族家のお坊ちゃまが外壁の外側のさらに外縁の森にまで来れるワケないやん。そない幼いのにどーやって一人で来るゆーねん。あり得へんあり得へん。マジないて。」

「そ。まあいいわ。」


 私があっさりと引き下がる様子を見て、露骨に胸をなでおろすシロ。

 長年の謎が解けてくれて、何よりだわ。

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