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「ご馳走様でした。」


 私は当たり前のように手を合わせ、そう唱えていた。

 決して豪華などではなく、どちらかと言えば、野性味あふれる食卓。

 セバスやマイヤーが私の口に合うように、色々と工夫してくれていることがわかる。

 決まり文句のように、今平らげた食事をご馳走だと評し、様を付けて敬う。


「お粗末様でございました。」


 すると、セバスは決まってそう返して来る。


 私が、そう教えたのだと言う。

 最近、習慣になっていることさえ、何故そんな風に考えたのか思い出せないことが目立つ。

 しかも、それと引き換えに、何故そんなことまで忘れていたのだろうと思うようなことを思い出したりする。

 たとえば今日、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、思い出した。

 でもそもそも、私はそんなことを覚えた覚えがない。

 こんなことを口に出してしまうと、頭がおかしいと思われることもわかっている。

 でも事実、私の思い出せる範囲で正しく思い出すとこういうことになるのだ。


 ◆


「私、瑠璃って名前なの。ラピスラズリっていう宝石。」

「なるほど、似てる。確か、ミスリルからだって。」

「ミスリル!知ってる!なんか男子が言ってたし!」

「ねぇ、これからはルリお嬢様って呼んであげよっか?無礼打ちされる覚悟でさ。ルリお嬢様なら猫ちゃんみたいに仇はとってくれそうだし。」

「え、何それ怖っ。やめれ。そんなんに命掛けんなし。」


 ◆


 これは、確信に近い()()()()だ。


 犬猫の虐待に激高した直後の記憶だ。

 鳥獣憐みの令が動き出した日の記憶だ。

 私が、リオナに瑠璃だと名乗った記憶だ。

 この時の私は、瑠璃なる人物だと自認している。

 しかし今の私は、瑠璃なんて知らないのだ。


「ねえ、おかしいと思わない?」

「何が、でございましょう。」


 何がだろう。

 考えがまとまっていないのに、セバスに問いかけてしまった。


「例えば、鳥獣憐みの令だとか。」

「はい、リル様がお考えになった令でございますね。」


 そう、私が考えた。

 確かに、カイやレンがイシュの民を虐げる世の中に疑問を呈していたことには、影響を受けていたと思う。

 お父様から「外壁の街はイシュの民のものだ。」と言い聞かせられて育った。

 街の他の者たちよりは、鳥獣憐みの令の考え方に抵抗はないのも確かなのだ。

 でも、こうやってセバスやマイヤーを当たり前のように召し抱えている。

 犬猫が虐げられていることなんかも当たり前の光景だと思っていた。


「リル様は昔から、深く考えるお姿が様になりますな。」


 そう、考えるだけ。

 声を上げるなんて、しない。

 カイやレンの青臭い理想や、お父様の言い聞かせだって、鬱陶しいとさえ思っていた。

 私は、普通でいたい。

 当たり前になっていることを、権力を使って否定する。

 確かにできただろうが、それをしないのが私だ。

 こう(悪役に)なるに決まっていると、やる前から諦めて。


 そんな私が、鳥獣憐みの令ですって?


 当然、やはり、悪役になった。

 気が付いたら、糾弾されて逃げていたような感覚。

 いや、完全にそうとも言えない。

 ()()()()()()()()()は思い出せなくなっている部分があるけど、確かに自分で決断してきた記憶と感覚はある。

 そして振り返ってみても、その失われた根拠によって導き出された考えには納得が行く。


「いただきます。と、ご馳走様。そして、お粗末様。」

「命をいただくことに、生きとし生けるものへ、感謝する。それを、きちんと示す。でしたかな。素晴らしいお考えでございます。」


 おそらく、私が教えたと、言いたいのだろう。


「大層な感謝と謙遜だわ。いただく者も、用意した者も、命に敬意を払う。敬意があれば、むやみに虐げたり、しない。」


 まさに、鳥獣憐みの令の求めたものだ。

 街の者たちにこの習慣が溶け込めば、少し違った結果があったかも知れない。

 思い返しても、私の知らない考え方だというのに、そういった下地がなさ過ぎて招いた必然とさえ思えるのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 意味不明だ。

 本当に、まるで、何か得体の知れない何か(瑠璃)に支配されていたかのようだ。


 私に向けられた糾弾は、これまで手をこまねいたことの中でも、容易に顛末が予測できた部類だ。

 結果がわかっていながら、行動に移した。

 そもそもそれが、不可解だった。


 お父様だって、ネロおじさんたちだって、予測できていたはずだ。

 親の気持ち、ましてや領主としての立場もあるお父様の考えは、私にはわからないけれど。

 カイやレンは、いつの間にか自分たちを追い越して次々と自分たちの青臭い理想を形にしていく、一歩後ろに引いていたはずの私を、どう見ていただろうか。


「主さんは紫露らのことを、獣人やもふもふ、ケモミミと呼んで愛してくださる。」


 ゆらりと現れたのは、雅やかな狐の獣人、紫露である。

 今は、何故紫露を雅だと思ったのか、()()思い出せない。

 確かに動きはどことなく優美であり、大きな街を避けてガン・イシュへ向かおうと言った判断など、知性も備えている。

 しかし私は、この馴染みのない口調をこそ、雅だと思っていたのだ。


「ねえ、紫露は私が、変な記憶に支配されていたって言ったらどう思う?」


 一番わからなくなった相手に、一番わけのわからない疑問を投げかける。


「おや、よもやとは思いんしたが、主さんもやはり、どこか知らぬ場所と繋がっておりんしたか。よう知らぬ言葉と景色が、どっと流れ込んだんでありんしょう?」


 どうやら、当たりを引き当てたようだ。

 私は、怪訝な顔で続きを促した。


「主さんの血には、魔法が宿らん代わりに、水結晶から糸が伸びんした。最も近かった副結晶が粉になり、繋がりが綻びた状態で、街から離れてしまわれた。」


 水結晶に、何か(瑠璃)を見せられ続けていたということだろうか。


「紫露の血に、皆とは違う、願いの魔法を宿したときの影響でござりんしょう。今年もイシュの民のみんなが、幸せでありますように。そんなささやかな願いでござりんす。」


 逃亡旅団のみんなは、外壁の中にいたから、願いの魔法が打ち消された。

 私が変貌した(瑠璃が現れた)のは、外壁の中心、広場の噴水の縁にいたときだ。

 あの時に、紫露は水源の間に初詣に行っていたのだ。


「その向こう側にあったのが、主さんの言う得体の知れぬ記憶でござりんしょう。」


 こうしてガン・イシュに向けて、水結晶からどんどん遠く離れて行っている今、その影響が及ばなくなったというのだろうか。


 外壁の内側のイシュの民のみんなは、鳥獣憐みの令をきっかけに、幸せそうに暮らし始めていた。

 カイなんか、奴隷候補たちに片っ端から声を掛けていたほどだ。

 それは、仮初めだったわけだけど。

 カイのように、これまで下に見ていた者たちに対等に声を掛けるなど、急にできるようになるはずがないのだ。


 私の暴走のせいで、孤児院のみんなは死に、リオナとラヴィも帰らぬ人となった。

 私を糾弾し始める私。

 私にできることは、コインと尻尾飾りを握りしめることくらいだった。

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