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戦艦ノア

 外壁の街の南側、臨んだ海に浮かぶようにそびえる巨大な石棺。


「またとんでもない大きさまで積み上げたもんだね。なんなんだい、ありゃ。」


 ジャンヌは木の板にその姿を描いている。


「橙のやることはよくわからん。」


 そう言いながらも、これまでの積み上げの経過を定期的に記録しているようだ。


「あれは、船らしいよ。」


 ラヴィが横から口を挟む。


「帆も櫓も櫂もないのに、あんなのがどうやって進むんだい?」

「その前に重くて沈んじまうだろ。」


 ラヴィの情報に、あたしとジャンヌが疑問を呈す。


「俺が何やって?なんや呼ばれた気がしてんけど。」


 橙の手伝いをしているイシュの民たちの所有者であるカイが現れた。


「相変わらず自意識過剰だね、あんたは。」

「あれが船ってどういうことだって言われてただけだよ。」


 櫂とカイを聞き違えたことに気付くあたしと、全く気付かないラヴィ。


「あのままやとただのどでかい棺桶やもんな。浮きも進みもせえへんで。何やどうしても最後の一手が届かへんのやって。」


 あたしが保留している南の深部の開錠のことだろう。

 紫露が水結晶で何かできることを考えると、あの真下にある水結晶が関係しそうだ。


「せや、メレナおるから教えとくわ。俺はめっちゃ小さい頃に、水源の間での出会いを境にこんな喋り方になった。当時は前世の記憶やなんて思てたけどな。」


 いつもの訛りで、いつもの軽さを消して情報を吐き出すカイ。


「つまり、その中身の軽さは、あなた本来のものということでいいかしら?」


 リオナがそう割って入る。


「カイの頭の軽さは病気にゃ。なんか言いたいことあるなら聞いてやるのにゃ。続けるにゃ。」


 カールがリオナの疑問に答え、カイに続きを促す。

 あたしの情報収集にくっついて来た経験からか、本筋に戻す選択をしたようだ。


「そこで出会うたんは、狐の獣人やった。——あれは、紫露や。リルが参加できんかった会議とかでは何べんか会うてんのに、全く思い出さんかった。せやのに、あの反乱の日かな。そないなこと思い出してん。……結局、これが何を意味するんか、ずっと考えてもわからんかったんやけどな。」


 カイは四大貴族の一人である。

 リルが鳥獣憐みの令の関連会議にしか参加できなかったのと違い、常任理事の一人だ。

 リルは紫露との初対面があの異国の森だったようだが、カイは会う機会があったのだろう。

 少しだけきな臭くなってきた。

 あたしは、橙に協力すべきなのだろうか。


「何で今になって急にそんなことぼくたちに話すの?」


 ハピィがもっともな質問をする。

 話すのなら、思い出したときすぐで良かっただろう。

 まあ、あのときはごちゃごちゃしていたが。


「最近、毎日のように橙見てて、もやもやしとったんやわ。造っとるもんがあれやし、紫露は底知れんからな。」


 葬送。

 憎しみの連鎖を断ち切る芸。

 一言も発さず、死者を悼む。

 その結果、外壁の外側の民衆は、戦意喪失では終わらなかった。

 終わりを置かれたのに、終われなくなった。


「それは、レン坊っちゃんは知ってるのかい?」

「当たり前や。真っ先に相談したわ。」


 水結晶を粉にしたのも紫露。

 初詣に、橙という分体。

 そこに、カイへの何らかの干渉が加わった。

 そして、目を上げればそこに、巨大な石棺。


「エレガンは何て言ってんだい?」


 自分の街で、あのような建造物を造られる。

 帝国では魔王とされちまった、リルの故郷で。

 何か知っていると考える方が自然だろう。


「それは私から説明するわ。あれは戦艦ノア。最悪を想定した、私たちイシュの民の——切り札よ。」


 戦艦。

 戦のための船、か。

 外壁の街らしい、海の外壁。

 あんなものと海でぶつかれば、木造の船などひとたまりもないだろう。


「そうだね。あたしも旅団のみんなと外縁の森で訓練してる。必要にならないことを祈るよ。」


 リオナに次いでラヴィが発言する。

 帝国の軍人、ラヴィ。

 斬り込むにも難しい高さを誇るというのに、乗り込んでも訓練されたイシュの民がいる。

 切り札と言うのも納得だ。

 あたしも、必要とならないよう祈りたい。


「うちのモンらも訓練に参加しとんのんよな?怪我したとか聞いたことないんやけど。」


 確かに逃亡旅団の出戻り組の大半は、カイのところの獣人たちだ。


「うん。来てるよ。戦いの場に出たときのための訓練だからね、心配するのも当然だよね。やってることは、イシュの民が昔からやってる狩りってとこかな。最近、食卓に肉が上がることが増えたんじゃない?」


 鳥獣憐みの令で森が豊かになった。

 鳥獣憐みの令が緩くなって、狩れるようになった。

 大型肉食獣たちは、森へとその狩り場を戻した。

 頑丈なイシュの民にとって、戦場で脅威になるのは同じイシュの民だ。

 集団に対する訓練より、個に強くなる連携でも強化しているのだろう。

 その結果、たんぱくな肉食獣の肉が、人間の食卓に出回るようになった。

 リオナが管理し、人間の通貨による財産もきちんと築いているようだ。

 

「エレガンは何て言ってんだい?」


 先ほどと同じ質問をする。


「認めないわけにはいかない事情が多いのよ。それが答えかしら。」


 今やリオナは、イシュの民の代表として、領主邸での会議に参加するようになっていた。

 元々領主邸に住み込みだったという立場もあって、順当な抜擢だろう。

 今は奴隷候補たちのために建てられた教会を拠点としている一人だ。


 イシュの民はもとより治外法権。

 外縁の森は国のような状態になったのだ。

 とは言え関所があるわけでもなく、これまで通り人間も立ち入ることができる。

 関税のようなものがあるとすれば、伐採を行う人間に対し、栽培した苗木の持ち込みを要求するようになったことくらいか。

 日の当たらない場所に生えた苗木を移植するという方法が、じきに立ち行かなくなると見越してのリオナの案だ。


「でっかい魚にゃ。」


 揃って海を見ている面々の中から、いち早くそれを見付けたのはカールだった。

 港に入って来た、大きな魚影。

 

「オルカ!」


 喜色を浮かべてそう叫んだのは、ラヴィだった。                                                                              

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