殻を破る
その日は雪が降っていて、あたしみたいなのがそんな時期に生まれるなんて、それは死を意味していたはずだ。
あたしはいつだって、壁の中にいた。
身じろぎするのが精いっぱいの、狭い場所。
その中で育ったあたしは、やがて殻を破る。
◆
これまでに会った、卵から生まれてそうな子は、ハピィだけだった。
生まれた瞬間独りぼっちで、血は冷え切っていた。
光はなく、熱だけで周りを見ていた。
「あ、お前、蛇だ蛇。お前もおいで。」
身体にくっついた殻を食べている時、誰かに拾われた。
「うひゃあ、ひんやりするねぇ。」
温かかった。
ありがたかった。
身体の硬さがほぐれていくのが嬉しかった。
誰だか知らないけど、今生きているのはあの子のお陰だ。
◆
暖かい部屋と温かい食べ物が与えられた。
そこが孤児院だった。
孤児院の外には出られないわけではなかった。
でも当時からいる少数の大人たちは、外に出ることをあまり良いことのように言わなかった。
そう言う度に見せる、身体のどこかに入った筋をさする仕草が特徴的だった。
素直なイシュの民は、自然と塀の中だけで生活するようになっていった。
あたしはみるみるうちに成長し、他の子たち同様に一年で成体になった。
ある日、酸っぱい匂いにつられて、人間に近付いた。
「おや、これは驚いたね。足音がしないから全く気が付かなかったよ。って足が無いから当たり前さね。はっはっは。」
それがおばちゃんとの出会いだった。
いつも食べてる果物を運んできてくれたようだった。
「よし、じゃあ帰るよ。」
しばらく荷下ろしやらなんやらしていたおばちゃんが、帰り際にそう言った。
「どうしたね、来ないのかい?来るつもりがあるならさっさとおいで。」
おばちゃんは強制はしなかった。
あたしは付いて行くことにした。
ついに塀の外が見られるのかと思ったら、果物の匂いが残る木箱の中に入れられてしまった。
◆
「こりゃすごい、どうやって調べたんだい?頑張ったねぇ、自分の足でそこまで動いたのかい?聞かせておくれよ。」
レン坊ちゃんは何かにつけてそんな風に褒められていた。
レン坊ちゃんが果物屋近くの屋敷に住むお嬢様に思いを寄せているのはすぐわかった。
最近は少しだけ邪険にされなくなったと言っていたが、まるでこっちを見てくれていないとも嘆いていた。
同胞であるイシュの民の暮らしがどんどん良くなっている。
その度に、自分なんか眼中にないと思い知らされるんだと言っていた。
ある日、あたしはおばちゃんから離れることになった。
外壁の外側に着いて行った時にまた、孤児院に行くことになってしまったのだ。
「すまないね。これからは自分の目で世の中を見るといい。自分の足で動けとは言わないけどさ。なんたって、あんたにゃ足がないからね。はっはっは。」
外壁の外側の民衆に止められ、適応保護法の文言を読み上げられたおばちゃんは、少しも寂しそうな顔を見せずに笑ってくれた。
別れ際にくれたのは、いつもレン坊ちゃんに言っているような言葉だった。
孤児院に戻ったのは何年ぶりだっただろうか。
当時の子供たちは大きくなって、数も減っていた。
外壁の内側の教会に送られて行ったのだ。
その代わりというわけではないが、ずいぶんと大人が増えていた。
あたしは次の教会行きの便で、すぐに外壁の内側に戻ることになった。
見知らぬ大人たちが筋をさする仕草は印象的だった。
その時は、それが鞭の痕だということをはっきりと理解できた。
◆
教会を出てすぐにおばちゃんのところへ戻ったが、買い戻すお布施が用意できないとあっけらかんと言われてしまった。
果物屋を少し離れたところから見ると、いつもと世界が違うように見えた。
自由に街中を歩き回った。
色んな人々を見て回った。
その間、声を掛けられることはなかった。
ひたすらメモをとるあたしが、誰かの指示を受けている奴隷にでも見えたのだろう。
一日の終わりには、おばちゃんの露店に戻った。
教会に戻るついでだと言い訳をして。
「いいねぇ、それがあんたの個性さ。大事にするんだよ。」
初めてメモを見せたときも、ひとしきり読めないことに笑った後、そんな言葉を貰ったものだ。
人間の喧嘩に割って入った話をしたら、同じ言葉を貰った。
怒れないあたしが、怒らないで場を収めるおばちゃんの真似をしたのだ。
それがあたしの個性だと言われたことが、誇らしかった。
「あたしゃ、イシュの民だからね。怒れないのさ。」
たったそれだけの言葉に、場を収められる力があることを知った。
「あたしゃ、イシュの民だからね。こんなこともできるのさ。」
二言目が必要な場合も、それで収まった。
何をしたかって?そいつぁ女の秘密ってヤツさ。
孤児院に戻る期日が明日に迫ったとき、おばちゃんの店に領主のところのお嬢様が現れた。
さらにはレン坊ちゃんの大親友であるカイも現れる。
へびいちごと聞こえた。
あのお嬢様がそう名付けた、あたしの好物だった。
自然とお嬢様を追い掛けていた。
◆
「リオナを手伝ってくれると嬉しいな。」
そう言われて屋敷に連れられて行った。
あたしは期待に応えようと必死でメモをとった。
あたしにしか読めないような汚い字だけど、おばちゃんが褒めてくれた宝物だった。
「捨ててきなさい。」
リオナにそう言われて、あたしはおばちゃんのところに舞い戻った。
「おや、早かったね。またいっぱい書いて来たね。後でおばちゃんにも教えておくれよ。」
それから、おばちゃんに放り出されることはなかった。
名目上はリルお嬢様が主ということになっているのだが。
相変わらず自由に街中を歩き回る日々が続いた。
おばちゃんの秘密だって教えてもらった。
「みんなには内緒だよ。」
◆
そして、あの反乱が起こった。




