仲良し大作戦
◆肆の条 友達になっておいでの事
ある将、前線の妙を見て、ひらめきて曰く。
「いっそ、友達になっておいで。ただし、お腹が空いたら帰っておいで。」
人間兵にかかる命を下すは愚の骨頂なり。
戦場において仲よしなどあり得ぬゆえ、誰も動かぬ。
されどイシュの民は、命ずればそのまま実行する。
敵陣に赴き、挨拶をし、手を貸し、食卓を共にする。
やがて、相手の鍋はイシュの民の分だけ軽くなり、こちらの鍋は、戻ってきたイシュの分だけに備えれば足りるようになる。
敵はイシュの分まで兵糧を支えねばならず、その兵站は目に見えて痩せ細る。
やがて敵の鍋から煙が薄くなり始めると、イシュの民は約束を思い出す。
「お腹が空いたら帰っておいで、と言われたのでした。」
一人、また一人と、素直に帰ってくる。
将はここぞとばかり軍をまとめ、撤退す。
追撃は来なかった。
敵には、追うだけの食い扶持が残っていなかったからである。
【教え】
友を得て敵の釜を痩せさせることあり。
ただし一度きりの奇策と知るべし。
◆伍の条 友達になっておいで 其の二
先の戦を味わい、将は味を占む。
再び同じ手を用いんとして、また命ず。
「友達になっておいで。お腹が空いたら帰っておいで。」
ところが、敵もまた人間である。
一度目の敗因を忘れぬ者あり。
敵将も同じようにイシュに声を掛け、こう付け加える。
「お前たちが増えた分だけ、うちのイシュは、順に後ろへ下がりなさい。」
かくてどうなりしか。
こちらのイシュは、友達を作らんと前線に出て行く。
敵のイシュは、「増えた分だけ」と言われた分、戦線を離れ、国へ退く。
気付けば、敵の前線に立っているのは、こちらから出て行ったイシュばかりとなり、自軍陣内を見回せば、イシュの影が目に見えて薄くなっていた。
作戦は失敗した。
増えた数だけ撤退させられ、減ったのは「こちらのイシュの民」ばかりであった。
【教え】
一度利あらば、二度目に備える者必ずあり。
友をやる策は、返される策とも知るべし。
◆陸の条 友達になっておいで 其の三
将、なお諦めず。
今度は引き抜くことを目的として、命を少し変える。
「友達になっておいで。仲良くなったら連れておいで。」
減ったイシュの民を取り戻さんがためである。
イシュの民は、これまた素直に従う。
敵のイシュと話し、助け合い、笑い合い、「仲良くなった」と胸に決まれば、こう言う。
「うちの陣にも、遊びに行きませんか。」
友は友を信じてついて来る。
こうして、こちらの陣にイシュの民が一方的に増えていった。
将はほくそ笑む。
「減った分を取り返したどころか、増やすことに成功した。」
しかし兵法書は、ここで筆を置かぬ。
【教え】
友を連れてこさせるは易し。
されど、その友が戦に向きか、働きに向きか、心に何を抱きて来たるかは、将の思惑の及ぶところにあらず。
◆漆の条 友は片道では終わらぬこと
イシュの民にとって、友とは行き来する者である。
かくて彼らは、友を連れてくるのみならず、友と共に敵陣にも遊びに行った。
今日はあちらの陣で働き、明日はこちらの陣で働き、飯は出された側で素直に食う。
将が数えると、こうである。
往来の足は増えた。
だが、最終的な数の偏りはさほど変わらぬ。
【教え】
友を戦利品のごとく数えるは、人間の理。
友を往来の道と思うは、イシュの理。
理の違いを読めぬ将、ここで一つ目の躓きとなる。
◆捌の条 真似されれば、ただの交流となる事
前と同じく、敵の将もこれを聞きつけて曰く。
「なるほど。では、わしらも友達を連れて来させよう。」
かくて今度は、
甲軍のイシュが乙の友を連れて甲陣に来、乙軍のイシュが甲の友を連れて乙陣に来、という、不思議な行列が両方向にできた。
双方の帳面の上では、甲から来た者何名、乙から来た者何名、と真面目に記される。
だが実際には、互いの陣を行き来する友人関係が増えただけであった。
【教え】
友を以て敵を減らさんとすれば、先に増ゆるは往来の手間なり。
増えた友を喜ぶのみで、戦の利は増えず。
◆玖の条 将の欲しい者と、イシュの好む友は一致せぬこと
忘るべからざること、なお一つ。
将の欲するは、よく働き、よく運び、よく戦場に耐えるイシュの民である。
されど、誰を友と呼ぶかを決めるのはイシュ自身である。
よく笑う者、よく話を聞いてくれる者、少し不器用で気に掛かる者。
イシュの選ぶ友は、しばしば将の目から見て「そこか」と言いたくなる者であった。
かくて陣に増えた友はどうであったか。
怪我が癒えたばかりで重労働には向かぬ者、水仕事は得意だが戦場には出したくない者、そもそも戦より畑仕事の方が性に合う者。
などなどであった。
数の上では増えている。
だが、戦力としてはさほど増えた気がせぬ。
【教え】
友の選定を友に任せれば、将の望みは後回しになる。
友を欲せば、まず自軍を友の居心地よき場と整うべし。
◆拾の条 結
かくのごとく、前線を維持せよと命じて誰も殴らず、
前線を上げよと命じて線ばかりが動き、
友達になっておいでと命じて敵の鍋を痩せさせ、
友を連れておいでと命じて友に振り回される。
この一連の策、後世「仲良し大作戦」と総称され、実用の兵法よりは外された。
【教え】
仲良し大作戦、兵に用うべからず。
ただし書き物に用いるべし。
後の世の将、これを読みて笑い、同じ愚を繰り返さぬならば、この巻もまた、無駄にあらずと言うべし。




