怒りは熱だ。鍛えれば刃にも灯にもなる。
◆火山の国 ――火花みたいな怒り
火山の国はね、とにかく熱かった。
山肌に鍛冶場がびっしりあって、一日中、鉄の叩かれる音が鳴ってるの。
あたしが出入りしてたのは、小さな鍛冶場だった。
親方と、見習いの少年がひとり。
その子の手のひらは、火傷と豆だらけでさ。
指の関節まで真っ赤に腫れてるのに、いつも笑ってた。
「痛くないの。」って聞いたら、「痛いけど、普通。」って答える。
その普通が、どうにも気に入らなかった。
ある日、炉の前で、その子が鉄をつまむ手を滑らせて、腕に火の粉が飛んだ。
じゅっと嫌な音がして、皮膚が白く浮き上がる。
「ちょっと!」
思わず手首を掴んで、水桶の方へ引っ張った。
子どもは慌てて笑う。
「大丈夫だって。仕事、止まっちゃうよ。」
その言い方が、もうダメだった。
「何それ。あんたの手より大事な仕事って、何。」
親方が、槌を持ったまま振り向いた。
「客に渡す鍋だ。剣だ。飯だ。全部、誰かの生きる道具だ。」
「そのために、あんたはこの子の手を潰す気?」
あたしは炉の前に立ちふさがって、ふいごを蹴飛ばした。
炎が一瞬しぼむ。火の粉が床に散った。
「やめろ、危ない。」
親方の怒鳴り声が響く。
見習いが、必死に間に入ろうとする。
「ラヴィ、いいよ。本当に平気だから。」
その子の声を聞いた瞬間、あたしは自分が何をしているのか分からなくなった。
みんなの仕事を止めて、客を怒らせて、家族の稼ぎを減らして。
それでも、口から出てきたのは一言だった。
「痛いって言っていいでしょ!」
鍛冶場の音が全部止まって、しばらく誰も何も言わなかった。
その日の夜、あたしは親方に呼び出された。
鍛冶場の火は落とされて、余熱だけが赤く残っていた。
「さっきは、悪かった。」
あたしが頭を下げると、親方は鼻で笑った。
「謝るのは、わしの方かもしれん。」
炉の脇に腰を下ろしながら、ぼそりと言った。
「怒りは熱だ。」
親方の声は、火の音みたいに低かった。
「鍛えれば刃にも灯にもなる。だが、鍛え損ねれば、ただの爆ぜた火花だ。」
あたしは黙って聞いていた。
「今日のお前の怒りはな、半分は爆ぜた火花だ。」
「……半分は?」
「半分は、あいつの手を守ろうとした火だ。」
親方は、天井を見上げた。
「あいつが自分の手を大事にしようと考えたのは、今日が初めてだろう。」
翌日、炉のそばに新しい桶が増えていた。
冷却用と書かれた木の札がぶら下がっていた。
見習いは、きまり悪そうに笑いながら、そこに手を浸すようになった。
親方は何も言わなかったけど、あたしが見てると、ちらっとだけ目をそらした。
あたしの怒りは、やっぱり不器用で、周りを巻き込んでばっかりだった。
でも、あの子の指が全部残ったことだけは、ちょっと誇りに思ってる。
◆
砂漠と氷の話をひとしきり聞き終えて、少しだけ沈黙が続いた。
ラヴィの足は相変わらず前へ出ているのに、耳だけが妙にそわそわと揺れている。
「大活躍は。」
つい、そんな言葉が口から滑り出た。
「火山と言えば、ドラゴンだよね。」
「はいはい。」
また突拍子もない方角から入ってきた。
「さすがに死んだと思ったよ。」
「続けるんだ。」
私が諦めて促すと、ラヴィは嬉しそうに口角を上げた。
「火傷の痛みを知ったよ。」
「冷やさなきゃ。」
「ホントだよ。氷の国に戻ろうかと思ったもん。」
包帯の下をさすりながら、妙にしみじみとした声を出す。
「ねぇ、私はいつまで乗っかればいいのかしら。」
「三日三晩の戦いが終わるまで。」
「いいわ、付き合ってあげる。」
自分で言っておきながら、少しだけ後悔した。
「岩と一緒にさ、火山の国に入ったよね。」
「うん、まあ言ったからには信じるわ。」
「ちなみに、氷の国のとは別の岩。岩が動くって分かると、結構そこら中で見つかるんだよね。」
もう突っ込む体力を節約することにする。
「六角形の柱が切りそろえられたような地面でさ。」
「情報がいっぱい過ぎてわけがわからないわ。」
熱、岩、六角形。想像が追い付かない。
「じゃあ六角形はいいや。ドラゴンがいた。」
「唐突ね。」
結局、肝心なところだけ残したらしい。
「いきなり火を吹かれて一晩目は脱兎のごとく逃げたよね。」
「おあとがよろしいようで。」
「いや、終わんないよ。三日三晩って言ったじゃん。で、鍛冶屋の話。」
「続けて。」
ラヴィは少し前を見つめ、思い出すようにまばたきをした。
「守ろうとした火ってので気になってさ、またドラゴンに会いに行ったんだ。」
「そんな、友達みたいに。」
火山の国で出会った鍛冶屋のことだろう。
「怒りは熱だ。鍛えれば刃にも灯にもなる。」と言った男の顔が、ラヴィの言葉の端々から透けて見える。
「まあ、昨日の敵は今日の友って言うし。」
「続けて。」
私が促すと、ラヴィは肩をすくめた。
「岩が集まってた。」
「はい?」
意味が分からず、思わず聞き返す。
「そう思うよね。あたしも何事かと思ったもん。」
「何事だったの。」
ラヴィは歩調を少し落とし、身振り手振りで状況を描く。
「ドラゴンにでっかい棘が刺さっててさ。岩が心配してるの図だった。」
火山の岩肌をのろのろと移動する巨岩たちと、その真ん中で身じろぎするドラゴンの姿が、何となく目に浮かんでしまう。
「で、どうしたの。」
「二晩目終了。」
あまりにあっさりしていて、足が止まりそうになった。
「薄情ね。」
口ではそう言いつつも、どうしようもなさも想像できてしまう。
「いや、どうしようもなかったんだ。で、また鍛冶屋。」
「バケツの辺りかしら。」
火と水の話になりそうな気配に、先回りしてみる。
「ご明察。冷やしてみようかと思ったんだよね。」
「棘を?」
「棘を。何かわからなかったけど、鍛冶屋で堅いのを冷やしてひびを入れてたんだよね。」
「急に冷ますと割れるってヤツね。」
鍛冶場で見た光景が、ラヴィの中で別の形に繋がったのだろう。
「そう。で、あたしはドラゴンを煽ったね。」
「何でそうなるのよ。」
思わず素の声が出る。
「今ではあたしもそう思う。とにかく火を吹かせて棘に当たるように逃げ回った。」
「あ、なるほど。」
熱と焦げた毛の匂いが、こちらにまで伝わってくるようだ。
「あちこち毛が焦げてさ。めっちゃ叫んでうるさいし。棘は色も変わらないし。でも、水を掛けたら割れたんだ。」
「やったじゃない!」
思わず前のめりになる。
「そうなんだけどさ。」
「……またまた煮え切らないわね。」
期待したところで、必ず濁す。いつものラヴィだ。
「ドラゴンが言ったんだ。最初からそう言ってくれればいいのにって。」
「言葉通じたのね。」
火を吐く相手と、そんな会話をしていたのか。
「そう。火傷は無駄だったってわけ。」
「痛みを共有できたから無駄ではないと思うことにしましょう。」
少しだけ本気でそう言う。
ラヴィは、照れくさそうに耳を揺らした。
「慰めありがと。で、乗せてもらって島国に行った。」
「三日三晩乗り切ったわ。」
そこでようやく、私は息をついた。
どこまでが本当で、どこからがラヴィなりの脚色なのか。
胸の中でもんもんとしながら、それでも次の話を待っている自分に気付いて、少しだけ苦笑した。




