遅れて
葬送があってから、なおさらだ。
紫露と橙の八人に、俺たちは手を見つめられた。
何も言わず、「見た。」とだけ告げる目で。
あのときの聖女の目も、今になって思えば、それに似ていた気がする。
石を浴びながら、こちらをまっすぐ見ていた。
何が起きているのか分からないという戸惑いと、さっき目に焼き付けた光景を、俺たちにも思い出させようとするような、妙な確かさが混じっていた。
あの女は、その直前に全部見ていた。
街道の上から見下ろした濁流も、川べりを逃げる獣人たちの列も、押し流されていく背中も。
俺たちが図面の上で線にしてしまったものを、そのまま目で受け取らされていた。
俺たちの中にも、同じ位置からそれを見下ろしていた奴がいた。
あの「悪くないもん!」は、
——私ひとりのせいじゃない、と突っぱねていただけだったのか。
——お前たちもあの光景を見ただろう、と足元を指さしていたのか。
そのどちらにせよ、あのときの俺たちは、前者だけとして聞くことに決めていた。
自分たちがやったことを、聖女が全部引き受けてくれなければ困ると、どこかで思っていたのだろう。
「犬猫期ってやつ、爺様の教えをわざと捻じ曲げて、犬猫にぶつけてたのは俺たちだろ。」
焚き火の明かりに照らされた横顔が、苦笑とも自嘲ともつかない歪み方をした。
「殴り合いで覚えろって言われた手加減を、こっそり小さな獣に試して、傷の付け方ばかり上手くなった。」
「害獣期だってそうだ。俺たちは、殺さず追い払うやり方を身につけてた。獣より賢いんだろ、俺たちは。考えれば、畑も家畜も獣も、全部守るやり方だって、もっと色々あったのかもしれない。」
そこで言葉が途切れた。
火のはぜる音だけが続く。
賢さを誇るなら、本当はその「色々」を探す方に使うべきだったのに、と気付くには、あまりにも遅すぎた。
「当たり前だ……俺たちはあんなに効果的に殺せたんだ。」
誰かが吐き捨てるように言い、言った本人がその物言いに怯えたように口を噤んだ。
効果的という言葉が、ここまで冷たく響く場所は他になかった。
「家畜期もだ。動物を盾に恫喝するのをやめさせろって、役所に文句を言いに行ったのは村の連中だった。」
あのときは、自分たちこそ正しいと思っていた。
誰かを脅すために犬や家畜を使うなど言語道断だと、胸を張って怒鳴り込んだはずだった。
それなのに、決まった法は全部、聖女の名で飾られた。
壁の内側で書かれた文に、外側の俺たちの要望が継ぎ接ぎされ、最後に聖女の名が冠された。
俺たちは、その看板だけを叩いた。
「あいつが悪いんだって、言い張りたかったんだろうな。」
火の粉がひとつ、はぜて消えた。
「自分たちが言ったことまで、全部押し付けた。」
しばらく誰も口を開かなかった。
焚き火のはぜる音だけが、責任の所在をなぶるように耳に残った。
「獣人期は——俺たちにこそ必要な適用だった。」
ようやく漏れた声は、笑いとも嗚咽ともつかない震えを帯びていた。
そう口にした仲間の目からは、大粒の涙があふれ出していた。
「……馬鹿野郎。泣いていいのは俺たちじゃないだろう。」
そう言って制する声も、かすれていた。
そう言いながら、そこに涙を流さぬ者はいなかった。
本当は、あの法はイシュの民を傷付けないための線だったのだろう。
俺たちはそれを、イシュの民を縛る鎖だとしか見ていなかった。
今になって思えば、本当に縛るべきだったのは、自分たちの手の方だ。
イシュの民を守るための枠を、自分たちの側にこそ嵌め直さなければならなかったのだと、やっと気付いた。
手の下の土が、冷たかった。
さっきまで葬送で拭われた地面と同じ冷たさだった。
◆
赦されないまま、赦しの形を見てしまった。
紫露たちは俺たちを赦していない。
罰することもしなかった。
ただ、終わらせた。
終わりを引き受けさせるために、葬送を舞った。
それは、俺たちのための芸ではなかった。
流された者たちのための芸であり、その終わりを見届けるための芸だった。
それでも、そこに立ち会ってしまった以上、俺たちは、見ないふりを続けることはできなくなった。
俺たちは、人間だ。
獣より賢く、獣より残虐になれる生き物だ。
ならば、学び直すしかない。
力を振るう前に、どこまでが守るためで、どこからが壊すためかを。
怒りが熱いときにこそ、冷たく見なければならないものを。
森から届いた供物に、遅れて頭を下げることしかできない。
水に呑まれた数に、遅れて顔を思い浮かべることはもうできない。
感謝は遅れても向ける先が残るが、悔いはいつだって遅すぎる。
届けるはずの相手を、先に自分たちでさらってしまったのだから。
それでも、やらなければならない。
忘れることは許されない。
終わりは命令では来ない。
終わりは、遅れて訪れる。
あの葬送の静けさのように、音連れてしまう。
俺は、この泥の冷たさを、死ぬまで覚えて逝くのだろう。
人間は残虐である。
だからこそ、手を止める場所を、自分で決めなければならない。
——イシュの民の穏やかさに、遅れて追いつくために。




