葬送——断ち切る芸——
許す——とも言われていない。責める——とも言われていない。
ただ「ここで終わる。」と、静かに置かれた。
◆
沈黙の中、空気が変わった。
遠くで誰かが鐘を鳴らしたような音がした。
反乱軍の誰も鐘など持っていない。
音の方を向くと、九つの影がゆっくりと近づいてきた。
紫の布が、泥を滑るように進んでくる。
八人の橙が左右に並び、その中央に、ただひとり。
紫露——近衛軍の将にして、舞姫とも呼ばれた女。
紫露は立ち止まり、振り向かずに手を上げた。
八人が同時に動く。
ひとりは布をひろげ、泥を拭う。
ひとりは水をすくい、流れを描く。
ひとりは鐘を鳴らし、ひとりは糸を結ぶ。
ひとりは香を焚き、ひとりは影を避ける。
ひとりは風を撫で、最後のひとり——紫露が地に指を置く。
八人は俺たちを見なかった。
いや、見たのだが、顔ではなく、手を見ていた。
握りこんだ指、黒ずんだ爪、白い節。
誰も動けなくなった。
動かぬ手を橙の静かな目が——拾い、並べ、置き直す。
整えられたのは、俺たちの散らかった心だった。
武器は床に落ち、音を立てた。
その音が場に似合わず下品で、俺は恥ずかしくなった。
布の橙が拭いた地面は、土色に戻った。
水の橙が落とした雫は、血の輪郭をぼかした。
鐘の橙は鐘を鳴らさないまま、肩で微かに呼吸した。
糸の橙は最後に一度だけ固く結んだ。
香の橙は蓋を閉じ、傘の橙は日差しの角度を見て、一歩退いた。
扇の橙は掌を伏せ、空に返した。
そして紫露は指をあげ——何も持たず、何も残さなかった。
誰かが膝をついた。多くの膝が土に降りた。
言葉にならない謝罪が、喉の奥で丸くなって潰れた。
泣く声も、誓う声も、ここでは音を失う。
ここは劇場ではない。戦場でもない。終わりの場所だった。
紫露がこちらに歩いてきた。俺の前で止まり、短く会釈した。
それが意味するところを、俺はどれだけでも誤解できたはずだ。
慰めにも、侮蔑にも、通告にも。
だが実際には、どれでもなかった。
あれは、確認だった。——見た、という。
あなたの手も、見た。あなたが見ないふりをしているものも、見た。
それは戦ではなかった。
叫びも命令もなく、誰も血を流さなかった。
だが、俺たちは動けなかった。
八人の動きが、まるで水そのもののように流れ、
どの瞬間も途切れずに続いていく。
その静けさが、胸の奥に痛みのように響いた。
布が泥を吸い、音を失う。
水が落ち、土に沈む。
鐘が一度、鳴らずに震える。
糸は結ばれ、また解かれる。
香が、湿った風に乗って広がる。
影は踏まれず、風は、俺たちの頬を撫でた。
紫露が、泥の上に線を引いた。
ただの真っ直ぐな線だった。文字ではない。
だが、俺には読めた。
それは、俺たちが押し流した者たちの数。
俺たちが敵という言葉で一つにまとめ、数えなかったものだ。
その数え方が、どれほど浅ましかったかを、その瞬間に知った。
八人は顔を上げない。
ただ、俺たちの手を見ていた。
泥にまみれた指。爪。握った拳。
その拳を、静かな目で撫でるように見つめた。
叱ることも、赦すこともなく。
ただ、「見た。」と言う目だった。
その視線に、膝が勝手に折れた。
隣の兵が嗚咽をこらえ、拳で泥を叩く。
泥の飛沫が、白い布にかかる。
布の橙は、それを静かに拭い、何も言わずに微笑んだ。
その微笑みに、俺は息ができなくなった。
八人が同時に背を向けた。靴音は揃っていた。
軍の行進ではない。速くも遅くもない、葬列の歩調。
追いすがる者はいなかった。許しを叫ぶ者もいなかった。
叫べば、ここまで積み上げた沈黙を壊すことになると、全員が知っていた。
沈黙に守られて初めて、俺たちは自分の声に向き合えた。
橙の背は、小さくなって消えた。風が遅れて吹いた。
俺は泥に手をついた。手のひらに土の冷たさが上がってくる。
音が返ってきた。
それは鐘の音ではなく、風の鳴る音だった。
それが彼女たちの芸の終わりだった。
罰でも、赦しでもなく——ただ、終わりだった。
誰かが、落ちた刃を拾って鞘に戻した。
刃は、もう刃ではなかった。
残った全ての膝が土に降りた。
赦しを乞うためではない。
赦されるに値しないことを、赦されないまま受け取るために。
その夜、火は高くせず、湯を静かに沸かした。
誰も酒を求めなかった。鍋が一度、ことりと鳴り、蓋がわずかに震えた。
鍋の湯気が、さっきの香の匂いに似ている気がして、俺は目を閉じた。
名も、遺体も、償いも手元にはない。
それでも、終わりを受け取る役目だけは、俺にも残されている。
翌朝、命令は下りなかった。あり得ないことだった。
誰も、それを不満に思わなかった。
終わりは、命令では来ない。音連れてしまう。
橙の背中の静けさが、まだこの跡地に立っていた。
俺はそれを、死ぬまで覚えて生くのだと思った。
——赦されないまま、赦しの形を。




