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葬送——断ち切る芸——

 許す——とも言われていない。責める——とも言われていない。

 ただ「ここで終わる。」と、静かに置かれた。



 沈黙の中、空気が変わった。

 遠くで誰かが鐘を鳴らしたような音がした。

 反乱軍の誰も鐘など持っていない。

 音の方を向くと、九つの影がゆっくりと近づいてきた。


 紫の布が、泥を滑るように進んでくる。

 八人の橙が左右に並び、その中央に、ただひとり。

 紫露——近衛軍の将にして、舞姫とも呼ばれた女。

 

 紫露は立ち止まり、振り向かずに手を上げた。

 八人が同時に動く。

 ひとりは布をひろげ、泥を拭う。

 ひとりは水をすくい、流れを描く。

 ひとりは鐘を鳴らし、ひとりは糸を結ぶ。

 ひとりは香を焚き、ひとりは影を避ける。

 ひとりは風を撫で、最後のひとり——紫露が地に指を置く。


 八人は俺たちを見なかった。

 いや、見たのだが、顔ではなく、手を見ていた。

 握りこんだ指、黒ずんだ爪、白い節。

 誰も動けなくなった。

 動かぬ手を橙の静かな目が——拾い、並べ、置き直す。

 整えられたのは、俺たちの散らかった心だった。


 武器は床に落ち、音を立てた。

 その音が場に似合わず下品で、俺は恥ずかしくなった。


 布の橙が拭いた地面は、土色に戻った。

 水の橙が落とした雫は、血の輪郭をぼかした。

 鐘の橙は鐘を鳴らさないまま、肩で微かに呼吸した。

 糸の橙は最後に一度だけ固く結んだ。

 香の橙は蓋を閉じ、傘の橙は日差しの角度を見て、一歩退いた。

 扇の橙は掌を伏せ、空に返した。

 そして紫露は指をあげ——何も持たず、何も残さなかった。


 誰かが膝をついた。多くの膝が土に降りた。

 言葉にならない謝罪が、喉の奥で丸くなって潰れた。

 泣く声も、誓う声も、ここでは音を失う。

 ここは劇場ではない。戦場でもない。終わりの場所だった。


 紫露がこちらに歩いてきた。俺の前で止まり、短く会釈した。

 それが意味するところを、俺はどれだけでも誤解できたはずだ。

 慰めにも、侮蔑にも、通告にも。

 だが実際には、どれでもなかった。

 あれは、確認だった。——見た、という。

 あなたの手も、見た。あなたが見ないふりをしているものも、見た。


 それは戦ではなかった。

 叫びも命令もなく、誰も血を流さなかった。

 だが、俺たちは動けなかった。

 八人の動きが、まるで水そのもののように流れ、

 どの瞬間も途切れずに続いていく。

 その静けさが、胸の奥に痛みのように響いた。


 布が泥を吸い、音を失う。

 水が落ち、土に沈む。

 鐘が一度、鳴らずに震える。

 糸は結ばれ、また解かれる。

 香が、湿った風に乗って広がる。

 影は踏まれず、風は、俺たちの頬を撫でた。


 紫露が、泥の上に線を引いた。

 ただの真っ直ぐな線だった。文字ではない。

 だが、俺には読めた。

 それは、俺たちが押し流した者たちの数。

 俺たちが敵という言葉で一つにまとめ、数えなかったものだ。

 その数え方が、どれほど浅ましかったかを、その瞬間に知った。


 八人は顔を上げない。

 ただ、俺たちの手を見ていた。

 泥にまみれた指。爪。握った拳。

 その拳を、静かな目で撫でるように見つめた。

 叱ることも、赦すこともなく。

 ただ、「見た。」と言う目だった。

 その視線に、膝が勝手に折れた。


 隣の兵が嗚咽をこらえ、拳で泥を叩く。

 泥の飛沫が、白い布にかかる。

 布の橙は、それを静かに拭い、何も言わずに微笑んだ。

 その微笑みに、俺は息ができなくなった。


 八人が同時に背を向けた。靴音は揃っていた。

 軍の行進ではない。速くも遅くもない、葬列の歩調。

 追いすがる者はいなかった。許しを叫ぶ者もいなかった。

 叫べば、ここまで積み上げた沈黙を壊すことになると、全員が知っていた。

 沈黙に守られて初めて、俺たちは自分の声に向き合えた。


 橙の背は、小さくなって消えた。風が遅れて吹いた。

 俺は泥に手をついた。手のひらに土の冷たさが上がってくる。

 音が返ってきた。

 それは鐘の音ではなく、風の鳴る音だった。

 それが彼女たちの芸の終わりだった。

 罰でも、赦しでもなく——ただ、終わりだった。


 誰かが、落ちた刃を拾って鞘に戻した。

 刃は、もう刃ではなかった。

 残った全ての膝が土に降りた。


 赦しを乞うためではない。

 赦されるに値しないことを、赦されないまま受け取るために。


 その夜、火は高くせず、湯を静かに沸かした。

 誰も酒を求めなかった。鍋が一度、ことりと鳴り、蓋がわずかに震えた。

 鍋の湯気が、さっきの香の匂いに似ている気がして、俺は目を閉じた。

 名も、遺体も、償いも手元にはない。

 それでも、終わりを受け取る役目だけは、俺にも残されている。


 翌朝、命令は下りなかった。あり得ないことだった。

 誰も、それを不満に思わなかった。

 終わりは、命令では来ない。音連(おとづ)れてしまう。

 橙の背中の静けさが、まだこの跡地に立っていた。

 俺はそれを、死ぬまで覚えて()くのだと思った。


 ——赦されないまま、赦しの形を。

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